第29話 登校中
朝からひどい目にあった。
同居人の説教は二時間ぶっ通しで続いた。途中から片づけをしないだとか別のことに飛び火したりもしたが、ずっと正座させられた。
(時々後ろに回ってきて、足の裏をつついてくるのがきつかった……)
足がしびれて感覚が無くなってきそうというところで刺激して来るから質が悪い。飯田の感覚もこちらに流れてくるから二倍で辛かった。
(同じ辛さを共有……。それはもう結婚では?)
それは無い。
(うぅ……。いけず)
始業時間が近くなって、飯田は着替えもしなければならないということで解放された。
飯田はいったん部屋に戻り、私は学園に向かっている。足が痺れたせいでまともに歩けるようになるまで十分かかった。感覚が戻り始めた時の、血の通いだしたチクチク感が不快でたまらなかった。
ただ、同居人が予定があるのに遅れそうだと非難してきたのは腑に落ちない。
(……話を聞いてなかった美里ちゃんが悪いのでは?)
それだとお前も同罪だし、勝手に部屋に侵入してベッドに入り込んできたお前がそもそもの元凶だ。
(うっ……。反省してます…)
どんよりした感情が流れ込んでくる。
なんだかんだ言って後輩に説教されたのは堪えたらしい。ちなみに飯田は同居人に無許可で部屋の出入りができなくなった。それを破ったら出禁だ。
(でも、良い人だったね。その…同居人ちゃん)
この流れでどうしてそうなる。
(私に遠慮がなかった。私が目が見えないことについて、哀れみだとかそんなのを感じなかった)
そういうことか。飯田はかつて魔物に襲われたときに光を失った。あいつをパッと見て目につくのは目を覆うようにぐるぐる巻きにされた包帯だろう。
目が見えなくとも、飯田の能力で周囲を把握しているため不便することは無い。
だが、周囲はそうは見ない。
持っていて当たり前のものが無い可哀そうな人。
そうやって特別扱いされることに嫌気がさし、飯田は心を閉ざした。
(けど、いまは違う。美里ちゃんがいるから)
見悶えしそうになるほど強烈な愛おしさが流れ込んでくる。
やめろ。
(…仕方ないじゃない。抑えられるものじゃないんだから)
むくれたような口調で言葉が脳内に響く。
一昨日の戦闘中に私の能力が飯田に対して発動してしまった。脳内を無理やり繋げられた飯田は歓喜した。
自分にとって唯一の理解者ができたのだと。
そして私に全力で寄りかかってきた。
こうして依存されることは鬱陶しくもあるが、妙な心地良さもある。それが退学を決意していた私をこの学園に引き留めた。
(えへへ……。美里ちゃんもやっぱり嬉しいんだね)
「うぉ…」
立っていられないほど強烈な感情が流れ込んできて、その場にうずくまる。
無理やり言語化するのならば、受け入れられていることがどうしようもなく嬉しいといったところか。
ぼんやり一昨日のことを振り返っていただけでこれだ。
本当に、最悪の能力だ。
(私は好きだけどな…)
もじもじするのを辞めろ。こっちにまで流れてきて迷惑だ。
くそ。顔が熱くなってきた。
(ふふ。可愛い)
「あ、あの……、大丈夫ですか?」
飯田に言い返そうとしたとき、おずおずと声を掛けられる。
突然しゃがみこんだ私を心配してというところだろう。ただ、そんなに怯えたような声をだすなら無理に声をかけることもないと思うが。
(それはそれで罪悪感が残っちゃうから…)
「あぁ?」
飯田の対応が面倒になってきたのが声にでてしまい、かなりぶっきらぼうに返してしまう。
目線を上げると、そこには眉を下げて心配そうにしている紗枝がいた。
「っ!?」
こちらの返事を聞いた紗枝は目を大きく見開き、口をわなわなとさせる。
「す、すみませんでしたーーーー!!」
やがて、大声を出して立ち去って行った。
(……紗枝ちゃん可哀そう)
確かに悪いことをした。
一昨日入隊したばかりだが、同じ隊のよしみということで勇気を出して声をかけたのだろう。
まともな会話にならない飯田への苛立ちを紗枝にぶつけてしまった。
(分かってるならいいけど……)
釈然としない気分が流れ込んでくる。
そういうわけでフォローしといてくれ。元はといえばお前が原因なんだから。
(……だめ)
どうして。
(紗枝ちゃんが周りに人がいるのに、勇気を出して声をかけたことは分かってるんでしょ。その勇気に報いなきゃだめ)
こちらに向けるものとは違った、包み込むような温かさが流れ込んでくる。
いろいろとぶっ飛んだ奴という印象がついてしまったが、なんだかんだいってこいつは仲間想いの良い奴なのだ。
わかったよ。ただお前もついてこい。
(うん。一緒)
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