第三章 ひとりぼっちの世界

第28話 普通の学生生活

 起きているような、眠っているような微妙な感覚。


 頭が朦朧とする。


 夏の盛りは過ぎたものの日中はまだ暑い。しかし、朝方は少し冷え込む。


 布団の中の温もりが恋しくて、まだ動きたくない。


「んぅ……」


 寝返りを打つと柔らかい感触。優しい温かさを持つそれを胸元に抱え込む。


(美里ちゃんったら、朝から大胆……。けど、とくんとくんっていってる心臓の音がすごく落ち着く……)


 瞬間。覚醒する。


「おまっ、あああぁぁ……」


 がばっと勢いよく起き上がり、天井に頭をぶつける。


 いてぇ。寝起きの衝撃に頭を抱えて悶える。


(つぅ……)


 痛みをこらえて薄目を開けると、ベッドに潜り込んでいた犯人、飯田が体を丸めて頭を抱えていた。


 腹立たしくはあるが、こうして痛みを与えられたから少しだけ胸がすく。


 いや、こちらも痛いし、そもそも痛みの原因はこいつなのだが。


(うぅ……。ひどい。そんな反応されると傷つく……)


「えっ、なに。今、すごい音した……」


 二段ベッドの下から同居人が顔を出す。


 ああ、くそ。朝から面倒臭い……。


 ……。


「それで、どういうことなんですか」


 同居人が『私、怒ってます!』と言わんばかりの声と表情で、詰め寄ってくる。


 腕を組んで仁王立ちするその姿は、活発そうな切れ長の瞳も合わさって迫力満点だ。寝起きでぼさぼさの髪がメデューサみたいで、いい雰囲気を出している。


 あの後、同居人は私と飯田の事情を聞こうともせず、有無を言わせず床に正座させた。


 元々こいつは朝が弱い。そこを騒々しく起こされて気が立っているということか。


(え、あの。この子、こんなに怖い子なの?)


 飯田の声が頭の中に直接響く。


 犬の襲撃から2日後。


 不意に発動してしまった私の能力はまだ飯田とつながったままだ。


 その能力は自分と他人の頭の中を繋げること。お互いの考えていることや痛みといった感覚が、全て相手に筒抜けになる。


 プライバシーの欠片もない最悪の能力だ。


(そんなこと無い。私はずっと傍にいてくれる気がして嬉しい)


 能力に名前を付けるとしたら、ブレインシェアとでもいったところか。


(……ちょっとダサい)


 私もそう思う。


 テレパシーやテレパスと呼ぶのはなんとなくしっくりこない。私の能力は双方向だし、コントロールすることもできないからだ。


(そういうところも可愛い)


「ちょっと!!さっきから黙りこくって、ちゃんと私の話聞いてるの!?」


 とりとめのないことを考えている内も、同居人はがみがみと何か言っていたらしい。


 朝からご苦労なことだ。


(その扱いは流石に可哀そう……)


 あんたも大概だぞ。


「ねえ!聞いてるの!?」


 同居人が肩を怒らせてのしのしと近寄ってくる。


 いい加減答えてやらないとまずい。同居人は無理やり起こされて、挙句に説教を無視されてもはや爆発寸前といった有様だ。


「ああ、聞いてる。聞いてるよ」


 誰だ。こんなになるまで放っておいた奴は。


(……。美里ちゃんでは)


 お前も共犯だ。


(美里ちゃんと、一緒……)


 自分のものでは無い恥ずかしいような、むず痒いような感覚が押し寄せてくる。


「っ!?」


 顔を直視できなくなる程の羞恥に、思わず顔を背けてしまう。


「あああああ!!!もう!!やっぱり聞いてないでしょ!!!」


 ……同居人が爆発した。

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