第2話 転職初日

「じゃあ、行ってくる」


新年の仕事始めの日、ワタシは玄関まで出たところで同棲している恋人の一瀬真依にそう告げる。


年末にワタシは大学を卒業してからずっと勤めていた会社を退職した。このままこの会社にいて、ワタシがやりたい仕事には繋がらないだろうと以前から漠然と感じてはいた。


転職を決意したのは、大きな仕事に一区切りついたことと、ワタシに心の支えとなる存在ができたからだった。


「行ってらっしゃい」


真依は明日まで正月休みを取っているので、今日はワタシだけが出勤だった。


キスをしようと顔を近づけるけど、化粧が崩れるでしょうとやんわり断られる。


「ちょっとだけなら大丈夫でしょ」


「それだけで絶対終わらないでしょ」


一緒に暮らし始めて3年にもなると、パターンは把握されきっている。


今までは一緒に通勤するなんてこともよくあったので、これからは毎日この別れの時間が辛い。


駅に出て、何年も通った方向とは逆方向の電車に乗る。


今までも作業場所が変わることは時々あったけど、ここ数年はほぼ同じ客先に常駐していたので、逆側の駅は馴染みがない。


思えば真依と一緒に暮らし始めてからは、ずっと同じ作業場所だった。


新しい勤め先の最寄り駅で降りて、人波に紛れて職場に向かう。


面接の時に訪れたぶりのオフィスビルは、まだ建ってから比較的新しいようで、そのビルの8階、9階、10階のフロアを、新しい勤め先が借り切っている。


8階がエントランスと商談スペース。後は人事や総務や経理がこの階にいるらしい。その上の9階が営業やマーチャンダイザー、バイヤーが入っていて、一番上の10階がシステムとカスタマーサービスが入っている。


午前中は中途採用者向けの入社式と、社内のルールや社内業務向けのシステムの紹介で終了する。その後は、同時に入社した5人とランチ会をした後、各配属に移動になった。


一次面談の時の面談者の一人がワタシの所属する部門の長らしい。


10階にまずは移動して、エレベーターホールで東側の扉の一つに入った。ビル自体が大きいせいか、フロアは仕切られていて、ここはエンジニアばかりが集められているフロアのようだった。

見通しただけでも300人くらいはエンジニアがいるんじゃないだろうか。


ワタシの配属されることになったグループは、現行システムの維持運用が主務で、ワタシのチームは特にカスタマーサービス部のシステム担当だった。


一見、ただの維持運用に思えるけど、その中から新しいサービスの提案だったり、現在のサービスの満足度を計るだったりといった役目を果たすことを求められている。


そこがSIerとの大きな違いだった。今まではお客さんの要望を聞いてシステムを作るだったけど、これからは自分の会社の為にシステムを作って改良して行くになる。


ずっとSIerにいたワタシがこの会社で通じるんだろうかとは思いながらも、新しいことに挑戦することへの期待もあった。




ワタシの上長である柿本かきもとさんは、多忙な人で会議だったりでほとんど席にいないような人だった。


代わりに仕事を教えてくれているのは、今まで兼務でワタシのポジションにいたという永沼ながぬまさんという男性だった。


人当たりが良くて、それでいて端的に説明をしてくれる人でできる人だとはすぐに気づく。


でも、ワタシよりも絶対に年下だろうと年を聞いたら30歳になったばかりらしい。指輪もしている人だし、変に気を遣う必要もなさそうだった。


ワタシが仕事を一緒にすることになるカスタマーサービス部は、いわゆるコールセンターとメールなどの問い合わせ対応をするチーム、後は重点顧客への導入サポートなどをするチームに分かれていた。


ワタシはこの3つのチームから来る問い合わせや要望を取り纏めて、開発方針や開発順を決めるのが役割だった。


その中でも即時の問い合わせは直電が掛かってくるので、保守メインのメンバーが優先的に対応してくれることになっている。


ワタシは至急以外の要望を取り纏めるために、まずはシステムと業務を覚えることからスタートだった。


ちなみに2日めに永沼さんとカスタマーサービス部に挨拶に行ったけど女性が多くて、ちょっと圧倒されてしまった。


女子が多いなんて高校時代ぶりで、友人たちから女性の多い職場の過酷さを聞かされていたので、ちょっと尻込みしてしまった。


まあ、何とかなるだろうと思いながら男性が多いシステムフロアに戻る。


こっちの方がやっぱりほっとする。男性が多い、女性が多いとかだけじゃなくて、みんなでシステムを作って行くからなんだろうか、余所を見ると平和なように思えた。

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