第2話『店探し巫女』

 石段の最後の一段を下りて鳥居をくぐると、通りを右に曲がる。朝食時なので人影ひとかげはまばらで、通りは閑散かんさんとしている。

 しばらく道なりに歩くと蒼万あおよろずの看板が見えてくる。


 店をのぞくと、いつもと違う青髪あおかみがいた。いつも店番をしているあわい青髪? 青っぽい銀髪ぎんぱつの方が近いのかな? の少女ではない。この青年こそがソラネコ。たまに神社で見かける気儘きままな奴が、店番をしている。


 彼が店にいたので、情報は聞き出せるだろうと、とりあえず一安心する。


「いらっしゃい。珍しい客だね」


 店に入ると、彼は店員らしく挨拶あいさつをしてくる。


「その言葉、そっくりそのまま返すわよ。あなたが店番しているなんて、珍しいじゃない」

稲斗いなとやつにちょいと言われたんでね」

「あら、神主になんて言われたのかしら?」


 ちょっと興味を引かれたので詮索せんさくしてみる。


「別に大したことじゃないさ。んで、今日は何の用だい? この店の物を買いに来たんじゃないんだろ」


 いとも簡単にはぐらかされてしまった。別にこれは本筋じゃないし、またの機会でいいか。


「ええ、ちょっと聞きたいことがあって」

「稲斗に言われたことか? それは答えないぜ」

「それじゃないわ。聞きたいのは、フェネルの店のことよ」


 それを聞いて、彼は少しおどろいた表情を見せる。


「ほう、何でそんなことを聞く?」

「おつかいを頼まれたのよ」

「おつかい? みょうだな。魔法まほう使いの店に巫女みこが行く理由がわからん。誰に頼まれたのさ?」

「妹よ」

藍花あいかがフェネルに頼み事か。こりゃまた意外だ」

「神社の植物をてもらうらしいのよ」


 それを聞いた彼は、合点が言ったというような顔になった。


「ああ、植物関連か。そりゃ納得だ。フェネルはこの辺……いや、この地方、そして皇国で一番詳くわしいだろうからな。……てことは、フェネルの店の場所がわからない、とか?」

「まさにそれよ。おつかいを頼まれたのはいいけれど、肝心かんじんの店の場所がわからないのよ」

「まあ、そうだろうな」

「ソラは場所を知っているの?」

「ああ、もちろんだ。フェネルの店だが、立地が普通にわかりにくい。正確には、わかりにくいようにわざとその場所に店を構えているって感じだな。客も魔法使いか、店の場所を知っている常連くらいなもんさ。店に行ったことがない紅葉くれはが、場所を知らないのも無理はない」

「それで、どこにあるのよ?」

「まず、俺の店みたく通りとか参道に面してないから、路地に入っていかなきゃならない」

「なるほど、どうりで場所を知らないわけだわ。里に下りても、大きな通りしか歩かないもの」

「路地とかに住んでいない限り、普通はそうだろうな。そんでもって、仮にそこに入り込んだとしても、簡単には見つからない」

「なんでよ?」

「店に看板なんてもんはないし、民家そのものだ」

「それじゃあ、見つからないじゃない!」

「まあまあ、続きを聞いてくれよ。確かに、場所を見つけるのには少し苦労するかもしれん。ただ、店の前まで行けば簡単に見分けがつくのさ」

「え? どういうことよ、それ」


 なぞなぞを突き付けられたような気分になる。

 さっきまで散々見つかりにくいという話をされていたのに、いきなり見つけやすいと言われても困る。


「簡単な話だよ、これだ」


 彼は、液体で満たされているガラスの円筒えんとうの横に置かれている物に手を伸ばすと、それを手に取って私の前に置く。


「これって、ランタンじゃない。これがなんだって言うの?」

「ああ、ランタンだ。これが玄関げんかんわきに置いてある」

「それだけ……?」

「ああ、それだけだ」

「理由はあるのかしら?」

「ああ、あるぜ」


 私は彼の意図が全く理解できない。ランタンと店と何の関連があるのだろうか? 仮にあるのだとしても、それがどういう意味なのかは察しがつかない。


「それとフェネルの店と、何の関係があるのかしら?」

「もちろん、関係ある。俺もそうだが、フェネルも魔法使いだ」

「確かにそうね。でも、魔法使いとランタンに何の関係があるのよ?」


 まだ、彼が何を言いたいのかわからない。魔法使いととんがり帽子ぼうしとか、魔法使いとつえとかならまだ関係があるというのは理解できる。だけど、魔法使いとランタンって何の関連があるの? ……ないんじゃない?


「魔法使いは夜間飛行をするときに、明かりを灯して自分の位置を他の魔法使いに知らせるんだ。その手段で一般的に使われるのがランタンなんだよ」


 ソラの答えは、とても普通で納得できる理由だった。

 夜空には時折、星ではない動く光が見える時がある。その光がランタンの明かり、ということなのだろう。夜のやみの中を何人も自由に飛行していたら、危険なのはなんとなく想像できる。


「魔法使いの必需品ひつじゅひんってわけね」

「ああ、そうだ。日常でも夜の灯りになるから便利なのさ。俺もよく使うから、こうやって店のカウンターに置いてるんだ、手に取りやすいようにな。ついでに言っておくと、“東の大陸”チェルナーでランタン持ってるのは、魔法使いかよほどの物好きくらいだ」

「ランタン自体、珍しいものね。」

「ああ、この皇国では魔法使いが少ないからな。当然ランタンを持っている人も少ないのさ」


 ここまで言われて、彼が何を言いたいのか気付く。


「東雲だとあなたとフェネルくらいしかランタンを持っていないっていうこと?」

「ああ、そうだ」

「だから、ランタンが置かれている民家がフェネルの店ってわけね」

「そういうことさ。魔法使いが少ないのに、ランタンがふたつもあるなんて普通はあり得ないんだよ」


 え? フェネルってふたつもランランを持っているの?


「ふたつ? なんで?」

「あー、フェネルとスミレが一緒に住んでるのを知らないのか」

「スミレ? ……誰?」

「そこからか。フェネルの店にはスミレっていう魔法使いも住んでいる。なんでも、フェネルと魔法学校が同期で仲がいいらしい」

「へぇ、東雲にはもうひとり魔法使いがいるのね」

「まぁ、スミレはほとんど外出しないからな。フェネルの店にでも行かない限り、知らないのは仕方ないことさ」


 スミレという魔女まじょがフェネルの店に住んでいて、その人は外出をしない。……今からおつかいに行く私にとっては、かなり好都合なことなのでは?


「てことは、フェネルの店に行ったら、大体スミレがいるってこと?」

「まあ、そういうことだが……」


 ソラが言葉をにごす。何か都合が悪いことでもあるのだろうか?


「何かあるの?」

「いや、大したことじゃない。スミレは魔法研究に熱心だから、店にいるとは限らないんだよ」

「どういうこと?」

「部屋にこもりきりで研究してて、店にはいないってことさ。まぁ、運がいいことを願っておくんだな」

「それなら大丈夫よ。私、運は悪い方じゃないから」

「そうか、流石さすがは巫女だな。それなら心配はいらないな」

「ありがとう、ソラ。それじゃ、フェネルの店を探してくるわ」

「見つかることを祈るぞ」


 彼は元の位置にランタンを戻す。その隣にあるガラスの円筒は、底に白い物体がしずんでいるのが見える。

 私は礼を言うと、蒼万を後にする。


「明日から雨降りそうだなぁ。もうすぐ霖月りんげつ(6番目の月)だし、しばらく降り続くかな。しかし、雨ん中のりは嫌だなぁ。釣果ちょうかは多いんだけど……」


 彼がそうつぶやくのが、店から出る私の耳に入った。


 明日から、雨か。今日は綺麗きれいに晴れているのになぁ。

 少し不思議な感覚をいだきながら、ソラから得た情報を元にして、おつかい先のフェネルの店を探しに、再び通りを歩き始める。

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