第23話 girlfriend and ex-girlfriend talk 2

※この話は引き続き真依の一人称になっています。



「これからどうします? 出て行けってわけじゃないですからね。佳澄さんは家に戻る気がありますか?」


見た目には佳澄さんは無駄話をするくらいには落ち着いてきている。でも、肝心の問題をどうしたいのかは整理ができているのか、いないのかはそれだけでは判断できずに質問を投げてみる。


「それはない。でも、落ち着ける場所をできるだけ早くに探すつもりだから安心して。ここは葵と真依さんの家でしょう?」


佳澄さんの答は思っていた以上に迷いなく聞こえた。


「戻る気が全くないってことですか?」


「心って折れ曲がったくらいなら戻るけど、折れちゃったんだよね。これだけは許せないって言葉を向こうに言われて、張り詰めていた糸が全部切れた感じって言えばいいかな。もう何もかもがどうでもよくなっちゃった」


「……それなら難しいですね」


私と葵は何度か折れ曲がることくらいはあったけど、折れる一歩手前で踏みとどまれたから今がある。でも、心が折れてしまったら戻すことは難しいだろう。


そして佳澄さんはもう自分の心が折れたことに気づいているから迷いがない。


「幸い子供もいないし、資産もないし、そんなに拗れることはないだろうけど、真依さん離婚問題に強い弁護士とか知らないよね?」


「知らな……私は知らないですけど、知っていそうな人に心当たりがあります。離婚して、シングルマザーで働いてる人が職場にいるので、その人に聞いてみましょうか?」


そんな状況に遭遇したこともないし、弁護士との面識は私にはない。でも、すぐに思い当たる人物が一人だけいた。


「ほんとに? それは助かるな。こういうことは拗れる拗れないにしても準備が大事だからね」


私が佳澄さんに弁護士を紹介すれば、佳澄さんは離婚準備に乗り出すだろう。それでも、離婚しないという可能性はないんだろうか。


「佳澄さんは今の旦那さんとどうして結婚しようって思われたんですか?」


「実は同期なんだ。転職前の会社の同期だから、今は会社は違うよ。口数は少ない人なんだけど、考えてることとかが似てて、この人なら一緒にいられるかもしれないって思った、かな。それは同じ場所にいたから、そう思えただけなのかもしれないけどね」


「人は状況によって変わりますからね」


パートナーであっても、完全に同じ立場でなんて生きられない。月日が重なれば周囲の影響を受けて変わって行くのが普通だというくらいには、私も人を理解できるようになった。


「それは真依さんの実感? 葵は何しでかすかわからないしね」


「…………そういうところはありますけど、葵に限ったことじゃないとは思ってます」


「そうだね。変わらないでいられる人なんていないよね。きっとわたしも変わって、向こうはそんなわたしにストレスを感じていたんだろうな」


「一緒にいるって難しいですね」


それは葵とケンカをして実感したことだった。この人と一生生きようって誓ったはずなのに、葵が遠くて信じていいのか分からなくなった。


「誰かと生きることが普通だって言われても、簡単じゃないよね。でも、葵はきっと大丈夫だよ」


「そうでしょうか」


「再会した時に葵は幸せなんだな、って真っ先に感じたよ。パートナーが女性だってことにも何も悩んでなくて、ちょっとだけ羨ましかったな」


「佳澄さんにもパートナーがいたのにですか?」


どう考えても佳澄さんの方が世間に受け入れられる関係だろう。佳澄さんは葵に未練はないって言ってるし、何が羨ましかったのかと疑問が出たくらいだった。


「わたしは一緒に居るだけの人になっちゃっていたからね。もっと前にわたしたちは対話をしないといけなかったのかもしれないね」


小さなケンカであれば、その時に手を取り合えば元には戻れる。でも、手を取り合わずにそれを繰り返して行くと相手が見えなくなる。佳澄さんはもうその状態まで来てしまっているのだろう。


「真依さんは葵と生きることをどうして選べたの?」


「私、一回葵を振ってるんです。普通に生きることしか考えられないって。その後、やっぱり好きだって気づいて付き合い始めて、楽しかったことも苦しかったこともありました。それでも、葵をどんな時も愛せるのは私だけかなって一緒にいます」


「そんなに好きになってもらって、葵は幸せすぎじゃない?」


「でも、悪気はないくせに、危なっかしいんですよね」


「それは確かにね。真依さんがしっかり繋いでおくでいいと思うよ」


「……葵と一緒にいられるのに、葵はどうして私を選んだんだろうって、時々不安になっちゃうんですよね」


佳澄さんに吹き出されて、変なことを言ってしまったなと反省をする。


「ごめんなさい。失敗しちゃったわたしが言っても説得力ないかもだけど、人ってそんなに誰とでも一緒に暮らせるわけじゃないよ? 心を許せる相手じゃないとしんどいだけ。葵が好きなことをできるのは、真依さんが葵にとって拠り所になってるからだから、自信を持っていいんじゃない?」


「佳澄さん……有り難うございます」


「独り身になろうとしている身には眩しすぎるけどね」


溜息を吐いた佳澄さんに、無意識で私は謝りを出していた。離婚を考えている人の前で、ばかな話をしてしまった自分が恥ずかしい。


「佳澄さんは離婚をされて、どうするんですか?」


「今はとにかく一人になって身軽になりたいな。一生一人で生きて行く気かって親には言われそうだけど、誰かを愛すってパワーがいることだからね」


「それはそうですね」


「でも、子供ができないって悩んでいた頃よりも、今の方が前を向けている気がするんだ。住む場所もないし、貯金も不妊治療で使い切っちゃったし、前途多難、働くしかないな、なんだけどね」


確かに振り出しに戻ったに近いのかもしれないけど、今までの経験までがなくなるわけじゃない。だからこそ佳澄さんが前を向いていれば大丈夫な気がした。


「明日にでも部屋探しは始めるつもりだし、ここも明日には出て行くからね」


「1ヶ月も2ヶ月も先ということはないでしょうし、引っ越し先が決まってからでいいですよ」


部屋を借りるのにも離婚をするのにもお金は掛かる。空いてる部屋があるので、せめてホテル代の節約の手助けくらいはしたかった。


佳澄さんは葵の元恋人なんだけど、今日の会話で私も佳澄さんのこれからの手助けをしたいと感じるようになった。


なんだろう。佳澄さんの直向きさは、つい手を差し伸べたくなるって、私も葵と同じ??


「引っ越すまでの間に、いつまで我慢させる気だって、わたしは葵に刺されそうなんだけど」


「葵は我慢させておけばいいです」


「真依さんの方が強いんだ」


「葵は全部私のものになるって言ってくれましたから、決定権は私にあります」


「じゃあ葵のコントロール頑張って。わたしは自分で生きてみるを頑張ってみるから」


「はい」


葵のいない場で、これからのことを決めちゃったけど、まあいいよね。


佳澄さんが何をしたいかが大事なんだしね。

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