第3話『不思議な空間』
玄関先にランタンが置かれている民家を探しに、通りを外れて路地に入る。大きな村ではないので、その建物は簡単に見つかった。ソラの言っていた通り、看板はなく外見はごく普通の民家に見える。
店先には
少々不安になるが、ランタン自体は置いてある。フェネルか、それともスミレか。少なくともどちらかはいるだろう。
確認のために扉に手を
扉を開けると、ウィンドチャイムの音色が
目に飛び込んできたのは、想像していたような店内ではなかった。同時に、ソラが言っていた言葉の意味を理解する。
「外見は普通……確かにそうね」
目の前に広がるのは、どこまでも続く森。右を見ても、左を見ても延々と森が続いているように見える。
後ろを振り返ると、森の中にぽっかりと空いた扉の形の空間に、さっきまでいた路地が見える。
いきなり、どこか知らない場所に飛ばされた訳ではないらしい。もちろんここは店なので、そのようなことはあり得ない。だけど、目の前にいきなり異質な空間が現れたら誰しも不安になってしまうだろう。
なにも起きていないことを確認して、
森の中は外より空気が
注意深く森を見回すと、
しばらく森を観察していると、森の中から扉と共に紫色の髪をした女性が現れた。ふらついた足取りに、重たい目をこすっている。明らかに
「……なるほど、そう言うことね」
何か納得した様子で、女性はそう
「いらっしゃい、珍しいお客様。お姉さんの方は、はじめまして、かしら?」
「そうね、ここへ来るのは初めてだもの。あなたがスミレさん?」
「ええ、私がスミレよ。それにしても、初めてでよくここがわかったわね」
「ソラに聞いたのよ。彼ならわかると思って」
「なるほど、彼に聞いたのなら納得だわ」
「立ち話もなんだし、座って話さないかしら?」
「ええ、いいわよ」
すぐ終わる用件のはずなのだが、断る理由もないし、時間も十分にある。スミレは疲れているようなので、私は提案に
了承を受けて、スミレは何かを探す。
「……ガーデンテーブルセットは、これね」
苔むした切り株にしか見えないものに
「スペクト・ティアフィグ……」
切り株がガーデンテーブルセットに姿を変えた。
「そういえば、
思い出したように、スミレが
その発言に、私は疑問を
「私とスミレなら椅子はふたつでいいでしょ?」
「もうひとりいるのよ」
どうやら、この空間にはもうひとりいるらしい。スミレは更に呪文を唱える。
「デンス・コン・リフィケ……」
先程とは違い、今度は何も変化がないようだ。呪文
「メリッサ、色はあなたが好きに付けなさい」
「はぁい」
どこからか声が聞こえると、その声も呪文を唱える。
「しゅぺくと・こる・おーたーうるー!」
「これは……何?」
「そうね、なんと言おうかしら。……空気でできたクッションみたいなものよ。色を付けないと無色
スミレが唱えた呪文は失敗したのではなく、元々無色透明な空気クッションを生成するものだったようだ。
彼女はガーデンチェアに腰掛けながら、私に座るのを
「メリッサ、いつまでも私の後ろに隠れてないで出てきなさい」
スミレの後ろから、彼女よりも
「メリッサ? スミレの後ろの子のこと?」
「そうよ、この子が私の使い魔。店番をさせていたの」
「この子、初対面の人だけは異様に苦手なのよね。2回目となれば別に何ともないのだけれど……」
「別に怖がることはないのよ、メリッサ。この人は、神社のとこのお姉さんだから」
「あいか、の……おねえ
呪文詠唱の時とは違った、不安そうな声で私に確認をする。
「そうよ。だから危ない人じゃないのよ」
知っている人物と
「ほらメリッサ、この人に
「メル、
「この子、メィリィっていう名前なの。舌足らずだからよく噛むのよ。多めに見てあげてね」
どうやら緊張とか関係なく噛むみたいだ。自分の名前をちゃんと発音できていないが、それがまた小さな子供っぽくて
「メイリィちゃん、私は
「くれは
妹の名を出したからだろうか、メイリィから
「メリッサの紹介で話が
「フェネルに用があるの」
「フェネル……? なぜ?」
「おつかいよ。妹に
「残念だけれど、それには応えられないわ」
「なんで?」
「フェネルは今、ここに居ないのよ。仕事をしにフォレスフォード行っているわ」
「フォレスフォード?」
「“西の大陸”レヴァルロの樹海にある集落よ」
「また遠いところに行っているのね」
「ええ、仕事しにどこかへ行くのはよくあることなんだけれどね。でも、今回のはとりわけ大変だから、今日中には帰ってこないと思うわ」
「1日かかるって大変な仕事なのね」
「そうね。フォレスフォードの建築物の
「それは大変だわ……」
「それで、フェネルに伝える内容はなにかしら?」
「神社の植物の健康状態の確認よ」
私がここに来た理由になんとなく
「フェネルが戻ったら伝えておくわ」
「ありがとう」
店を探すところから始めたおつかいはこれで完了。このまま帰ってもいいのだけど、不思議な森のことが気になっているので、この空間について聞いていくことにした。
「疲れているところ申し訳ないんだけど、ひとつ、聞いてもいいかしら?」
「ええ、構わないわ。想像はついているもの。この森のことでしょう?」
「ええ!? なんでわかったの?」
「初めてここに来る人は、必ずといっていいほどこの森について聞いてくるのよ」
「この店に来る人ってほとんど
「ええ、そうよ。魔法を扱うことが
「それだけ不思議な空間なのね」
「ええ。かなり複雑なものだから、この空間について話すと長くなるわよ。ただ――」
「――ただ……?」
何かあるのだろうか。
「みんなこぞって聞きたがるのよね。長さなんて関係ないみたい」
最初に座って話をするのを提案したのは、この話題に
「それだけ、
「ええ」
「なら私も聞くわよ? かなり興味があるし」
「まあ、そうなるわよね。いいわよ。でも、今は本調子じゃないから、手短にね」
全ては語れないけどと断って、スミレはこの不思議な空間について語りだす。
「この空間の本来の姿は、
「屋外じゃなくて、室内なのね」
「ええ。そこに色々と魔法が掛けられていて、森の環境を再現しているのよ」
「ここには、どういう魔法が掛けられているの?」
「かなり多くの魔法が掛けられているわ。すぐに思い出せないくらいにはね」
少々スミレが思考する。果たして、いくつの魔法が組み合わせられているのだろうか。私には見当もつかない。
「私が掛けているのは、空間拡張系と
「幻視空間増幅系の魔法……?」
「幻視空間増幅系の魔法は
他にもどんな魔法が掛けられているか気になってくる。スミレの方は空間系の魔法っぽい。では、フェネルの方は?
「フェネルはこの森に、どんな魔法を掛けているの?」
空間を見回すとスミレは、あくまで予想だけれど……と前置きをして、フェネルが掛けていそうな呪文を答えてくれる。
「フェネルが掛けていそうな魔法は、この空間には物体
「この空間って魔法の
「そうね。私とフェネルの得意な魔法分野で構成される魔法空間よ」
スミレが席を立つ。話は終わりのようだ。
「ざっくりと説明するとこんなところよ。もっと聞きたかったら、また来るといいわ」
眠さの限界が来たらしく、
まだまだ色々と聞きたいことはあるけど、疲れている中対応してもらったので
「眠いところ引き留めて悪かったわね。ありがとうスミレ」
「大丈夫よ……帰りは気を付けてね」
「くれはしゃん、またきてねっ!」
「ええ、また来るわ」
扉を開けると、そこには村の路地が広がっている。ウィンドチャイムの音と共に、魔法の森は扉の向こうに消える。
しばし扉の前に立って、森の風景を思い出す。
たまにはこういう、不思議なことに
……でも、あの森はただの森ではない気がするわ。掛けている魔法の数もそうだし、本物の森みたいな感じだったし、ただの部屋の
きっと何か、大事なものがあるんだわ……それが何なのかはわからないけど。
私は
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