第22話 アンブッシュ
飛び出した直後、上昇が止まり一瞬静止する。ざっと見渡すと、犬たちが私と反対側を見ていた。
そこにあるのは犬の生首。飯田が投げ入れたのだろう。
落下が始まると同時に犬たちがけたたましく吠えだす。だが、その一瞬の動揺で十分だったのだろう。目の片隅で一匹の犬目掛けて飯田が抜刀するのを捉える。
その結果を見届けることなく、自分の獲物に集中する。
負傷していた犬がこちらに気付いたのだろう。こちらを向いて吠える。その声は少しかすれていて痛々しい。
だが、それを受けて私の獲物である小柄な犬が私に気づく。飯田の方へステップしていた体を空中でひねらせてこちらを向こうとする。
飯田はほかの犬に任せ、向き直って体勢を整えようとしてるのだろう。
しかし、それを許すわけにはいかない。落下のさなか壁を蹴って、一気に距離を詰める。
彼我の距離は一メートル。
獲物と目が合う。
昼間とは逆の立場だ。今度はこちらが不意を突いてやった。
しかし、僅かに届かない。
昼間とは違いこちらの実力が相手にばれてしまっている。昼間はこちらを侮っていたのだろう。最初は一瞬でけりをつけようと喉を狙ってきた。
その体の小柄さ故に跳躍せざるを得ず、動きに無駄が多かった。
だが、今度はそうはいかない。決着を焦らず、手足を狙ってくるだろう。
あいつの足が地面についてしまったら、その機動力を活かしてこちらの足を潰しに来る。できれば自由に身動きのとることのできない空中でけりを付けたい。
小柄なくせに肉の垂れた顔がこちらをあざ笑っているかのように感じられる。
直接攻撃できないことを悟って、左手の中指で制服の袖からのぞく留め金を外し、そのまま振り下ろす。すると、袖に仕込んだ寸鉄が飛んでいく。
犬は至近距離から飛んできた寸鉄に面食らったのだろう。しかし、流石の身軽さで宙返りをするように体をのけぞらせることでそれを避ける。
地面への着地は同時だったが、奴は体勢を整えきれず、体をよろめかせる。
その隙に一息で距離を無くし、首筋に向かってナイフを振り下ろす。やけに遅く感じる時間の中、奴は驚いたように目を見開く。顔に垂れた肉が少しだけリフトアップしてどこか滑稽だ。
よろけを体を少し沈ませることで吸収し、後ろ足に力が籠められる。こちら側に飛び込んで逃れようとしているのだろう。
だが遅い。奴の足が地面を離れたタイミングでナイフが届く。
ナイフを上から叩きつけられた勢いで首が沈み、頭と体が跳ね上がる。それでも勢いは殺されず、一瞬で胴体と頭が切り離される。
コトンと頭が落ちて、一拍置いてから体が崩れ落ちる。
手首をスナップさせてナイフについた血を払い落としつつ、大きく息を吸う。
短い時間だったが、ひやひやさせられる戦いだった。無意識のうちに息を止めていたらしく、新鮮な空気を取り込んで頭に血が巡るのを感じる。
周りをうかがうと、飯田は大柄な一匹と通常サイズの犬を一匹ずつ仕留めて、もう一匹いる大柄な犬と対峙している。
体に似合わない俊敏な動きで飯田の攻撃を避けているが、飯田の方も相手の動きをとらえ始めている。ほっといても問題ないだろう。
残り一匹の護衛の犬は、小柄な犬を仕留めてから2秒後くらいにこちらに向かって駆けてきた。
何のひねりもなく正面から飛びついてきたので、斜め前にステップしながらすれ違いざまに首を落とす。
普通の犬は一匹だけでは大した相手ではない。兎との違いは、滞空している間も体をひねって対応してくるくらいだ。
仕留めてすぐに飯田の援護に向かう。大柄な犬の背後へ駆け寄ると、こちらの気配に気づいたのか耳をわずかに動かし、首を少しだけ傾ける。
敵が迫っていることは認識し、反射的に確認しようとしたが、飯田の前でそんな隙は見せられないと、意志の力で反射を押さえつけたといったところか。
だが、一瞬飯田から意識を逸らしてしまった。
そこを見逃すような相手ではない。
飯田は前に大きく一歩踏み込んで、その勢いのまま抜刀する。
犬は無理矢理よけようとして横へ飛びのくが間に合わない。左前脚が斬り飛ばされた。
首を斬り飛ばす軌跡だったから、その一撃で終わらなかっただけ大したものだろう。
着地して踏ん張りがきかず、体を沈ませているところで私が追い付いて首を切り落とす。
筋肉隆々で少し硬かったが、魔力を通したナイフのおかげですんなりと刃が通る。
終わってみれば、奇襲をかけてから三十秒足らずで全て終わってしまった。
「他に見張りは」
周りの建物で見張っている犬がいるはずだ。すぐにやってくるだろう。
「…いない。全部仕留めた」
「まじか。さすがだな」
襲撃前の待ち時間が妙に長いと思っていたが、見張りをすべて仕留めてきてくれたらしい。
索敵能力の便利さに感心する。飯田の素の戦闘力があってこその物ではあるが。
「あっさり終わっちまったな」
「…そうね」
逃走するシナリオまで考えていただけに拍子抜けだ。
「余裕もあるし、全員始末してから戻るか」
飯田はこくりと頷く。残りの犬は自力で立つことも難しい、戦力外の者たちだ。
だが、もう半日もあれば傷を治して戦線に復帰してくるだろう。今のうちに全員処分しておこう。
横たわっている犬たちの様子は様々だ。牙を剥いて唸っているものから、毛を逆立てて身を震わせているもの、恐怖のあまり失禁しているものまでいる。
野生に生きてきた奴らだ。こちらが見逃すはずがないということを分かっているのだろう。
「よいしょっと」
一匹ずつナイフで胴体と頭を切り離していく。
ナイフは刃渡りが短いから、屈まなくてはいけなくて大変だ。思わぬ反撃を食らわないよう、片足で胴体を押さえながら作業をしているので本当に疲れる。
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