第24話 3人
真依が心配で定時後に脇目も振らずにまっすぐに家に帰ると、真依と佳澄が仲良くキッチンで夕食の準備をしていた。
そこはワタシの位置なんだけど、と言いたい。
「お帰りなさい」
真依の「お帰りなさい」は久々で、引き寄せて「ただいま」の挨拶をする。
「葵、朝怒られたこと覚えてないの?」
「そんなことあったっけ? いいじゃない愛情表現の一環ってことで」
「よくない……」
頬を膨らませる真依が可愛くて、もう一度ほっぺたにもキスをしてからワタシは寝室に着替えに入った。
すみません、と真依が佳澄に謝る声が聞こえてきたけど、真依が謝る必要なんてないのに。
3人で夕食を食べて、3人という立ち位置にちょっとだけ懐かしさを感じる。
柚羽が座っていた場所に佳澄が座っている。
夕食後は佳澄がこれからのことを決めたというので、佳澄の話を聞く。
昨日の佳澄の様子から薄々そうなるんじゃないかと思っていたけど、思ったよりも佳澄の決断は早かった。
ワタシは真依に振られたら地の底で這い蹲ったまま立ち直れないだろうけど、好きだった人でも一緒にいたくなくなるはよくある話だ。離れることが佳澄にとって有用なら反対する気はなかった。
「後で後悔はしない?」
「どうなんだろう。ゼロじゃないだろうけど、それって全部が終わって、過去のことを俯瞰できるようになってから思うくらいじゃないかな。離婚して、向こうが再婚して、もし子供ができたりすれば悔しくなるかもしれない。でもそれ以上に今を続けられないのは事実だから、割り切ろうって思ってる」
「そっか……」
「でも、葵に再会してなかったら、こういう思い切りもできなかったと思ってるからありがとう」
「…………それ、おまえのせいで離婚するって言ってない?」
「そうかもね」
佳澄に無理をしないでと言い続けてきたのはワタシだったけど、離婚までは想定もしていなかった。ただ、そのことがきっかけで、近視眼的になっていた佳澄の中でも考えが変わった部分があるのかもしれない。
でも、これからのことを決めたという佳澄の表情は晴れ晴れしているように見えて、佳澄なら一人になっても大丈夫だろうとも思えた。
そのまま佳澄が一人暮らしをする部屋を探すというので、ノートパソコンを開いて3人でどの駅がいいか、物件のチェックに入る。
真依と佳澄は2人で残して仕事に行っても大丈夫かと懸念はしていたけど、今日一日で以前からの友人だったんじゃないかと思うくらいに仲が良くなっている。
真依は元々人当たりは良い方だし、ワタシが絡まないことで打ち解けたと思うとやや複雑なところはある。
ほら、真依を取られたくない的な。
「葵と真依さんは一人暮らししたことないの?」
「ワタシは真依と一緒に暮らすまで実家暮らし。真依は一人暮らししていたけど、両親が田舎に帰った後に実家で一人暮らししていたから1Rじゃなかったよ」
「そっか〜 わたしも結婚するまで実家だったんだよね」
「柚羽が前に住んでいた場所は家賃も安くて、そんなに治安も悪くないって言ってたから、あのあたりは?」
真依がそう提案してくる。柚羽が以前住んでいた場所は、駅も近くて、周囲に店舗もそれなりにあってそんなに不便な場所じゃなかった。
「あの部屋を探す時ははワタシも付き合ったけど、色々あって便利そうだったよ。通えない距離じゃないし、候補にするにはいいかもね」
「物件探し付き合ったことあるんだ、葵。じゃあ明日一緒に行かない?」
「真依の許可が出たらいいけど……」
「いいんじゃない」
反対すると見込んでの言葉だったのに、真依はあっさりOKする。
「真依も一緒に?」
「私はいいかな。そんなにぞろぞろついて行くものじゃないでしょ。掃除もしたいし、佳澄さんと葵で行ってきて」
佳澄は今日一日で真依の信頼をすっかり勝ち取っているように見える。
でも、物件探しって自分のじゃなければ、体力を使うだけなんだけど……
「じゃあ、真依さんの許可も出たし、よろしく、葵。でも、柚羽って葵の妹だったよね?」
その問いに答えたのは真依だった。
「そうです。柚羽と私は同じ会社の同期なんです」
「妹の友達に手を出したんだ葵〜」
にやにやする佳澄は何か言いたそうだった。
実際はもっとどろどろになっていたけど、流石にそれを言う気はない。
「事実でしょ?」
真依に念押しされて、そうです、とワタシは頷くしかなかった。
土曜日と日曜日も使って物件を当たって、なんとか佳澄の家は決まった。
柚羽が以前住んでいた駅には結局ならなかったけど、希望する条件に填まった物件だった。ワタシが真依と一緒に過ごす家を探す時はもっと時間が掛かったので、佳澄はそういう運はあるのかもしれない。
契約手続きが順調に行けば、佳澄は来週には引っ越しをすることになった。
佳澄の滞在中、真依と佳澄は安心して見ていられる関係性を築けたのはよかったものの、ワタシは真依に最小限しか触れられないストレスが溜まってきている。
だって、なんだかんだ2週間近くご無沙汰している。
ちょっとくらい許してもらえないかな、と仕掛けてみたけど、佳澄がいる内は駄目と睨まれて引き下がった。
真依はこういうことには厳しいので、ここで機嫌を拗ねたらまた引きこもってしまいかねない。
ワタシが播いた種だし、今は大人しくするしかなかった。
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