第6話 側室・曽野御前の存在と一子・直秀の身上



 満天姫に相当な敵愾心を抱いているらしい松前の予告は、間もなく現実となった。

 うっとうしい城内の気から逃れるために庭の散歩を好む満天姫の前にあざやかに。


 岩木山を背景に、とてつもなく美しいものがあると思ったら、華奢な女人だった。

 遠くでお辞儀をし、それ以上近づいて来ぬ気配に訝しんでいると松前の声がした。


「ほほ、ご側室の曽野御前さまでいらっしゃいます。お綺麗な方でございましょう」

 そ、側室ですって?! 満天姫はいきなり背中をどんと押されたような気がした。


 先夫の福島正之は側室をもたなかった、少なくとも満天姫の知る限りにおいては。

 大名の多くが後継の誕生を理由に何人もの側室をもっていることは承知している。


 だが、まさかわが夫・信枚までがとは思っていなかった、小姓・本橋専太郎の一件があったのに甘いといえばこれ以上甘いことはなかったが、希望的観測として……。


 へなへなとくずおれそうな身体を綾小路に支えられる満天姫の目の端を、やや大柄な自分とは対照的に小柄で華奢で、細く整ったさびしげな顔立ちが、すっと過ぎる。


 抵抗などもってのほか何事も男子に従わねばならない女子は、世間はどうあれ自分の場合はちがうと考えがちだが、信枚もふつうに好色な凡庸な男子だったのだ。(;_:)



      *



 地底に引きずりこまれそうな絶望感は、時間をかけてゆっくり受け入れに変わり、やがて諦めへと変わり、余分な期待をもたないという人生訓を満天姫にもたらせた。


 ――曽野御前。


 こともあろうに、天下分け目の関ヶ原合戦の家康の宿敵・石田三成の娘だという。

 三成が処刑されたあと臣下の手で逃げのび、遠く陸奥で津軽信枚の愛妾になった。


 満天姫より三つ、四つほど年下であろうか、儚げな面影が、遠目にも麗しかった。

 わが殿は……信枚は、数奇な運命ともども、あの側室を愛さずにいられないのだ。


 その情けが徳川家を後ろ盾にする自分に向けられることは、この先もないだろう。

 美童の小姓・本橋専太郎すら、おりおりの無聊を慰める愛玩道具に過ぎぬだろう。


 そう思えば、生まれ持って薄幸という媚薬を持った曽屋御前にはたれも適わない。

 われながら底意地のわるい定義づけで、やり場のなさをやり過ごすしかなかった。



      *



 満天姫には、もっと深刻な悩みがあった。

 江戸から伴った息子・直秀のことである。


 どうも信枚との仲がうまくないらしいとは思っていたが、図らずも義理の両方から言われたのだ「直秀はわしに懐いてくれぬ」「義父上はおれを邪魔者扱いする」と。


 なさぬ仲の父と子が簡単に馴染み合えるとは思わぬものの、あの妙に冷え冷えしたよそよそしさがいつ憎悪に変わらぬものでもないと思うと、枕を高くして眠れない。


 どうやら信枚は、目障りな直秀を、縁戚筋に養子に出したいと考えているらしく、津軽に居場所を見つけられずにいる直秀は実父・福島家の後継を夢見ているらしい。


 義理の父子の気持ちがここまですれ違ってしまうと、なにより平穏無事を望む妻であり母である満天姫は、何事も起こらないよう神仏に縋る日々を送らねばならない。

 


      *



 最奥に与えられた居室から庭を眺めながら満天姫は考える。

 自分ほど不幸な女はいないと思いがちだが、それはちがう。


 絶世の美女として知られるお市の方と、淀、はつ、江の三姉妹をはじめ、この動乱の世に生まれた女人はたれもが、ひとつやふたつではない不幸の餌食になっている。


 たしかに自分は幸福ではないが、あの方よりはずっとましと思う気持ちは卑しい。

 だが、比べることで少しでも救われ、生きる意欲が湧くのならそれもよいのでは。




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