第4話 レッツランナウェイ
「はぁっ……はぁっ……!」
カサギは息を荒くしていた。
しかし彼は実際に走っているわけではない。
その両手には操縦桿が握られており、眼前には画質の粗いスクリーンが揺れ動く外の景色を映し出している。
ただよく見てみれば、鍾馗のものより明らかに簡素なつくりとなっており、どこか古臭い印象を受ける。
それもその筈、ここは鍾馗の中ではないからだ。
カサギは敵から鹵獲した『スハーリ』に乗り込み、脱走しているところだった。
「よ、よし……まだバレていないな……。」
緊張から来る震えを手に感じながら端末を見ると、自動プログラムに沿って鍾馗が動いてくれていることが分かった。
時折り敵に向かって発砲しているようで、特徴的なバルカンの音がここまで聞こえてきている。
長くはないだろうが、あと少しは時間を稼いでくれるだろう。
「よし、このまま数十キロ北進したらボリバル共和国に入れる。あとは何とか道を探してカラカスに到着すれば……。」
カサギは自身の故郷について少し想いを馳せた。
小学生の時に学校に秘密で非合法的に仕事を始めて、中学生の時に当時世話になっていた893の紹介で今のPMCに入社。
それからずっと海外を飛び回っていたから、もうあそこには、極東の海に浮かぶ島嶼群で構成された母国には6年以上も帰っていない。
少し記憶を漁ってみればおぼろげに浮かび上がってくる山と田んぼの風景。
親の離婚の影響で埼京群島の下町に引っ越すまで住んでいた場所だった。
「俺はスローライフを……送る、んだっ……!」
片腕と頭が無い為、バランスの悪い機体を何とか操りつつ、木々の間をすり抜けていく。
どうせ鍾馗に組み込んだトリックはすぐにバレる。
今はとにかく時間との勝負なのだ。
「味方もこっちに気付かないでくれよ……!」
それから逃げ続けること数分。
遠方より聞き慣れた爆音が聞こえてきた。
「くっ……ヘリか……!」
カサギは急いで自機を地面に伏せさせると、近くにあった大木の下に身を潜める。
音が離れていってから少し周囲を見渡してみれば、自分が来た方向へ飛んでいく2機の豆ヘリと1機のタンデムローター式のヘリが見えた。
おそらく敵地の無力化が終わったから歩兵を降ろしに行くのだろう。
ということはつまり、アキによって敵の特車や歩兵などの脅威が全て取り除かれたということだ。
きっと仕事を終えた彼女はこちらを追いかけてくるに違いない。
「やばい……まだ半分も行ってないのに……!」
爆音が完全に遠ざかると再度逃走に入った。
空調が壊れてしまったのか、蒸し風呂のように暑くなったコックピットの中、額より流れ出てくる汗を拭いながら必死になって逃げ続ける。
遂には鍾馗の細工に気付かれたようで、端末上の地図では機体の位置を示す光点が勝手に味方の方へと動き始めていた。
おそらくアキが機体のオートパイロットに指示を出したのだろう。
「うう……くそっ……まだまだだってのに……!」
焦りが焦りを生み、柄にもなく少し混乱してしまう。
それでもただひたすらにスハーリを操り続け、ここでようやく中間地点である小高い山のてっぺん付近に到達した。
下の方を見下ろせば、まだまだ遥か先ではあるものの、脱走の第一目的地である南米の街が見える。
人混みにさえ紛れてしまえばあとはこちらのものなのだ。
「よし……よし……!あと半分だ……!」
少しだけ見えてきた希望に胸を高鳴らせる。
その時だった。
「ぬあっ!?」
バキッ!バァン!と右隣の大木の幹が派手な音を立てながら弾け飛び、機体の一部に跳弾の火花が散った。
慌てて機体を地面に伏せさせると、今しがた大破した木を眺める。
そこには小さなものが当たったような、極小の穴ぼこがいくつも空いていた。
「対人用のバックショット……アキかよ……!!」
急いで身を起こすと後ろを振り向く。
案の定というか、灰白色の目立つ機体が離れた場所に立っていた。
血の気が引くとはこんな感じだろうか。
柄にもなく身体が固まってしまう。
「っ……!!」
すぐさま手足を再起動させられたのは今までの経験のおかげだった。
立ち止まって思考を放棄した奴から戦場では死んでいく。
今は戦場ではないが、自分にとっては自由をかけた未来のための戦いだ。
ここで万が一にも失敗するわけにはいかない。
「ふうっ……はあっ……!あと……あと少し……!!」
斜面を滑り下り、谷を飛び越え、木をかき分けて走り続ける。
そして遂に家や道路、畑がある人里の区域へと到達することに成功した。
しかしここまでだった。
「あ……アキ……!」
畑を挟んだ向こう側の岩に腰掛ける真っ白な機体。
そのツインアイがこちらを捉えると、傍らに立てかけたセミオートショットガンを手に取り、ゆっくりと立ち上がった。
まるで待ちくたびれたと言わんばかりの余裕のある挙動に少し悔しさを覚える。
「くそっ……ここまでか……。」
何かしようにもこちらには武装は残っていない。
格闘戦を仕掛けるというのもあるが、頭と左腕が無くなっているこの機体で近接特化の月光に挑めばどうなるかは火を見るよりも明らかだ。
まさに万事休す。
この状況をアキも分かっているようで、特に警戒もしないまま月光のスピーカーを介して話しかけてきた。
『カサギ、今なら3日間僕の部屋での謹慎と、2週間の僕のお世話係で許してあげる。だから帰ろ?ほら、帰りのヘリだってもう直ぐ来ちゃうしさ。』
「お世話係って……普段となんら変わらねえじゃねえか……。」
ちなみに天は二物を与えずと言うように、アキは戦闘能力が秀でている代わりに生活能力が欠如している。
綺麗な個室を数日で汚部屋にリフォームする天才だ。
『カサギは賢いって、いつも最良の選択を取ってきたって僕知ってるよ?今回は少し間違っただけだよね?これから何をすべきかは分かっているよね?』
こちらが投降するように促してくるアキ。
今ならまだ許してくれるかもしれない、あのアキを本気にさせる前にさっさと諦めるべき。
そう自分の中の一部が囁いてくる。
しかしこのような奇襲的な要素が大きい脱走は、一度してしまえば以降は相手に警戒されて実行がより困難になる。
だから今が最初で最後のチャンスかもしれない。
別に殺されるわけではないから最後までやり切るべきだと。
また自分の別の一部が囁いてくる。
「うぅ……こうなったら……。」
カサギは腹をくくる。
そして操縦桿を握ると機体を動かした。
⬛︎
「おっ、観念したかな?」
アキの視線の先ではスハーリが手を上に上げていた。
そしてその場に膝をつき、土下座のような降着姿勢をとる。
彼女はカサギの素直な行動に対して満足気にニコリと笑うと、セミオートショットガンをしまい、スハーリへと近付き始めた。
「ふふっ、帰ったら何しよっかなぁ……♪」
帰投後の妄想にふけっていると、眼前より何かが撃ち出される音が機体越しに聞こえてきた。
シュポポポンッ!!とワインのコルク栓を抜くような軽快なそれ。
スハーリの胴体側面のスモークディスチャージャーから発煙弾が発射されたのだと気付いた時には既に視界は真っ白になっていた。
が、アキは平常のまま取り乱さず、大人しく煙幕が晴れるのを待つ。
周囲がクリアになるとやはりというか、コックピットハッチが開け放たれたまま放置されているのが見えた。
「はぁ……やっぱり諦めないか……。まあ、そこもカサギの良いところだけど……。」
アキはコンソールと手元のタブレットをいじる。
そして再度不敵な笑みを浮かべた。
「ふふふ……鬼ごっこの次はかくれんぼね。もう少しだけ遊びに付き合ってあげるよ。」
⬛︎
[カサギ〜、どこ〜?出ておいで〜。]
「っ……!」
[ここかな〜……あれ?違うねぇ……。]
ズン、ズンという地響きと共にアキの声が聞こえてくる。
カサギは必死に自身の口を押さえ、バレないように祈り続けた。
少しして月光が離れていくのを確認すると、ひとつ安堵の息を吐く。
彼が居るのは操縦席の上。
実は最初から逃げてなどいなかったのだ。
「上手く引っかかってくれたか……。」
取り敢えず危機は逃れたが、まだすぐそこに月光は居る。
おそらく次に探されるのはこの機体だ。
その前にどうにかして逃げなくてはならない。
「くそ……何かいい案は……ん?これは……。」
ふと手元の端末に映した地図を眺めているとあるものに気付く。
現在地からおよそ500mの位置を縦断する少し大きめの川。
下流の先は今現在目指していた都市とはまた違うものの、バスや電車が使える町には繋がっている。
もうここに飛び込むしかないだろう。
「……音は消えたな。行けるか?」
アキの声と月光の足音が聞こえないのを確認すると、ハッチの開閉レバーと機体の起動スイッチそれぞれに手を添える。
ここに残っておいた方が安全なのではないかという誘惑が襲ってくるが、何とかそれを振り払う。
そして一気にボタンを押し込み、レバーを引いた。
「よしっ!行くぞ!」
各種計器類に光が灯り、眼前のスクリーンに周囲の風景が映し出される。
予想通り月光の姿は見えない。
カサギは機体を起こすと早速逃げに転じようとする。
しかしここでやらかしてしまった。
岩か何かにつまづいてしまったのか、スハーリは1歩目で派手に地面へ転んでしまったのだ。
「がっ!?ち……ちくしょ……こんな時に……早く、逃げないと……!」
再度機体を立ち上がらせようとするが、緊張で操作が出来ていないのか、中々上手くいかない。
念の為に機体状況を確認する。
そしてサッと顔を青くした。
「あ、足が無い……。」
両脚の部分が真っ赤になった機体図を見ると、コックピット内にけたたましいアラート音が鳴り響いていたことに気付く。
誰に攻撃されたのか。
答えは言うまでもない。
[ふふふっ、はい、み〜つけた〜。]
ガシリと何かが機体を掴み、仰向けにひっくり返される。
こちらを覗き込むのは離れていた筈の月光だった。
[僕を騙そうなんて100年早いよ?カサギがやることなんて僕には全部ぜーんぶお見通しなんだから。]
「……くそっ!」
[ほら、負けを認めて降りてきなよ。勝負は終わったんだ。結果は僕の完勝、カサギのボロ負け。もう逆転なんてしようがないんだしさ。]
月光がこちらのコックピットハッチを指で軽く叩いてくる。
癪だからと最後の抵抗として残った右腕でパンチをかましてみるが、身体の動きを乗せていない貧弱なそれはいとも容易く掴まれてしまう。
そこで月光から放たれる雰囲気が少し変わった気がした。
[はぁ……いいから出てこいよ……。]
苛立ちを含んだアキの声と共にガギンッ!!とダガーが肩と胴体の間に打ち込まれ、図に残った右腕の表示が真っ赤になる。
そして今度は下半身に突き刺されて、股間部の予備カメラが破壊され、スクリーンや計器類一式から光が消える。
カサギは真っ暗な空間の中、衝撃に揺さぶられ続けた。
「あがっ!?ぐっ!?うわっ!?」
ベギメギメギィ!!と装甲がひしゃげる音。
ブチビチブチッ!!っと配線が引きちぎられる音。
何も見えないということも相まってハッキリと恐怖を覚えた。
頭を抱えながら耐えていると急に振動が止まる。
「な、何だ……ひっ……!?」
かと思えばベキッ!メシッ!っと眼前のハッチが歪み、月光の大きな指がコックピット内へと入り込んできた。
それはハッチを掴むと太い固定具も気にせずに周囲の装甲板ごと無理矢理むしり取る。
ぼっかりと大きな穴が形成されると月光の首回りのコックピットハッチが開き、中から小柄な人影が出てくる。
彼女はこちらの機体に飛び移ると破口から中に入ってきた。
「……よう。」
「強情だよね、君。ホントにさ。」
「う、うっせえ。あとさっきの軽くトラウマになりかけたぞ。どうしてくれんだ。」
「いつまで経っても出てこないカサギが悪い。それより帰るよ。ほら早く。」
「……分かったよ……っておい!」
手を伸ばした瞬間、ガチリという音と共に手首へかけられたのは捕虜の拘束に使う専用の手錠。
ご丁寧に鎖の部分には可愛らしい柄のリードのようなものまでついており、その先はアキが手に握っている。
これではまるで犯罪者かペットだ。
「だってカサギが逃げない為だもん。それに……こうすればカサギが自分が誰のものかってよく分かるでしょ?」
「……知るか。」
光の無い目をしながら病んだ笑みを浮かべるアキ。
満足そうな様子の彼女に連れられて外に出ると月光に乗り込む。
今まで乗っていたスハーリだったが、それはもう無惨な姿に、いわゆる達磨というやつになっていた。
両腕両脚と頭が無いのはもちろん、下半身に至ってはズタズタに切り裂かれており、断面からは臓物のように機器やケーブルが垂れ下がっている。
機械ではあるが、グロテスクに見えるそれを前に顔を顰めていると、アキが隣からそっと小声で囁いてきた。
「ねえ、もし次逃げたら……ああなっちゃうかもよ……?」
「っ……!?」
ゾクリと背筋に悪寒が走る。
即座にアキの方へ顔を向けると、そこにはこちらの怖がる反応を見てクスクスと笑う彼女の姿があった。
「ふふ、ビビリ過ぎだよ。僕がそんなことする筈がないじゃないか。」
「……。」
カサギは素直に安心出来なかった。
何故なら眼前の赤みがかった彼女の双眸には相変わらずハイライトは存在していなかったからだ。
「……冗談に聞こえねえよ。」
「ふふっ……。」
それ以上アキから何か返ってくることはなかった。
こうしてカサギの『第一回』逃走劇は終わりを告げる。
結局、逃げおおせた時間は僅か60分にも満たないものだった。
――――――――――――――――――――――
何も出来ない状態でロボットの外からガンガンされるシーンって怖いよね。(某戦術機が出てくるやつみたいな。)
もしよろしければ高評価☆又はフォローをよろしくお願いします。作者のモチベが爆上がりするので。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます