第37話 人がゴミのようだ
キャプテンムクダが号令をかけると、船がゴゴゴと重低音を響かせ、リフトがせり上がっていく。
「周りの目を忍ぶためにこんな真っ暗な時に出たんだろ!大丈夫なのか!?」
音に負けないように大声で教官に問いかける。
「問題ない!」
キャプテンムクダの隣に立つ教官が叫び返す。
「この音は演出だ!周りには車が横切ったくらいの音しか発していない!」
「音が大丈夫でも、この巨体は闇でも隠し切れないだろ!」
「大丈夫だ!さっきの田中の能力を見ただろ!あいつが隠してくれる!」
田中のことを語る教官の声はいつもの薄っぺらさが無い。
確信に満ちた、それでいてどこか誇るような声。
(信用してるんだね。田中さんのこと)
確かに。伝説と呼ばれるほどの活躍をした部隊だ。それに見合う死線を潜り抜けてきたに違いない。
だからこそ隊の絆は強いし、隊員の死は大きな影を落としたのだろう。
しかし、このうるさい音がただの演出か。意味あるのか?
(多分、私にとっての納刀と一緒)
どういうことだ。
(私は納刀と抜刀に能力のタイミングを合わせると精度よく周りを探知することができる。あの人……キャプテンムクダにとっても多分同じ。このエンジンみたいな重低音は能力発動のイメージを助ける重要なファクター……だと思う)
なるほど。納刀と抜刀を能力のキーとしている知美だからこそ分かることだ。
正直言ってキャプテンムクダの能力は規格外だ。
50m級の空飛ぶ船。しかも、木造ではない。金属でできているとても重い船だ。
それをたった一人で操っているのだ。
能力発動のイメージはとんでもなく緻密に行われているのだろう。
そういわれると、キャプテンムクダの立ち居振る舞いも納得できる。
キャプテンムクダにとっての船長像を演じることは、規格外の能力を使うためのイメージを作り上げるための代償の一つだろう。
(あれ、演じているのかな?)
どういうことだ。
(ただ、自分の趣味で楽しんでやってるだけじゃないかな)
……そういわれるとそんな気もしてくる。
だが、それを楽しんでやれるからこそ授かった超ど級の能力という風にも考えられる。
(……深いね)
どうでも良さそうに知美が言う。
正直言って私もどうでもいい。
だけど、キャプテンムクダ……その生き様はかっこいい。
(かっこいい)
「離陸シーケンス、最終フェーズへ移行!総員、対ショック態勢!」
対ショック態勢ってなんだ?
(わかんない。でも衝撃に備えてくっついとこ)
ここぞとばかりに知美が私の腕に抱きついてくる。
この一週間の条件反射で知美の肩を抱く。
「は、はわわわわわ」
知美の方を向くと、その肩越しにこちらを凝視する紗枝が目につく。
見世物じゃないぞ、と顎をしゃくると、ぶんぶんと頷いて、親指を立ててくる。
伝わってるのか?
(いいじゃない。見せつけてあげよ)
知美が紗枝の方を向いてピースサインをする。
「ワンマンモード起動!メインエンジン点火!」
いつの間にかリフトが上昇しきっていたらしい。シャッターの向こう側に綺麗な夜空が見える。
「ブースト!!!!」
「っつ!!」
キャプテンムクダの掛け声とともにリリパット号が急発進し、シートに体を押し付けられる。
その衝撃で無意識に知美に回した腕に力を籠めると、強い安心感が流れ込んでくる。
「ひぃぃぃ!!!」
紗枝はこちらを窺うために身を乗り出していたので、シートに強く押し付けられていた。
その様を隊長が微笑まし気に見ている。
「わぁぁぁ!」
葉月が歓声を上げたので前を見る。
「これは……すごいな」
船は空に浮かび上がっていた。
モニターには星空が一面に広がり、下の方を見るとアーコロジー周辺の明かりが見える。
その明かりは赤や黄色と色とりどりで、まるで花が咲いているようだ。
こちらを圧し潰すような威容を放っていたアーコロジーの黒い壁もちっぽけなものに見える。
「ほう……ハッハッ!見ろ!!人がゴミのようだ!!」
突然キャプテンムクダが笑い声をあげたが、その感想はよくわからない。
そもそも小さすぎて人が見えない。
いや、見えないほど小さいからごみのようだ、なのか?
(どうでもいいよ。そんなこと。……でもほんとに綺麗なんだね。美里ちゃんの感動がこっちまで伝わって来た。……ちょっと涙でそう)
そこまでか。
「よし!安定したな。半速前進ヨーソロー!!」
「半速前進ヨーソロー!!」
キャプテンムクダが号令をかけると、教官が野太い声で復唱する。
……あいつあんな声出るんだな。
(初めて聞いた。……意外)
「船長の命令は復唱しろ!!もう一回行くぞ!!」
キャプテンムクダの怒声が響き、自然と背筋が正される。
「半速前進ヨーソロー!!」
「「「半速前進ヨーソロー!!!!」」」
キャプテンムクダのどっしりした声にあてられて、こちらまで力強い声が出る。
ほかの奴らも同じらしく、艦橋に頼もしい号令が響き渡る。
(私、こんな声出せたんだ……)
「…よし!」
キャプテンムクダが満足げに頷く。
それだけでこちらが褒められたような、なんだかむず痒い気分になってしまう。
(こんなに私たちを感化するなんて……。キャプテンムクダ……恐ろしい人…!)
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