第3話 初打ち合わせ
入社して1週間して、そろそろ窓口をやってみる? と永沼さんから提案があって、ワタシの元にカスタマーサービス部からの依頼が届くようになった。
切り分け方を少しだけ教わって、後は周りに聞きながら少しずつ処理をしている。
カスタマーサービス部からの問い合わせは膨大で、closeできずに残っているものもかなりある。
再現待ちや、対応方針の検討が追いついていないものも多く、正直に言ってどこから手をつけるべきかを悩んだくらいだった。
永沼さんにも聞いてみたものの、永沼さんも兼務で仕事が溢れている状態だったので、今まで手はつけられていなかったらしい。
まあ、人手がないと急ぎでないものは後回しにされるので、当然と言えば当然だろう。
ワタシが対応するカスタマーサービス部側の窓口は5つに分かれていて、一番量の多い窓口のものにまずは手をつけてみようと、そのチームからの問い合わせ残に絞り込んで、自分なりに読み込んでみた。
いくつかは問題点に当たりをつけたものの、システムも業務もまだ付け焼き刃なので詳しく分からないことも多い。
カスタマーサービス側のリーダである
打ち合わせ日の調整をして、小会議室の予約を周りに教えて貰いながらなんとかこなす。
同じフロア内の小会議室にPCを持ち込んで、大西さんが来るのを待った。
準備をしようとして、小会議室のプロジェクター代わりの大きめのTVを触ってみる。TVの下には見慣れない機器が並んでいるけど、どうやってテレビに映せばよいのかがさっぱり分からない。
ドキュメントサーバ内で、会議室の利用マニュアルを探している所で、扉のノック音が響いた。
「お待たせしました」
入って来たのは30代くらいの落ち着いた女性で、その声が記憶にあるものと重なる。
「
「……やっぱり誤魔化せなかったか」
記憶にある存在とは雰囲気が全く違った。
ワタシの記憶に残る姿は長いストレートの黒髪に、眼鏡を掛けた繊細な少女だった。
でも、今目の前にいる女性はミディアムショートの髪は茶色に染めて、緩くウェーブがつけられている。コンタクトなのか眼鏡もしていなくて、ぱっと見ただけでは別人のようだった。
それでも顔立ちは記憶している存在とはそれ程かけ離れてはいないことに気づく。
「久しぶり」
それでもこうして顔を合わせるまで気づかなかったのは、姓が違うからだった。姓が大西に変わっているということは、恐らく結婚をしたのだろう。
「仕事の話をしようか」
昔話をするには、過去の遺恨が大きいことは佳澄もワタシも分かっている。だからこそ、佳澄の提案にワタシは頷きを返した。
「そうだね。早速なんだけどこのTVって、どうすれば映るの?」
システムなのに分からないの? と笑われながら佳澄に接続方法を教えてもらって、PCのモニターをTVにも投影する。
準備をする間にちらちらと佳澄を流し目で見る。佳澄は平静のようで、怒っているそぶりもない。でも、親しさもないということは、関わりたくはないということかもしれない。
まあ、結婚してて、昔の元カノに再会して嬉しいわけないよね。
「じゃあ、今日はお時間を頂いてすみません。先週より窓口対応になりました須加です。過去の問い合わせを確認していて、いくつか状況を直接伺いたいものがありましたのでお声がけさせていただきました」
改めて挨拶をした後、TVに映した資料を使いながら、一つずつ質問をしていく。
佳澄は時々考えながらも、恐らくこういうことだと意見をくれる。その様子から業務はかなり熟知しているとは感じられた。
「では、今伺った内容で、バックログに早急に入れるべきものについては、こちらで対応します」
バックログとは、開発対象を纏めたものだった。ここでは今までワタシがやってきたウォーターフォール型の開発じゃなくて、アジャイルという開発手法を使うので進め方も違う。
バックログは優先順位をつけた上で保守開発チームが改修して、定期的にリリースをしている。その順位付けをするのもワタシの仕事だった。
「お願いします。どこかで状況をフィードバックして貰えますか?」
「分かりました。それは保守開発チームに相談してから回答します」
「お願いします」
それで佳澄との打ち合わせは終了して、余談をすることもなく佳澄は会議室を出て行く。
打ち合わせの中で佳澄の左手の薬指に指輪があることは確認した。つまり佳澄が結婚していることは確定だろう。
今更未練があるわけではないのに、ワタシの心の晴れなさは何なんだろう。
その週の週末、ワタシの歓迎会を兼ねての保守開発チームとカスタマーサービス部の主要メンバーとの飲み会が催される。
ただ、その飲み会の場に佳澄は参加をしていなかった。
これは避けられているということなのかもしれない。
まあ、今更ワタシと個人的に話をすることなんて必要ないのかもしれない。
あれからもう15年が経過している。ワタシにはパートナーがいて、佳澄にも恐らくそういう存在はいる。
だからといって笑って昔話をできるような関係でもない。
それなのに佳澄と再会してから落ち着かなさがある。
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