第4話

 シリダスは尻をさすりながら、辺りを見回した。


「魔物は今の一体だけかな? 危険は去った?」


「ダンジョン内だから油断はできませんけれど、今のところ気配もないですし早く出口を……はっ、お待ちになって!」


 デスーワは耳をそばだてた。

 何かが接近してくる気配。

 すわ敵か、そう身構えるデスーワだったが、すぐにその気配の存在に思い至った。


「ワヌコさん! あなたもこのフロアに落ちてましたの!?」


「きみこそ、デスーワ! よく無事だったワン!」


 現れた灰色の毛皮の獣人と、デスーワは喜び手を叩き合った。

 魔狼闘士ワヌコ。鍛え上げられた肉体を武器に、全身を覆う頑丈な毛皮を防具に魔物と戦う、デスーワと同じギルドの仲間だ。

 毛皮があるので服は着ていない。


「よかったワン。オイラ一人じゃ無理だと思ってたけど、味方がいれば出口への道を開けるかもしれないワン!」


「待ってくださいなワヌコさん、その口ぶりだと出口は見つけたんですの?」


「上層階への階段を見つけたワン、けど魔物が陣取ってて……」


 ワヌコの先導で、デスーワたちは迷宮を進み、物陰から道の先をうかがった。

 突き当たりに階段があり、鬼のような魔物が通せんぼをするようにたたずんでいた。


 先ほどデスーワが倒したものと同系統のようだ。

 ならばと、シリダスはデスーワに顔を向けた。


「デスーワさん! さっきと同じ要領で戦おう!」


「む、無理ですわシリダスさん! わたくしもう、戦えませんの!」


「どうしてだデスーワさん!? 今さら恥じらう必要なんてないだろう!?」


「今さらとか言わないでくださいませんこと!?

 そうではなくて、剣が……! 剣が、刃こぼれしてますの!」


「なっ、なんだってー!?」


 デスーワは剣を掲げてみせた。

 上等な代物のはずだが、相当な酷使を受けたようにボロボロになっていた。

 シリダスは理解した。


「もともと強かったデスーワさんを、さらに100倍に強化したから、あまりのステータスの暴力に武器が耐えられなかったんだ……!」


 くっ、とくやしがるシリダスとデスーワ。

 その二人を前に、ワヌコはおずおずと尋ねた。


「え、待ってワン、デスーワ……ステータス100倍って……

 そっちのきみは、あのいろいろな意味で有名な尻出しギルドのシリダスくんで……

 え、まさかデスーワ、きみ、尻を……」


 ワヌコの前で、デスーワは露骨に目をそらした。

 ワヌコは回り込んだ。

 デスーワはワヌコの両肩に手を置いた。


「冷静に考えてくださいませ、ワヌコさん。

 わたくしの敏捷性は、常人の100倍ありますの。

 そしてシリダスさんの付与魔術を使うと、その敏捷性はさらに100倍になりますの」


 デスーワは真剣な眼差しで、ワヌコの目を見すえて、言った。


「常人の10000倍いちまんばいの速度でカッ飛ぶ尻を目視して興奮できる人間が、この世にどれほどいると思いまして?」


「常人の10000倍いちまんばいの速度でカッ飛ぶ尻とかいう怪異存在にきみがなったという事実から、オイラは目をそむけたいワン……」


 デスーワは床に突っ伏orzした。

 ワヌコはシリダスの方を向いて、話しかけた。


「シリダスくん、オイラに付与魔術をかけられるワン?

 見ての通り、オイラは毛皮に覆われてて服なんて着ないから、いつでも尻を出してるようなものだと思うワン」


「名案だ! やってみよう!」


 シリダスはワヌコに付与魔術をかけた。

 ワヌコはそして物陰から飛び出し、階段前に陣取る魔物へ……


「あっタンマだワン! これステータス全然強化されてないワン!」


 魔物へ挑もうとして、慌てて物陰に引っ込んだ。


「そんなバカな! 僕はちゃんと付与魔術をかけたよ?」


「もしかして、毛皮も尻を出してない判定になってるんじゃないワン?」


「くっ、なんということだ……! 確かにそのくらいの制限がないと、獣人にはリスクなくかけ放題だもんな……!」


 シリダスは面目なさそうにくやしがり、ワヌコは考え込んだ。


「うーん困ったワン。こうなると取れる手段は……」


 ワヌコの背後から、肩がポンと叩かれた。


「剃ればよろしくてよ、ワヌコさん」

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