007 SIDEとある女性トッププレイヤー



「――はあぁっ!」


 長いサラサラの金髪をなびかせつつ、女性プレイヤーの鋭い一撃が放たれる。真正面から喰らった巨大な獣は、そのままゆっくりと倒れ、やがてそれは粒子となって消滅していく。

 完全に消えた瞬間、その場に数多くの宝箱が生み出されたのだった。


「よし、もう一体討伐! いいペースで進んでるよな!」

「この調子なら、今回もウチのクランがトップになれそうだぜ」

「エミリア。もっとガンガン行きましょ♪」


 クランメンバーに称えられ、エミリアと呼ばれた女性プレイヤーは、落ち着いた笑みとともに振り向く。

 今はイベントの真っ最中だ。

 高難度のボスモンスター討伐クエストを、クランごとに討伐した回数や貢献度を集計して競う――エタラフにおける目玉イベントの一つである。

 総合評価で上位に入れば、それだけ報酬も豪華となる。

 イベントはリアルの日数で三日間。開始と終了の時刻も決められており、徹夜での周回を防ぐ対策は、ちゃんと取られている。

 それでも、トッププレイヤーたちの周回速度は尋常ではない。

 エミリアがマスターを務めるクラン――『金色のジョーカー』も、各プレイヤーたちの間でも話題となっており、今回のイベントにおいても決して例外ではない。


「あの……ちょっといいですか?」


 風に揺られる金髪を押さえながら、エミリアが遠慮がちに言う。


「私、少しだけ休憩しようと思うんですが……」

「そうだねー。じゃあ残り三戦だけ、ちょっと付き合ってくれない? 今日はまだロクに走れてないからさ」

「私も行くよ。マスターがいればサクッと行けるもんね!」

「……えぇ」


 もはやツッコミを入れる気力もないエミリア。この流れもまた、クランの中ではいつものことであった。

 なんやかんやでイベントの貢献度は非常に高いため、何も言うことができない。

 十分な戦力が二人や三人と増えてくれば、それだけ討伐のスピードアップに繋がることは確実だ。そうすればその分、イベントの結果に貢献度がプラスされていき、それがメンバーのやる気を引き出す相乗効果を生み出す。

 波が穏やかになるどころか、むしろ大波化していく現象も、クランの中ではよくある話であった。


(あぁ、またです。断るに断り切れません……)


 エミリアは笑みを取り繕いながら、心の中で溜息をつく。

 断るだけなら、別にやろうと思えば簡単にできる。適当な理由をつけて、謝罪しながらログアウトすればいいだけの話なのだ。

 しかしエミリアは、どうにもそれができなかった。


(もう朝からずっと走りっぱなし……いい加減少し休みたいです。でもマスターの私が抜けたら、みんなに迷惑かけちゃうような気も……いえ、流石に少し考え過ぎでしょうか? でもやっぱり、なんか申し訳ないような感じもするような……)


 生真面目さと責任感の強さが、悪い方向に出てしまっている。言ってしまえばこれは単なるゲームに過ぎない。ここで何か失敗しても、お金を失うなどの大きな影響は出ないはずなのだ。

 プロゲーマーで対戦しているなら話は別かもしれないが、少なくともエミリアたちのクランだけで見れば、失敗の影響が大きく出ることはそうそうない。

 せいぜいネットで少し騒がれる程度だろう。しかしそれも、すぐに鎮静化する程度のものだ。今回はたまたま主力メンバーの調子が悪かった――そう判断され、すぐさま遠い思い出話と化することは明白だ。

 要するに『軽い話』として捉えても構わないはずなのだ。

 しかしエミリアはできなかった。

 マスターである以上、必ずイベントで皆を良い方向に導かなければいけない。自分はトッププレイヤーとして謳われているのだから、その責任がある。

 いつしかそんな思いが、エミリアを固く縛り付ける『鎖』となっており――


(はぁ……どうしてこうなったんでしょうね?)


 陰でひっそりと重いため息をつくことが増えていた。


(イベントって始まる前はすっごい楽しいのに、始まってからは妙に怠くてしょうがないと言いますか……)


 そんなことを考えつつも、エミリアはメンバーとの三戦をきっちり周回してきた。メンバーからも明るい声で礼を言われ、それ自体は気分がいいため、マスターとして笑みを返すも、それはもはや仮面の一種に過ぎない。

 そんなエミリアがクランハウスに戻ってくると、残っていたメンバーが楽しそうに雑談を交わしていた。


「ところでさぁ。例のブリリアントなんとかって、ユニーク称号だけど……」


 クランメンバーの一人が、思い出したように切り出した。

 数日前に突如アナウンスされたユニーク称号の存在は、エミリアのクランでもかなり有名となっていた。


「それって『ブリリアント・マイペース』のことか?」

「あぁ、それそれ!」


 そしてそれは、エミリア本人にも、大いに興味を抱かせていた。帰ってきたことを軽く挨拶し、そのまま興味なさげに素通りしながらも、しっかりとその会話に耳を傾けていた。


「どんな効果を持つ称号なんだろうな? 何か判明していることは?」

「さぁ? 少し調べてはみたが、何も情報は出てなかったよ」


 腰に長剣を携えたメンバーの男が、大きく肩をすくめる。


「そもそもソイツが、今でもエタラフやってるかどうかも分かんないし」

「あー、称号持ちを探してクランに入れようって話、もう完全に出回ってるしな」

「ウザったくて逃げてる可能性大か」

「初心者ってこともあるだろうに……せっかちな皆さんだことで」

「もし駆け出しだったら、怖がって隠居案件だぞ?」

「……あり得るな」


 冗談めいたような軽い口調で放たれた言葉に、メンバーの一人が神妙な表情を浮かべていた。


「隠居って言えば……イベントに疲れて、そうなるヤツも多いみたいですね」

「私の友達も、別のゲームでそうなってましたよ?」

「ていうかウチのメンバーでも、何人かそれで抜けたことあったしな」

「そうでしたねぇ」


 あはははは――と、軽快な笑い声がクランハウスに広がる。

 クランが所持している拠点。このエタラフ内では自分の家も同然であり、自然とメンバーもリラックスできる場所である。

 それは『金色のジョーカー』も例外ではない。現に皆が楽しそうに笑っている。

 イベントでクラン同士の順位を競い合っている真っ最中ながら、常に殺伐としていないのは、この拠点があるからこそとも言えるだろう。


「あ、でもあれッスよね?」


 メンバーの一人が気づいた。


「勧誘から逃げるために、そもそも自分で新しいクランを作っちゃうって道もあるんじゃないッスか?」

「まぁ、それもあるだろうな。確かめようもないけど」

「今はクラン自体も、アップデートされて割と作りやすくなってますからね」

「イベントには疲れたけど隠居はしたくないプレイヤーも、サクッと作ってのんびりするってのも、最近は多いみたいッスわ」

「それも立派な逃げ道ってか」


 ほんの軽い雑談の話題に過ぎず、皆揃って他人事と見なし、自分たちには何の関係もない話として、楽しそうに笑い飛ばしていた。

 そう――約一名を除いては。


「やっぱり休憩は止めます」


 エミリアが勢いよく立ち上がり、宣言するように声を上げた。すると、メンバーの一人が目を丸くする。


「あれ? エミリアさん、また『走り』に行くんですか?」

「えぇ。もう少しだけ周回しようかと」

「あ、それじゃあ、俺も一緒に行きますよ」

「私もー♪」

「マスターがやる気マンマンってか? んじゃ、俺もちょっくら参加しよーっと♪」


 エミリアに続いて、他のメンバーも次々と立ち上がる。皆、マスターがイベントを全力で取り組むことが嬉しいのだ。

 流石はトッププレイヤーのエミリア。このクランに入って本当に良かったと。

 しかし――


(ゴメンなさい、皆さん……多分これが、私の『最後』のイベントになりますから)


 間違いなくエミリアは、メンバーとは違う方向の考えを抱いていた。


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