第2話 攻撃開始!(上)

「ん?あれなんだ?」


「なんか落ちて……うわぁっ!?」


キュガッッッ!!!と凄まじい轟音と爆風が周囲に撒き散らされ、爆心地では巻き上げられた砂と黒煙が巨大なドーム状の雲を発生させていた。


地上ではそこらの建造物が衝撃波でバラバラになり、人も瓦礫も関係なく宙を舞う。


地中はもっと酷かった。


炸薬に魔法を詰め込んだ改造型地中貫通弾は着弾からコンマ数秒後、弾頭内に形成された魔法陣がマフィア地下施設内で爆炎の嵐を発生させていた。


密閉された逃げ場の無い空間を炎の波がものすごいスピードで駆け巡り、あっという間に施設の大半を埋め尽くしてしまう。


「く、くそっ……!?何なん……ゲホゲホっ!」


「い、息が出来ねえ……!?」


運良く生き残った者も居たが、火災による黒煙がそこらの空間を満たし、場所によっては火が酸素を食い尽くしたことによって直ぐに全滅してしまう。


上空からもハッキリと見えるその惨状。


コックピットの中、爆弾を落とした張本人であるカサギは苦笑いが止まらなかった。


「おいおい……これただの地中貫通弾じゃねえじゃん。」


[んー?どしたの?]


「ナパーム弾って国際法違反じゃなかったっけ?ネットで非難されないかな?」


ここで一応補足。


『ナパーム弾』とはナフサというガソリンの一種に増粘剤を混ぜてゼリー状にしたものを爆弾に詰めた油脂焼夷弾だ。


着弾と同時に撒かれた特殊な油は対象に纏わりつき、水をかけても消えず、燃料のある限り燃え続けるというその残虐的な特性から近年世界の国々は使用を禁止している。


合衆国とか北方連合とか支那しなとかの一部例外軍事大国を除いて。


話を戻すが、上記のことを懸念してカサギは心配そうな声を上げた。


対して呑気そうなアキの返事が通信機越しに聞こえてくる。


[だいじょぶだいじょぶ、あれは弾頭に炎を発生させる魔法陣を仕込んだだけのバンカーバスターだから。出撃前に僕が仕込んだ出来立てホヤホヤの奴だよ。]


「大丈夫っつーかそれ結構グレーゾーンじゃん。」


[合衆国だってガニアス王国で使ってたから大丈夫。しかもあっちはナフサを灯油に変えただけなのに対してこっちは根本から仕組みが別のものだから幾らでも言い逃れ出来るよ。まず誰も見てないって。]


「そうかい、なら良かったよ。じゃ、Aアルファ1、味方の輸送ヘリの着陸地点を確保しにいきますか。」


[了解A2、あの爆発の中で敵が生き残ってるか疑問だけどね。せいぜいが歩兵だけでしょ。]


「確かにそれは言えてるが、戦争に絶対は無いから一応な。」


[分かってるって……ん、落下傘のパージまであと4、3……。]


地面が近付いてくると、ある程度のところでパラシュートを切り離し、着地する。


ズシンとした衝撃が腹にくると浮遊感が無くなり、しっかりとした大地の重力を身体で感じ取った。


姿勢を起こし、周囲を見渡してみれば少し離れた場所に僚機である月光の姿が。


早速敵の残党を見つけたようで、頭部のチェーンガンを少し離れた地面に向かって発砲している。


「大丈夫か?」


[うん、歩兵がRPG向けてきたから撃っただけ。そっちは大丈夫?]


「ああ、もちろんだ。それより対人戦はこっちに任せてお前さんは敵の特車が居ないか探してくれ。俺と後発組の命がかかってるんでな、よろしく頼むよ。」


[了解っ!任せて!]


片手でサムズアップをすると背部にマウントしていたセミオート式のショットガンを手に取り、敷地の奥へ足早に進んでいく月光。


カサギはその背中を見送ると、機体を別の方向へと向ける。


「さて、最後の仕事をとっとと終わらせますか。」


月光とは違って、鍾馗はのっそのっそと歩き始めた。








⬛︎


コックピット内ではアキが頬を緩めに緩めまくっていた。


普段の落ち着いた印象はどこにも無く、その表情はとてもだらしがない。


「カサギに頼られた……カサギに頼られた……よろしく頼むって……僕しか頼りがないって……へへ……えへへ……!///」


若干内容が曲解しているような気がするが、まあそれはアキだからしょうがないことではある。


そのまま妄想に突入しそうになる彼女だったが、丁度良くコンソールから発せられた警告音が目覚まし代わりになったようで、急に真剣な顔へ戻った。


レーダーに映った光点は4つ。


AIの識別によれば敵の特車は反社会的勢力がよく使っている『スハーリ』とのこと。


つまりアキにとって今回の相手は毎度の戦闘の際、高頻度で狩ってきた獲物、アニメや漫画でいうところのやられ役に過ぎなかった。


しかし戦闘のプロはどんな奴が敵に来ようとも決して手は抜かない。


彼女の目が一瞬で鋭いものへと変わり、操縦桿を握る手に力が込められる。


すると両手にはめた特殊なグローブの一部が緑色の微弱な光を出し始め、コンソールに表示された残存魔力量の隣に新しく別のゲージが出現した。


同時に月光の両の手の平と指先からも微弱な光が発せられる。


「機体の魔力回路との同期を確認……拡張完了。」


ショットガンをしまい、代わりに取り出したのは1本のダガー。


どうやら殺る気は満々らしい。


「ふふ……カサギのところへは行かせない……1機も残さずこの場でリタイアさせてあげる……。」


次の瞬間、アキは地面を蹴り、機体を一気に加速させた。


魔導エンジンが唸りを上げ、8.0mの巨躯に似合わぬ俊敏な動きで敵への距離を瞬時に詰める。


「接近警報……?うわっ、うわぁ!?」


「まずはひとつ。」


視界の先に現れたのは緑地迷彩の施された、如何にもロボットらしいフォルムの機体だった。


周囲の爆煙と木々に紛れ、最初に狙ったのは菱形に並んで移動していた4機のスハーリのうち、向かって一番後ろの1機。


斜め後ろから飛び込んだ月光は敵機に急接近し、手に持ったダガーを、魔法を使って炎を纏わせたそれをコックピットブロックへ深々と打ち込んだ。


刃は装甲をバターのように軽々溶断すると、敵の搭乗員を悲鳴を上げる隙も与えず、切り分けられたローストポークに加工する。


「えっ?ボブ!?」


「く、くそっ!撃てっ!敵は1機だ!」


「こんちくしょう!!」


遅れて敵が反応し、手に持った特車専用のアサルトライフルを、おそらくはIFVなどに搭載されていた機関砲を転用したものを撃ち放ってくる。


が、間合いが余りにも近過ぎた。


対してアキは敵の残骸を盾にしつつ、姿勢を低くして2機目を狙う。


「ふたつ。」


再び敵機へ肉薄すると今度はダガーを持っていない方の手を伸ばし、魔法で生成した水をすれ違いざまに指先から敵の首元目掛けて噴射させた。


たかが放水かと侮るなかれ。


水圧を上げて蛇口の大きさを極限まで絞れば、その衝突力によってウォーターカッターへと早変わりする。


スパンスパンと敵の首周りの、装甲の無い比較的柔らかいパーツが切れていき、遂には頭を丸ごと跳ねてしまった。


「ひいっ!?」


「ば、化け物めぇ!」


残る2体のうち1体に今しがた首の無くなった機体を蹴り付けて衝突させると、もう片方には魔法で灼熱化させたダガーを投擲。


「みっつ。」


胸に刃が突き刺さって動かなくなった敵機だったが、アキはそれを見向きもせず、味方の下敷きになっている最後の敵へと近付いていく。


そして腰のショットガンを取り出し、銃口を正面へ指向した。


「ひっ……や、やめ……。」


「よっつ。」


ドォン!ドォン!ドォン!と一気に3連射。


銃口から放たれた3発のスラッグ弾は上に覆い被さった首なし敵機の胴体部、動力系統の機器が詰まっている部位に突き刺さり、3つの大穴が空けられた。


アキの月光やカサギの鐘馗とは違って敵のスハーリは、厳密には劣化コピー品であるマフィア製スハーリは魔導エンジンではなく既存のディーゼルエンジンやガスタービンエンジンを使っている。


もしもそれらエンジンが使う燃料の詰まった箇所へ弾を撃ち込んでみると……。


「どっかーん……すごい花火だねぇ。」


2機を巻き込んだ爆発は凄まじいものとなった。


アキは少しそれを眺めるとすぐさま踵を返し、別の敵が居ないか探す。


しかし幾ら辺りを見回しても動くものは何も無く、耳を澄ましても聞こえてくるのは自機の稼働音と物が燃える音、遠方から時折り聞こえるヴヴヴヴー!という特徴的な発砲音のみ。


どうやら敵の特車は居ないようだが、カサギの鐘馗が敵歩兵と交戦しているようだ。


「M61しか使ってないなら大丈夫かな。」


レーダーに映る鐘馗の光点も激しくは動いていない。


生身の人間相手なら自分が行く必要も無いだろう。


アキは相棒のことを信じて更に敵を探すことにした。


「むっ、これは……。」


少しするとレーダーに反応は無くても、ズシンズシンと何かが動き回るような重い振動を計器類が検知した。


もしかしなくても特車で間違いない。


アキはニヤリと笑みを浮かべると、付近の背の高い木の影に身を潜め、派手な音を立てないようにする。


そのまま身を潜め続ければレーダーに反応が出た。


「おっ、やっぱりまだ居るみたいだね。」


おそらく敵特車の格納庫は、今しがたカサギが丸焼きにした麻薬工場とはまた別の場所に設置されていたおかげで無事だったのだろう。


反応のあった場所に向かってみると、そこには新たに地下から出て来た6機の特車が居た。


「ふふ……そんなに慌てちゃって……。新兵だった頃のカサギみたい……♪」


完膚なきまでにボロボロの施設と味方の無惨な死骸を見て、逃げるか戦うかで議論をしているのか、見るからに右往左往しているスハーリ6機。


アキの月光は彼らに見つからないようステルスモードで近付いていく。


有効射程まで接近すると地面に伏せて散弾銃を構えた。


「一応リロードしておいてと……。」


箱型弾倉を取り外し、代わりにはめ込んだのは20連ドラムマガジン。


中に詰まっているのはもちろんスラッグ弾だ。


「ひとーつ。」


照準を合わせるとアキは操縦桿のボタンを押し込む。


連動して月光の指がトリガーを引き、ドガッ!ドガッ!と57mm砲から特大の弾丸が発射された。


瞬時に射線上に居た1機の左腕が吹き飛び、右脚も根本から持って行かれる。


「はっ!?」


「敵!?」


「気を付けろ!PMCの連中だ!」


今度は隣の機体の胴体に数発撃ち込めば、派手に爆発を起こし、辺りを明るく照らす。


「ふたーつ。」


そこで射線から月光の位置を割り出したらしい。


敵がこちらに気付き、手に持ったアサルトライフルを発砲してきた。


普通の特車ならある程度撃ち合っても大丈夫かもしれないが、あいにくとアキの月光は機動力と俊敏性に重きを置いているおかげで防御力は極端に低い。


要するに『当たらなければどうということはない』がコンセプトとなった機体なのだ。


ただまあこれを本当に実行してしまうところが彼女のスゴいところである。


「遅い!遅いっ!」


ステップを踏んで敵の照準を混乱させつつ、距離を取ると一方に走り始める。


木々の隙間を駆け抜けて軽く跳躍し、ショットガンを構えて発砲。


しかし流石に避けられた。


「まあ腐っても訓練を受けた連中か。」


着地と同時に相手の出方を見る。


するとアキの攻撃を避けた敵機のうち、仲間から少し孤立した機体を見つけた。


「ふふっ……システム起動。」


次はアイツにしようと、彼女は笑みを浮かべながらそう決めた。


再び月光の手の平や足裏などの、機体の各所に設置された魔法を増幅する特殊機器が唸りをあげる。


加速ブースト。」


次の瞬間、大出力の突風が月光の後方に向かって放出された。


敵機から見て突然大量の砂塵が巻き上がったかと思えば、同時に月光の姿が掻き消える。


そして目の前に現れた。


「へっ……?」


「みっつ。」


バガボコっ!!っと、スラッグ弾が至近より装甲をブチ抜き、コックピットブロックを粉砕する音が響く。


戦果を確認する前に横へ飛び、敵の弾幕を回避。


お返しにスラッグ弾を発射する。


「よっつー。」


魔力の残量値を確認、残りは50%。


先ほどの急加速時に思っていた以上に使っていたようだ。


「まああとふたつだしっ……だいじょうぶ……っと!」


爆炎越しにショットガンをフルオートで乱射。


1機の右腕をもぎ取ると再び加速して最後の1機に突貫し、ダガーを突き立てる。


「いつーつ。」


振り返り、最後の敵にショットガンを向ける。


しかしそこには膝立ちのまま動かないスハーリの姿が。


「あれ?」


銃口でつんつん突いても反応しない。


よく見てみれば胸部のコックピットハッチが開いていた。


どうやらパイロットは逃げたようだ。


「まあいっか、これで今日の撃破スコアは10。中々にイイね。」


本日の戦果を数えてホクホク顔になるアキ。


とても機嫌が良さそうである。


「さて、カサギが逃げる前に戻らなくちゃ。」


月光は踵を返し、待っているであろう味方の元へと向かい始めた。


が、やっぱりやめた。


「……おっかしいなぁ……同じ位置からどうして移動しないのかなぁ?」


いつまで経っても動かない鐘馗を表す画面上の光点。


アキの口角が上がり、歪んだような笑みが現れる。


「まったく、しょうがないなぁ……まあ、意外と早かったね。断腸の思いでイコマを頼った甲斐があったよ。」


指を伸ばしたのはコンソール周囲の計器類……ではなく、右下の何もないところにテープで無理矢理貼り付けられたタブレット。


また懐からも自身の小型端末を取り出す。


それぞれの機器で起動したのは『発信機』の現在地を知らせるアプリ。


画面を見るアキの瞳は既に光が無くなっていた。


「さぁて……ちょうど敵は居なくなったし、僕はカサギを迎えに行くとしようかな……。」


地面にうち崩れたスハーリからダガーを引き抜く。


機械油が血のように滴るそれを一振りしてから鞘にしまうと、月光は跳躍した。


向かう先は鐘馗から少し離れた森の中。


タブレットに表示された今なお移動を続ける光点の元へと。

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