第3話 攻撃開始!(下)

「おーおーおー……めっちゃ出てくるやんけ……。」


アキと別れた直後、鍾馗がバイザー越しにセンサーで感知したのは敷地外縁付近から出てきたのか、こちらへ近付いてくる沢山の歩兵や戦車、特車の群れだった。


DEA麻薬取締局から通達された情報によれば敵戦力は多く見積もっても特車が5機、車両が4台、歩兵が40人とされていたが、眼前には軽く数えてもその倍以上は居る。


唯一例外として、特車に関してはアキの向かった中央施設付近へ集中的に配備されているようで2機と少なかったが、その他だけでも十分な脅威となるだろう。


カサギは毎度お馴染みの、味方の情報と実際の敵戦力が全く違う展開に軽くため息をついた。


今までにこういうことは何度もあった為、もう慣れてきた頃ではあるが、やはり少しはがっかりする。


「まったく……まあこんな辺鄙へんぴな場所にあるんだし、しゃーないか。」


不満を並べてもしょうがない。


意識をすぐさま切り替えると戦う準備を始めた。


コンソールをいじり、各種武器の安全装置を解除していく。


スレンダーな見た目と最低限の装備が特徴の月光とは真逆に、鍾馗の太っちょでずんぐりむっくりな身体に備え付けられた数々の多彩な武装がその頭をもたげ始める。


「40mmとハイドラ、ヘルファイアにSマイン、あとバルカンも問題無しと……。」


目の前に数多の敵が、特車だけはまだ少なくても人間の総数で言えばこちらの10倍20倍が迫ってきているというのに、カサギは至って冷静で、如何にも『慣れて』いる感じだった。


まるで安全国の若奥様がタブレットでネットショッピングをするが如く、軽い手付きで敵をロックオンしていく。


「優先は特車と戦車で……いや、歩兵を乗せたトラックと歩兵戦闘車だな。まとめてやっちまおう。」


操作を終えると、鍾馗しょうきの背部左に取り付けられた長方形の物体の正面がパカっと観音開きのように左右へ開く。


現れたのは内部一面をびっちりと埋め尽くす円筒形の物体。


4×4の形で配置されたそれらは全てがヘルファイアミサイルだった。


「目標をロック……発射。」


操縦桿につけられたボタンのひとつを押し込む。


すると次の瞬間、ランチャー内の細長いミサイル達が順々に火を拭き始めると空へ飛翔していった。


ボシュシュシュシュシュ!!!!と一斉に放たれたそれらは補足した目標物、敵の戦車やトラック、歩兵目掛けて一直線に飛んでいく。


マフィアの私兵達はいきなり蒼穹に伸びた幾本もの白線に目を剥いた。


「なっ!?」


「みっ、ミサイルだ!」


「迎撃だ!」


「馬鹿っ!あれだけの数、撃ち落とせな……!」


ドガガガガッッッッ!!!っと、たちまちあちらこちらで起こる爆発。


歩兵をしこたま乗せたトラックや、同じくタンクデサントで歩兵を車体に乗せた戦車、その後ろを歩いていた特車がミサイルによって粉砕されていく。


中には搭載した弾薬か燃料に誘爆したのか、映画のワンシーンのような真っ赤で大きな爆炎が立ち昇り、薄暗かった熱帯雨林を明るく照らす。


もちろんカサギはこれで全部をやれたとは思っていない。


現に赤外線カメラには動く極彩色のシルエットがいくつも映っていた。


「まだ生き残ってるのが居るな……ならおかわりと行きますか。」


数はまだ残っているものの、今なら敵は混乱している。


再集結して体制を立て直される前に一気にカタをつけるのが最善だろう。


「コンテナをパージ、主機の出力を戦闘モードへ移行……よし、行くか。」


鍾馗は空になったミサイルコンテナを投棄するとのっそのっそと歩き始めた。


向かう先は火の手が各所で上がっている林の中。


全高8.5mの巨躯が周囲の木々を押し除けながら奥へと進んでいく。


「えーっと……。」


周りを警戒しながら手に持った40mmアサルトライフルの引き金に指をかけ、頭部と胸部の重機関銃も準備させる。


「うん、やっぱりアキとは違って弱いものいじめ感半端ないんだよなぁ……。」


これから倒すのは自分の操る特車よりも圧倒的に小さい生身の人間と戦車。


対等な存在である特車をバカスカ倒していくアキに比べてどこか見劣りするのはしょうがないことではある。


とはいえ見栄えに比べて実際の歩兵と戦車は特車にとってものすごーく厄介だ。


特にこんな隠れる場所だらけの密林の中では。


このまま奴らを野放しにしていては幾らアキでもマトモに戦うことが出来ない。


「よし、早速来た……!」


噂をすればと炎上するトラックの影から現れた敵歩兵に向かって40mmライフルを撃ち込む。


そこは頭の重機関銃でも良かったのではないのかと遅まきながらに気付くが、その時には敵兵5人の姿は跡形も無くなっていた。


シリアルキラーも真っ青なレベルでのミンチ、いや、血煙具合である。


しかしカサギはそれを涼しい顔で眺めるとすぐに別の目標を探し始めた。


「他のはどこに……おっ!」


口に出す前に両肩部側面に並んだ筒状の物体、M260ロケット弾ポットからフレシェット弾を発射する。


炎と炎の間にちらりと見えた人影に向かって撃ち込んだそれは空中で分解、中に詰まった大量のダーツを面状にバラ撒いた。


文字通り串刺しになって沈黙する敵。


だが息つく間も無く、すぐに新たな方向から敵が現れる。


馬鹿なのかパニックになっているのか健気にFALを撃ってくるが、もちろんこちらに効くはずもない。


憐れむことすらせず、ただ射撃を続ける。


点で攻撃するのではなく、サーチライトを当てるようにひたすら面で。


死の範囲に僅かにでも入った敵兵の一部が吹き飛び、断末魔の悲鳴をあげる。


「ぬっ……戦車か、結構生き残ってるな……。」


重機関銃を撃ってくるトラックを頭部のチェーンガンで蜂の巣にするとカサギは機体の速度を歩きから駆け足に上げる。


遂に生き残りの戦車数両を発見したのだ。


「えっと……T-62って、これまたすんごい骨董品を……。」


あちらも気付いたのか慌てて車体の向きを変えて砲口を向けてくる3両の敵戦車。


対してカサギはそのまま前へ進み続けた。


ここでいきなり問題だが、特車と戦車ではどちらの方が強いだろうか。


正解は場所や状況によるものの、単に火力と防御力だけで比べるのなら戦車に軍配が上がる。


だから戦場では戦車相手に特車は正面切っての戦いは行わず、弱点である側面や背面、天板を狙って鉛玉やミサイルを撃ち込むことが定石だ。


だから一見カサギの行動は自殺行為に思える。


しかし問題は何一つ無い。


鐘馗にはアキの月光やマフィアのスハーリなど他の特車には無い特徴があるのだ。


「防殻を展開。」


鍾馗の表面各所に埋め込まれた円筒形の物体。


それがにゅっと外へ僅かに飛び出し、そこから薄い被膜のようなシールドが出現すると機体を包み込む。


今展開したものは魔法を用いての防護システムで、展開中は基本あらゆる物理攻撃を防ぐことが可能という優れものだ。


ただし欠点が魔力を大量に食うことで、鍾馗はそれを賄うための大容量コンデンサーを積んでいることからこんな太っちょとなっている。


「おっけ、撃ってきて良いよ。」


そうこうしているうちに旋回を終えた敵戦車が主砲を発射。


放たれたAPFSDS装弾筒付翼安定徹甲弾は真っ直ぐな軌道で鍾馗へ向かい、綺麗に着弾する。


タングステン合金で出来たダーツがシールドに接触した途端、周囲に光と轟音を撒き散らした。


「……や、やったか!?」


「あっ……。」


「ばかっ……!」


お決まりのセリフを放ち、仲間達から睨まれた敵の戦車兵だったが、次の瞬間には見事フラグを回収していた。


お返しとばかりに飛来した40mm弾の雨に装甲は貫徹はされずとも砲身や照準器、機銃、履帯などがボロボロになっていく。


煙幕の中から現れたのは腰だめにライフルを構えた無傷の鍾馗。


他の2両も続けて主砲を撃ち込むが、全く効果は無い。


「くそっ!どういうことだ!敵はただのPMCじゃなかったのか!?」


「戦車砲がどうして効かないんだ!?奴は化け物だ!」


「うるさい!いいから撃て!」


砲塔内部の自動装填装置がひたすらに弾頭と装薬を砲身へと詰めていく。


それが終わるたびに轟音が鳴り響き、ぶっとい砲弾が撃ち出される。


しかしそれらをいくら当てようが鍾馗の足は止まらない。


そして再度手に持ったライフルを発砲され、たちまち2両の敵戦車はボロボロに加工されてしまう。


遂に動くものは鐘馗だけとなった。


「ふぅ……終わって……ないなっ!?あぶねっ!!」


いきなり発せられたアラート音に従いながら防殻を再度展開した直後、背後から飛来してきたミサイルが直撃する。


後ろを振り向くとカサギにとって一番会いたくなかった存在が立っていた。


「うっそ……2機ともやれてなかったか……。」


鍾馗から数十メートル先、無傷のスハーリと左腕を失ったもう1機。


双方共にライフルをこちらへ向けており、戦う気は満々らしい。


「くそ……特車とタメ張るのは苦手なんだよなぁ……。」


カサギはアキに支援の連絡を入れようとするが、森の奥で爆発が発生しているのが見えた為、やめておいた。


戦闘中に水を差すのは良くないと考えたからだ。


それに……。


「アイツが居ると逃げるチャンスがほとんど無くなる……ここは何としても単独で切り抜けないと……。」


カサギは一度深呼吸を挟むと覚悟を決めた。











⬛︎


「うぅ……やっぱ機動力はあっちが上だよな……!!」


派手な爆発が森のあちこちで起こっていた。


その中心に居るのは先ほどより必死に周囲へ弾幕をばら撒いている鐘馗。


ロケット弾をばらまく先に居た敵機は中々に出来るようで、激しい弾幕の嵐を潜り抜けてきていた。


「駄目だっ、埒があかねぇ……やるしかないか……!」


カサギは近接用の溶断トーチを利き手に装備すると、ライフルを乱射しつつ敵との距離を詰め始める。


相手の2機もこれ幸いと懐からマチェーテのような大きめの刃物を取り出し、一気に切り掛かってきた。


そして直後に交差。


ガギィン!と鈍い金属音が響く。


「っっっ……!!ひ、被害は無い、か……!」


コンソールに映る鐘馗の状態図は全てがオールグリーンだった。


対して敵の1機の腹にはトーチが突き刺さっており、バタリと力無く崩れ落ちる。


「くそっ、防殻がもう保たない……!」


安堵する間もなく鈍い機体を動かして胸部のバルカンをばら撒く。


最後に残った片腕の1機と何とか距離を取ろうとするが、相手も距離を取られると火力で嬲り殺しにされると分かっているのか、それを許してはくれない。


出力が下がってきた防殻を何とか部分的に展開しながら敵の斬撃を受け止め続ける。


右、左、下、正面と、アキには劣るものの、経験から積み上げてきた技術をフル活用してチャンスが無いか探り続ける。


そしてその時が来た。


「上段っ……!」


敵がマチェーテを振り上げた瞬間、カサギは鐘馗を前に進ませた。


そして相手の腕を掴み、そのまま地面へ押し倒す。


超至近距離で互いのバイザーとツインアイが見合ったところでカサギはチェーンガンの引き金を引いた。


発砲音と共に敵の顔が、特にカメラやセンサー類など装甲の成されていない箇所がズタズタに加工されていく。


きっと相手からは何も見えなくなっているところだろう。


「はぁっ……はぁっ……もう動かないでくれよ……!」


ダメ押しにライフルの銃床で頭を叩き落とし、マチェーテも折っておく。


敵の武装解除を終えるとカサギはさっさと背を向ける。


が、もう一度振り返り、敵にライフルを向けた。


「やっぱり降りてくれ。他に使えそうなものがないんでな。」


その声色には脅し以外に嬉々としたものが含まれていた。


待ちに待った脱出開始の時間である。



――――――――――――――――――――――


これからは、今までのように少ない字数の話を頻繁に投稿するのではなく、多い字数の話を多少期間を空けながら投稿していきます。



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