002 チュートリアルでのんびり
真っ暗な視界がぼんやりと明るくなる。中心部に淡い光とともに、三つの英単語で並べられた言葉が浮かんできた。
どうやら無事ゲームは起動されたらしい。
やがて俺は何もない空間に一人で放り出された。そして目の前には、一つのウィンドウが浮かび上がってくる。
≪プレイヤーの名前を入力してください。≫
そんな文字の下には、タッチパネル式キーボードみたいなものがあった。
なるほど。この仮想空間の中で、俺が実際に手を動かして入力したり選択したりして決めていくってことか。
試しに両手を動かしてみると滑らかに動いてくれる。現実世界と殆ど変わらない感覚に、改めて驚かずにはいられない。
おっといけね。早く名前を入力しなければ。
まぁでも――ゲームする時の名前は、もう既に決まっているんだけどな。
≪プレイヤー名:シン≫
俺は迷うことなく、そう入力した。本名である真の読み方を変えただけだが、俺は結構このハンドルネームを気に入っている。
二文字しかないから、文字数制限に引っかかることも殆どないし。
そして俺は、次の設定に移る。
どうやらキャラメイクなるものを行うらしい。
ここで決めたアバターでエタラフを行っていくのだから、しっかりと吟味する人は吟味するのだろう。
それにしても――ヘッドギアが正確に人物データを読み取っているのか、現実の俺と殆ど大差ないレベルで再現されているのは凄い。改めてVRMMOの凄さを垣間見たような気がする。
――まぁ俺は考えるのが面倒だから、割とそのままにしていくけどね。
というわけで、キャラメイクも難なく終了。ゲームの初期設定が終わりなのか、視界が真っ白になってゆく。
思わず目を閉じること数秒――気がついたら誰もいない町中にいた。
≪チュートリアルを行います。まずは歩いてみましょう!≫
なるほど、ここで操作のお試しってわけね。
とりあえず歩いてみたけど、これがまた本当に滑らか。実際にファンタジー世界の中を生きているような感覚であった。とてもゲームとは思えない。
ふむふむ。なにやら矢印が出ているな。
このとおりに進めということなのだろうけど、そのままでは面白くない。
――というわけで、少し自由に歩いてみることにしよう!
まずはざっと周囲を見渡してみる。どうやらここは町の中心広場のようだ。
大きな店らしき建物がいくつも並んでおり、十字架を飾った建物――恐らく教会の類であろうものもあった。
かと思いきや、こじんまりとした民家らしきものも多い。
遠くに城みたいなのはないから、王都というわけでもないのだろう。さしずめ冒険者が集う、大きめの町と言ったところだろうか。
始まりの町――なんともそれらしい感じだ。
――それにしても気になることがある。人が全然いないという点だ。
いや、正確にはいるのだが、本当に最小限って感じだ。店番している者、警備をしているらしい兵士の人。私服姿で街を歩く住人が数人ほど。あからさまに町の大きさに合っていない人数としか思えない。
ひとまず適当な人に話しかけてみるとしよう。
「あのー、ちょっとお尋ねしたいんですが……」
「やぁ、こんにちは。始まりの町『ファストタウン』へようこそ!」
「…………」
見事にお決まりの挨拶をしてきた件に対し、俺は思わず絶句してしまう。しかし次の瞬間、その通行人はにこやかな笑顔で口を開いた。
「これはチュートリアルなので、早く先に進むことをおススメしますよ」
「え、あ、そ、そうっスか」
そんなやり取りを終え、通行人はそのまま歩き去っていく。恐らくチュートリアル用に最初の町のデータを流用したんだろうと、俺はなんとなく想像した。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
とりあえず、他の人にも話しかけてはみたんだが――
「今来られても何もないからね。早いところ先へ進んでみるといいよ」
「チュートリアルを終わらせることが先決さ」
「まずは出ている矢印のとおりに進む。それが一番だね!」
通行人だろうが店員だろうが同じようなことしか言ってこない。これは話しかけるだけ時間の無駄だな。
となると、自分の足で歩き回る以外ないようだ。
≪矢印の方向へ歩いてみよう。≫
なんかまたアナウンス的なウィンドウが出てきたが、とりあえずスルーする。
ここは実際のゲームの町をモデルにしてる――ということは、裏路地とかも行けるのではなかろうか。
そう思った俺は早速行動する。ちょうど細い路地を見つけたので、そこへ入ってみようと歩を進めてみた。
すると――
「あ、ありゃ?」
思わず間抜けな声を出してしまった。特に障害物もないのに、何故かその先へ進めなかったのだ。
見えない壁でもあるのだろうか。しかしこんな何もなさそうな路地に、そんな手の込んだことをする必要があるとも思えない。
だとすれば、ただ単に行けないよう設定されているだけか。
≪矢印の方向へ行かないと、先へは進めないよー!≫
なんかまたウィンドウが出てきた。それもさっきとはなんか少し違う気もする。
まるで誰かに「早くしろ」と急かされているような感じだ。
≪こんなところでウロウロしていても、何も起きないんだからね!≫
なにゆえツンデレ口調を出すのか気になるところだが、まぁそこは百歩譲って置いておくとしよう。
しかし、明らかにアナウンスが変わってきたな。人間味が増してきた感じだ。
これはこれで面白いかもしれん。少し様子を見てみようかと、ちょっとした悪戯心みたいなものが芽生えてきてしまった。
――このままのんびりしていたら、メッセージ的にどうなるんだろうか?
そんなことを考えつつ、俺はゆっくりと歩き出す。
どうせ夏休み。時間はたっぷりとある。親父も帰ってこないだろうし、誰にも邪魔されることはないのだから、と。
というわけで俺は、チュートリアルに時間をたっぷりと使うことに決めた。
まぁ、それほど語れる内容もないんだけどな。チュートリアルだけあって行けるところは制限されているわけだし。
しいていうなら――アナウンスのメッセージくらいだろうか。
≪早く進んだほうがもっとゲームを楽しめるよ!≫
≪のんびりするなら、正式に進めてからのほうが絶対にお得だと思うなー?≫
≪あなたがー、先に進むのーをぉー、私たちは待ち焦がれているぅー♪≫
アナウンスが歌うようにして仕掛けてきたのを最後に、ぱたりと何も反応が起こらなくなってしまった。
ネタ切れなのか、それとも匙を投げられたのかは分からない。
もう少し待っていれば何か新しく起こるのではないかと思ったのだが、どれだけ時間を費やしても変わったことは何もない。
流石に進むことにしよう――俺はそう思った。
そうしたら、本当にすぐさまチュートリアルが終わってしまったのだった。
何せ町の施設を簡単に紹介して終わり。そのままフィールドに出て、魔物との戦闘訓練でもするのかと思ったが、それは後のお楽しみらしい。
――こんなことなら、さっさと進めても良かった気がする。
心からそう思いたくなるほど、色々な意味でどこまでもチュートリアルの域を出ていない。それが一番の感想であった。
「……あっ」
とある部分を見て、俺は思わず声に出してしまった。
自分のステータス画面をチェックしていたら、プレイ時間が一時間を軽く越えていたのだ。
つまり俺は、チュートリアルで一時間ものんびりしていたことになる。
ふむ――まぁ、別にいっか。
とりあえず後で彩音にこのことを話してみるとして、いい加減にゲーム本編を初めてみましょうかね。
≪いよいよゲームの始まりです。さぞ楽しいチュートリアルだったようで♪≫
そんなメッセージウィンドウに、俺は硬直する。なんかすっごい棘を感じてならなかったのだ。やけにリアルだなぁと思ったが、よくよく考えてみればあり得ない話でもないことに気づく。
これはオンラインゲーム。普通の家庭用ゲームとは違い、リアルタイムで運営が見守っている可能性は十分にあるだろうと。
そう考えれば、あのセリフのリアルさも納得できる。というより、そう考えたほうが自然だ。うーむ――だとしたら俺は、ゲームを初めて早々に、ちょっとばかしやらかしちゃったのかもしれないな。
「――ま、いっか」
思い返したところで後の祭り――そう割り切ることにした俺は、声に出してそう呟くのだった。
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