第10話 川中島転封の内命を覆し三代・信義を引き取る
だが、やれやれと安堵したのもつかの間、大御所の逝去を待っていたかのように、二代将軍・秀忠は豊臣遺臣の大名潰しに乗り出し、まず真っ先に福島家が狙われた。
遺言により大御所徳川家康が日光東照宮に東照大権現として祀られてから二年後の元和五年(一六一九)初夏、とつぜん津軽藩に川中島十万石転封の内命が下された。
まさに寝耳に水の転封命令に、信枚も満天姫も腰が抜けるほど驚愕したが、もっと驚いたのは、空いた津軽には安芸備後の福島正則が代わって移封するとの話だった。
福島正則にすれば広島五十万石から五万石足らずの陸奥の小藩への格下げである。
一方の津軽にすれば、表向きは五万石でも、実質的には倍の十万石の領地である。
第一、歴代の父祖が苦労に苦労を重ね、隣接する南部藩との攻防を堪えず繰り広げながら文字どおり血と汗で守って来た入魂の津軽藩である、だれがおめおめと……。
*
満天姫は大飢饉時と同じく、こたびも自分の出番であることを痛いほど自覚した。
信枚に相談のうえ、数人の供のみで地味な輿に乗り、ひそかに江戸城へ出向いた。
百八十里の道中で、満天姫は策を練った。
将を射んとする者はまず馬を射よと申す。
いかな大御所の養女といえども、いきなり将軍には謁見できまい。
なれば女子同士、御台所・於江与ノ方さまにお縋りする方がいい。
案の定、娘時代から親しんでいる御台所は、懐かしげな笑顔で迎えてくださった。
先方でも遠路はるばるやって来た目的を承知していたが、当然、簡単にはゆかぬ。
ああ言われたらこう返そう、ああ問われたらこう答えようとシミュレーションして来たことが役立ち、何度かの会談のたびに事態は好転し、ついに将軍の許可が出た。
――お国替えの件、沙汰止み。(*´▽`*)
早飛脚の報告を聞いた信枚は、はるか東方の満天姫に向かって深く頭を下げた。
のちにそう聞いた満天姫は、ようやく自分も高岡城の一員になれたと安堵した。
*
ときを前後して、信枚から重大な頼まれごとがあった。
まずは大館御前に男子が誕生したと照れくさげな報告。
しかるうえで、自分の後継と決めている三代目・信義の母になって欲しいという。
悔しくても、信枚とのあいだに実子が授からない満天姫に否の返答は許されない。
上野大館から赤子を引き取って四年後、生来、華奢だった大館御前が亡くなった。
長年の恩愛を越え、満天姫さまにどうかわが子を……願いつづけての最期だった。
そして、寛永元年(一六二四)七月、信濃国川中島の配所で、福島正則が没した。
養嗣子・正之を惨殺してまで承継させた実子を亡くし、さびしい最期だったという。
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