第3話

「絶対イヤですわよ!?」


 神速令嬢デスーワは速攻で拒否した。


「なぜだデスーワさん!? ちょっと尻を出せば状況は解決するのに!」


「逆にあなたはなぜそれを拒否しないと考えているのかしら!?」


「この場で見ているのは僕一人なんだぞ!?」


「あなたはわたくしのなんですの!?

 あなた一人見ている時点で尻出し拒否の理由として十分ですわよ!?」


 付与魔術師シリダスは、デスーワの両肩に手を置いた。


「冷静に考えてみてくれ、デスーワさん。

 あなたの敏捷性は、常人の100倍だ。

 そして僕の付与魔術を使えば、その敏捷性はさらに100倍になる」


 シリダスは真剣な眼差しで、デスーワの目を見すえて、言った。


「常人の10000倍いちまんばいの速度でカッ飛ぶ尻を目視して興奮できる人間が、この世にどれだけいると思う?」


「常人の10000倍いちまんばいの速度でカッ飛ぶ尻とかいう怪異存在にまずなりたくないですわ!?」


 くわっと怒りの形相をするデスーワに対して、シリダスは肩に置いた手の力を強めた。


「頼む、デスーワさん……! あなたしか頼れないんだ……!

 この窮地を脱するには、あなたが尻を出すしか……!」


「あっあっ力が強いですわ押し負けますわ!?

 もしかして素のわたくしの筋力より100倍になったシリダスさんの筋力の方が強いんですの!?

 わたくし尻を出したシリダスさんに押し負けますの!?」


 デスーワは回避スキルを発動してシリダスをいなした。

 シリダスは後衛職なのでステータスが上がっても技がないのだ。


「くっ、そうこうしてるうちに、来たぞデスーワさん! 魔物だ!」


 迷宮の暗がりから、人間の倍の背丈がある鬼のような魔物が出てきた。

 見るからに強そうだ。


「ああっもう、やぶれかぶれですわ! どれだけやれるか、試してみますわ!」


 神速令嬢デスーワはその敏捷性で剣を振り、華麗に切りかかる。

 反撃を許さない手数だが、効いてはいない。

 敏捷性は常人の100倍だが、攻撃力はそこまででもないのだ!


「デスーワさん! 付与魔術はもうかけた! あとは勇気を出すだけだ!

 勇気というか、尻を出すだけだ!」


「お黙りなさい変態魔術師ッ!!」


 デスーワと魔物は打ち合った。

 押し負けて、デスーワははじき飛ばされた。


「ああっデスーワさん! やっぱり尻を出してないと勝てないよ! 尻を出してないデスーワさんじゃダメなんだよ!」


「言い方がムダにイラつくのはわざとですの!?」


 魔物がのっしのっしと迫る。

 デスーワは歯噛みした。


「くうう、尻に腹は代えられない……もとい、背に腹は代えられないですわ!」


 魔物がこぶしを振りかぶる。

 デスーワは覚悟を決めて、口をきゅっと引き結び、瞳をキッと正面に向けて、ほんの少しだけほおを赤らめて、ズボンのウエストに手をかけた。


 瞬間。

 魔物の手首が、ぼとりと落ちた。


 何が起きたか、魔物は認識できなかった。

 シリダスも状況から、類推するしかなかった。

 それは常人の100倍に100倍をかけた、恐るべき俊敏性。

 目にも止まらぬ、常人の10000倍の速度の剣撃。

 そして目視は叶わぬが、間違いなく飛び交っているのであろう、常人の10000倍の速度でカッ飛ぶ尻。

 その高速の連続攻撃が、速さだけでなく攻撃力も100倍で繰り出された。


 理解する時間もなく、魔物はこま切れになり、絶命した。

 その原型を留めない死骸の中心で、神速令嬢デスーワは剣を納め、凛としてたたずんだ。


「……あれっ、尻が出てない?」


「常人の10000倍の速度でズボンを上げさせていただきましたわよ!!」


 デスーワの蹴りが、シリダスの尻をぶっ叩いた。

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