第5話 作戦大失敗
ここはロサンゼルスに位置する空港の一部。
広々としたコンクリート製の滑走路には今しがた白い星のマークがついた輸送機、C-17グローブマスターがゆっくりと着陸をしてきたところだった。
管制塔より指定されたエプロンに機体が停まると尻のハッチが開き、中から荷物が運び出されていく。
中にはそれぞれ白と緑色の特車、駐機姿勢のまま台車に乗せられた月光と鐘馗の姿も見える。
ほかにも沢山の荷物が運び出され、軍関係者が忙しそうに行き交う中、輸送機から物とは別に降りてくる人影があった。
「おいおい、あれ見ろよ。」
「ん?何だ……って、何してんだ?」
「多分捕虜じゃないのか?」
「かねぇ……?」
周囲で作業をしていた職員達の目に入ってきたのはカーキの野戦服に身を包んだ少女と青年。
おかしいのは2人の間にあった鎖だった。
少女が手に持っているそれは青年が着けられている手錠に直結しており、側からすれば犯罪者を連行しているように見える。
まあ半分合っているようなものだが、もちろん当人にとっては、特にカサギにとっては恥ずかしかった。
「うぅ……くそ……。」
カサギはあらぬ噂を立てられるのではないかと心配になっていると、手錠より伸びた鎖を引っ張られる。
顔を上げれば目の前にあるのはアキの満足気な笑み。
しかしその笑顔は相変わらず病んでいるものだった。
「ふふ、皆んなこっち見てるね。」
「変な誤解される前に外してくれよ……逃げないからさぁ……。」
「だーめ、これは僕から離れようとした君へのお仕置きなんだから。二度と逃げるなんて思わないようにね。」
「へーい……。」
渋々その体勢のまま車に乗り込み、PMCの本社がある場所へと向かう。
自動で動く車の中、後部座席から運転席のハンドルを眺めているとまた鎖を引っ張られた。
肩にかかっていた重みが無くなり、今度は膝に何かが乗っかってくる。
「むー……また逃げようとしてる。」
「しないから。ダブルオーかIMFでもあるまいし。」
「国際通貨基金のこと?」
「……今度映画を見せてやるよ。」
こちらの太ももに頭を乗せてくるアキだったが、今はその瞳に光は入っており、平常通りに見える。
それが病みモードに変わらないように注意しながら対応していると、いつの間にか車は都市部の一角、立ち並んだビルのひとつに到着していた。
「流石に外してくれるよな?」
「え?」
そそくさと降りる準備を始めた相棒に念の為聞いてみるが、返ってきたのはニコリとした笑顔だった。
「ふふ……そんなわけないじゃん。」
「ですよねー……。」
人に会わないことを祈ったが、建物内に入った瞬間から沢山の好奇の目に晒されてしまった。
更にはこの足で報告を済ませれば良いものを、先に荷物を置くためにと自室へ、それもわざわざ遠回りのルートで行き、これまた時間のかかる方法で目的の場所に向かう。
上司の部屋に着く頃にはもはや羞恥心があり過ぎて、一周回って逆に平静を保つことが出来ていた。
「えーっと……まあ、任務ごくろうさん。今回もよくやってくれた。流石だよ。」
「はい!」
「……はい。」
壮年の上司は鎖で繋がれたこちらを見て唖然としていたが、ニコニコ顔のアキを見て何かを察したのか、何事も無かったかのように話を始める。
内容は任務の結果についてで、カルテルの財源となっていた一大麻薬拠点を潰したこと、目の上のたんこぶだった敵の機甲戦力を殲滅したこと、相手の戦力配置や具体的な残存数が書かれたデータを回収したこと。
最後のは自分が脱走の為に鹵獲し、アキに破壊されたスハーリから抜き取ったものだ。
それで今回の一件は稀に見る大戦果として上からのウケがかなり良かったらしく、彼の口調は終始上機嫌だった。
「先方の情報局もとても喜んでくれたよ。今後の契約も前向きに検討してくれるらしい。ああ、もちろん充分な働きには対価を支払うよ。後で口座を見といてくれ。ボーナスが入っている筈だ。」
「はーい!」
「はい……。」
「うん、じゃあ次の任務に備えてしっかりと休むように。」
「はい!」
結局、アキは例の脱走については話していなかったようで、最後までそのことは話題に上がらなかった。
彼女はとても優秀な社員だ。
だから上司は報告と実態が少しズレていても、戦果も相まって気にしないことにしたのだろう。
「あぁ……疲れた……。」
「ね〜。」
「ぐふっ……。」
自室に戻り、久しぶりの柔らかいベッドに身を投げる。
アキも後からさも当たり前かのように同じ部屋に入ってくると、こちらの腹にのしかかってきた。
重いし暑苦しいからと少し離れれば、今度は背中に張り付いてくる。
同じことを繰り返して遂には壁に追い詰められた。
「暑いんだが……。」
「すうぅぅ……ふぅ……そうなんだ。大変だね。」
「ああ、てかいい加減コレ外してくれ。」
「駄目、これからカサギはここで3日間謹慎だから。逃げないように着けとかなきゃ。」
そう言うとアキは手錠に繋がれた鎖の先をベッドの一部に南京錠を介して取り付けた。
「これでよし。」
「マジでするのかよ……あとお前の部屋でじゃなかったのか?」
「やっぱりこっちがいい。綺麗だし。」
「そっちのが汚部屋過ぎるだけなんだよなぁ……。」
これ以上言っても無駄だと判断すると、手錠をつけたまま再度ベッドに寝転がる。
久々に寝具の上で横になれたせいか、まだ昼だというのに直ぐさま眠気が襲ってくる。
しかし意識が完全に落ちる前にグウゥゥ〜〜と動物の唸り声のような聞き覚えのある音が耳に入ってきた。
何かと反応する前にこちらの腹へ回される2本の腕。
同時に恥ずかしそうな声が背後より聞こえてくる。
「……お、お腹空いた……かも。」
「飯を作ってほしいのなら手錠外してくれ。」
「それは無理。」
「なら俺の分も含めて適当に店で何か買ってきてくれ。あと3日はここから動けないみたいだし。」
しめたとばかりにわざとらしい口調で話せば悔しそうな、逡巡するような呻き声がする。
また再び腹の虫がその鳴き声を部屋に響かせる。
そして遂に彼女が折れた。
「わ、分かったよ……外すよ。」
「あんがとさん。」
ガチャリと手錠が外され、久々に手が自由になった。
やっと解放されたことに喜んでいると、アキがこちらの耳元に囁いてくる。
「逃げたら……次はドアを溶接するから。あと足首にも拘束具をつける。」
「……逃げねえよ。」
ぎくりとカサギは一瞬体を強張らせた。
もちろんアキはそれを見過ごさない。
拘束を離し、今度は首元に腕を回して抱き付く。
「ねえ、まーだ諦めないつもり?その『すろーらいふ』とかいうやつ。」
「悪いかよ……。」
「悪いね。カサギは僕の相棒なんだからどこにも行っていいわけがないじゃないか。」
「ええ……んな無茶な……。」
「相棒は代替不可能なの。そう呼べそうな存在は他に居ないのだし。もしかして君は故意的に僕をひとりぼっちにさせたいのかい?」
「そんなことない。けど別に組む相手が居ないわけだはないだろ。ほら、強いやつで知り合いといえば昨日会ったイコマが……。」
次の瞬間、首元に軽い痛みが走る。
皮膚に歯が突き立てられていた。
「いたっ!な、何を……!?」
「……ぷはっ……お仕置き。」
「あっ、おまっ……噛みつきやがったな……!」
カサギからは見えないが、首の目立つ箇所に赤い歯型がくっきりと着いていた。
まるで自分のものに名前や印を書くように。
それを見てアキは満足気な表情を浮かべる。
「ふふっ、というかまずカサギ以外と組む?なんの冗談それ?普通にあり得ないんだけど。」
「なあ、逆に聞くけどお前はどうして俺と組むんだ?こんなこと言うのもなんだけど俺の技量は平均より僅かに上回っているだけだぜ?」
その言葉に対してアキは少し怒り顔になるとこちらをベッドに押し倒し、上から覆いかぶさってきた。
彼女の両腕が顔の両隣に置かれて、逃げ場が無くなる。
「ねえ、どうしてそんなこと思うの?」
「いや、毎回敵を倒してるのお前だし、俺は後ろから撃ってるだけだし、魔法だって微弱にしか使えないし……。」
「じゃあ戦車隊をミサイルで一掃してくれたのは?歩兵中隊を対人地雷とバルカンで全滅させたのは?ウザい戦闘ヘリを機関砲で撃ち落としたのは?滑腔砲で僕の斬り込みを援護してくれたのは?誰?」
「それくらい誰だって……。」
「あのね、僕は僕のことをよく知ってるカサギだから背中を預けられるの。知らない野郎となんか無理。だから相棒はカサギだけ。いい?」
「分かった。分かったよ。変なこと言ってすまんかった。」
謝って話題を終わらせようとするが、アキの口は止まらない。
むしろ声のトーンが徐々に下がっていく。
「何度も言うけど、辞めることは絶対に許さないから。僕を置いていくくらいなら君を拉致して監禁する。今回は軽いけど、次からは……ね?」
こちらの手首をアキの手が掴み、指の細さに見合わない力で締め上げてきた。
その強さと眼前の瞳からして脅しのハッタリではないことは明白だ。
が、だからといってアッサリと屈するわけにはいかない。
カサギは勇気を出し、眼前より見つめてくる双眸に向き合うと、堂々と言葉を発する。
「ああ、善処するよ。」
「んー、それって政治家が使う台詞じゃん。僕としてはちゃんとした言葉で確約してほしいなぁ……?」
「別にいいけど、例えどんな言葉を使おうが所詮はただの口約束に過ぎないと思うがね。」
「へぇ……そっかぁ……。」
ギリギリと手首を掴む力が更に上がり、流石に痛くなってきた。
顔を少し顰めるとアキの顔から愉悦の笑みが漏れる。
「お、おい、いい加減離せよ。」
「ふふふ……まあどれだけ足掻こうが無駄だから。君は僕から離れることは絶対に出来ない。」
そう断言するとアキはこちらを解放する。
手首には締め付けた赤い跡がくっきりとついていた。
「ったく……。」
それを眺めながらベッドを離れると、昼食に使える食材が無いか冷蔵庫の中身を漁った。
だが結局は碌なものが無かった為、買い物ついでに外食をすることに。
流石に手錠は着けられなかったが、2人で歩いていると周りの職員から変な目を向けられてしまう。
こちらとしては恥ずかしさで死にそうだったのだが、隣のアキは何故か対象的に嬉しそうだった。
どうか変な噂が広まらないことを祈るばかりである。
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