第61話 対話

「よお」


「また来たの……」


 アケミの協力を得たので、再び知美に会いに来た。


「また、私を笑い者にしに来たのね。何回も、何回も……。ひどい人」


 今にも泣きそうな声で膝を抱え込む知美を見て、なんだかおかしくなってくる。

 一人で居たいのなら、いかにもふさぎ込んでいますと言わんばかりのポーズをとる意味が無い。

 一人寂しい自分に酔っているのか、ただの構ってちゃんなのか。こいつの場合は両方か。


「ひどいのはどっちだ。ちょっと近くに寄ったら問答無用で吹き飛ばしやがって。しかも大嫌いだなんて捨て台詞付きで」


 何気なく吐いただろう知美の言葉に心を乱されたことを思い出すと、また腹が立ってきた。絶対に謝らせる。


「全部あなたが悪いのよ。私がちょっと声を掛けただけでげらげら笑って、話にもならない。そんな人、大嫌いよ……」


 また言ったな。この野郎。


「確かに人に笑われるのはなかなかにくるものがあるな」


 首だけになって身動きが取れないところを、村人たちに囲まれて晒しものにされたのを思い出す。

 全く身に覚えのない罪を私に被せて、その言い分を聞き入れようともせず鬱憤を晴らす村人たち。

 私にレッテルを貼って、それしか見ようとしないあいつらに腹が立つものの、身動きが取れず何もできなくて、歯痒い思いをした。


「あなたに何が分かるのよ……」


 責めるような知美の口調に、村人と同じものを感じて余計に腹が立ってくる。


「ふん」


「何よ!何がおかしいのよ!」


「いや、お前もあいつらと変わらないと思ってな」


 相手のことをしっかりと見もせずに、思い込みだけで態度を決める。やっていることは村人たちも知美も同じだ。

 知美の場合は、自分の望まない態度をこちらに強要して来るという点ではなおさら質が悪いが。


「お前も、お前のことを笑っている奴もやっていることは同じだ。相手の思っていることを自分の良いように勝手に解釈して、排斥する。そう思ったら滑稽に思えてな。くくく……」


 知美のことを嘲るように笑っても、笑いに支配されることはない。アケミが知美の影響を抑えてくれているのだと安心する。


「全然違う! 私は、あんたたちとは全然違う! あんたたちは、こっちが歩み寄ろうと話しかけると、げらげら笑ってたじゃない! それは勝手な解釈なんかじゃない!!」


 知美が顔を赤くして反論して来る。

 知美の言う通り、私が、ひいてはこの世界の住民が知美の前で笑ってしまったことは事実だ。それが知美の押し付けであったとしても、事実は変わらない。


「いいや、そんなことはない。お前が勝手に笑われていると思い込んでいただけだ」


 だが、それは知美の目を外へ向けるためには不都合な事実だ。

 知美が私に寄りかかってくれるのは悪い気はしないが、気疲れする。アケミの望み通り、知美の負荷を私以外にも分散させたい。

 だから、知美が他の人に笑われていたという事実を、知美の思いこみに変換させる。


「なによ!! また、訳わかんないこと言って、私を笑いものにしようとしてるんでしょ!!」


 知美が地面をダンと叩きながら、喚き散らす。だが、急にしゅんとなって、俯きながらぼやきだす。


「……みんな、いっつもそう。親切を装って近づいてくるけど、裏にあるのは目が見えない私に対する優越感。私のことが可哀そうって。……自分はこんなんじゃなくってよかったって。私に話しかけてくるのは下らない優越感に浸るため。そうやって、陰で私のことを笑っているのよ……」


 知美の言葉に反射的に鼻で笑ってしまいそうになったのを、意志の力で押さえつける。

 この世界で知美に近づこうとすると笑いが止まらなくなったのは、自分に近づいてくるのは障害を持つ自分を哀れんで、優越感に浸るためだと知美が思い込んでいたから。

 実際にそんな奴もいたのだろう。周りの目を気にする紗枝なんかは、そういった部分が大きかったのではないだろうか。今はどうなのかはわからないが。


「それがお前の思い込みだって言ってるんだよ」


 だが、近づいてくる者たちにそんなふうに疑心暗鬼になってしまうのは知美にとって枷になるだけだ。


「違う!!」


 むきになって即座に否定する知美が、なんだか必死に虚勢を張っているようで可愛く思えてくる。そんな知美に歩み寄る。


「ふん。違わないさ」


「っ!?」


 なおも否定をしようしたのか、口を開こうとした知美の前にかがみこんで、その手を取る。

 突然の出来事に知美がびくりと体を震わせる。

 そんな様子が微笑ましく思えてくるが、声に出さないよう、必死にこらえる。


「私が誰だか確かめてみろ」

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