006 SIDE運営
「――どうなってるんだ、これは!?」
シンがユニーク称号『マイペース・スキルゲッター』を取得したその瞬間、とある一室にて、男がモニターに張り付く勢いで顔を近づけた。
「ランダムクエストの乱発だけでなく、二つ目のユニーク称号だと? これは絶対に何かのバグだろう?」
「いえ……先輩、我々もくまなく調べてはみたんですが……」
「結果はどうだった?」
「異常ありません。全て仕様どおりです」
引きつった金髪の男の報告に、先輩と呼ばれた眼鏡の男もまた、表情をピシッと硬直させる。そのままたっぷり数秒を費やし、再びモニターに視線を戻した。
「やはり、アレのせいだというのか?」
「えぇ、恐らく……というか、もはやそれ以外に考えられません」
実のところ、前々から薄々思ってはいたのだが、あまりにも現実味がなさ過ぎて、いまいち認められずにいた。
しかし、もはやそうは言ってられない状況に陥ってしまっている。
ユニーク称号が取得されれば、自動的に『ワールドアナウンス』という形で知らされる仕組みとなっている。それが立て続けに発生すれば、ユーザーが大いに騒ぎ出すのも無理はなく、問い合わせが殺到するのも自然なことだった。
おかげでスタッフも日夜その対応に追われており、各々の疲労も増え続ける一方であった。それも凄まじいスピードで。
「……冗談で作ったはずのユニーク称号が、全てをおかしくさせたということか」
「ブリリアント・マイペース、ですか」
「あぁ」
そんなやり取りをしていた二人の表情はとても苦々しい。どうしてこうなったと、盛大に叫んでやりたくて仕方がなかった。
否――もう似たようなことをしていると言えなくもないが。
「取得条件……そんな簡単じゃないはずですよね?」
「あぁ。むしろ普通にプレイしていれば、まず得られないはずなんだが……」
眼鏡の男は腕を組みながら唸る。
「ログインし続けたまま、チュートリアルを一時間……そして更にクリアする必要があるランダムクエストの出現もまた、必ず出てくるわけではない……」
「あくまで一定確率としていますからね。しかもエタラフのチュートリアルは、確か本当に最初の一回限り……」
「あぁ。たとえアカウントを作り直しても、ヘッドギアが読み込んだ身体の情報が、同一人物だと断定するからな。つまりあのユニーク称号を得るには、最初で最後のチャンスを掴まなければいけないということになる」
「いやいや、チュートリアルであそこまでのんびりしまくるプレイヤーなんて、まず考えられないですよ!」
「そう。だからこそ変わった考えの持ち主でもない限り、条件を満たすことはあり得ないはずなんだ。それなのに……」
眼鏡の男が深い溜め息をつくと同時に、その場にいるメンバーたちも、次々と表情を苦々しくさせていく。皆、気持ちは同じだということだった。
とてもじゃないが信じられない――と。
そんな中、紅一点でもある女性スタッフが、声を潜めつつ問いかける。
「ちなみにですけど……その【ブリリアント・マイペース】って、イベントに参加できない以外に、隠し効果的なものもあるんですよね?」
「あるよ」
遠い目をしながら、男は眼鏡をくいっと上げた。
「ランダムクエストの出現率が大幅にアップする。そしてランダムクエストを受注している間は、自分のステータスが二倍。また、ランダムクエストクリア時に得られるレアドロップの確率がアップする――だな」
「……冗談で作るにしてはヤバ過ぎじゃないですか」
女性スタッフもドン引きする。
ランダムクエストは出現率が低いだけあって、そこで得られる経験値は多く、レアアイテムも手に入れやすい傾向があるのだ。
そこに件のユニーク称号の恩恵が加わろうものなら――
「このまま放っておいたら、レアアイテムを乱狩りされてしまいますよ!?」
女性スタッフの叫びが会議室内に響き渡る。その気持ちは分かると言わんばかりに皆が頷いていた。
そして大きなため息をつきながら、眼鏡の男は後ろ頭をガシガシと掻き毟る。
「確かに大問題には見えるが……ゲームバランスが崩壊する可能性は、恐らくかなり低いだろう」
「えっ?」
「シンはそもそも『ゲーム内のイベントに参加できない』からな」
「――あっ!」
女性スタッフも、そこでようやく気付いた。そしてそれがもたらす可能性がいくつか思い浮かび、そのうちの一つを口に出してみる。
「レアドロップ品を乱狩りされても、それを活かす場面が少ない?」
「そうだ。しかもシンは、完全に生産職寄りのステータス――だからレアドロップが発生したところで、大きな騒ぎにもなりにくいのだ」
「クランに参加することも難しいでしょうし……そうなる可能性大でしょうね」
金髪の男が補足したことで、場の空気は納得の一文字でまとまってゆく。
いくらレアなアイテムや素材をたくさん手に入れたところで、それを活かせる環境にいなければ意味がない。
改めてそれを考えてみた運営たちは、顔をしかめずにはいられなかった。
「……シンは今のところ、マイペースに楽しんでいるだけのようですが」
「あぁ。それは純粋に幸いと取るべきだろう。発信の類もしていないようだし、今は少し様子を見るほかないだろうな」
その言葉を聞いた一同は、確かになぁという気持ちを一致させる。偶然に偶然が重なった結果であり、悪いことをしたわけでもない。
むしろ『凄い』とすら言えるレベルだ。
不正ツールも一切使わず、滅多に手に入らないユニーク称号を手に入れて、それを利用して純粋にゲームを楽しんでいるだけなのだから。
それは開発ルーム全員も理解はしている。だからこそ、驚きや戸惑いに満ちてはいるものの、シンに対して不快さや怒りを抱く者は、一人もいないのだ。
「しでかした内容は凄いのに、評価はされない……か」
「どうしても、イベントのランキングのほうが注目されてしまいますからね。騒ぎが沈静化するのも時間の問題でしょう」
「そうだな。そう考えれば少しは安心できそうか」
「しかしそれでも、懸念が晴れたとは言い切れません」
「シンの今後も気になるところですが、ヤツ一人を気にかけるわけには……」
運営たちの議論が白熱してくる。少しばかり収集がつかなくなってきたかと思い始めてきた、その時だった。
『それなら心配無用だ』
突如、開発ルームに第三者の声が乱入する。電子機器を通しての声であり、明らかにこの場にはいない声だった。
そしてそれは、スタッフ全員がよく知っている声でもあった。
「相変わらず急に参加してきますね……チーフ」
『ハハッ。実にいいタイミングだったとは思わんかね?』
チーフと呼ばれた人物は、どこまでも軽い口調で言ってのける。そういう問題か、とその場にいたメンバー全員が疑問を一致させるが、それを言ったところで届かないのも分かっているため、誰も何も言わない。
だからこそチーフも全く気に止めようともせず、そのまま続けるのだった。
『シンのことは、私が気にかけておこう。キミたちは心配せず、引き続き開発と運営に勤しんでくれたまえ』
「いえ、ですが……」
『もうすぐイベントも始まる。キミたちの成功を期待しているぞ。以上だ』
「あ、ちょっと!」
呼び止めようとする男を華麗にスルーする形で、話は打ち切られる。流石に苛立ちを募らせずにはいられなかったが、既にモニターは真っ黒。様々な感情の入り混じった複雑そうな男の表情が、しっかりと鏡の如く映し出されているように見えた。
そして、そんなどえらい雰囲気を作り出した張本人は、モニターの光だけが照らしている暗い部屋で、コーヒーを飲んでいた。
「全く……ここに来て面白くなってきたものだな」
ズズッと一口すすりつつ、マイペースに笑う。それはまるで、面白いアニメを見ている子供の表情そのものであった。
実際、気持ちとしてはそれに等しい。
ゲーム内だけでなく、運営をも騒がせてくれる存在に、ワクワクする気持ちが抑えきれないのもまた確かであった。シンの存在がエタラフに新たな風を巻き起こしてくれるのではないかという、そんな期待も込めつつ。
ユニーク称号を得て喜んでいるシンを見ながら、チーフは再びコーヒーを飲む。
(せいぜいマイペースに楽しんで盛り上げてくれよ――シン?)
しかしその翌日から――シンはエタラフに全くログインしなくなっていた。
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