第37話 銃とロウソク ガイア1817年8月22日~

 錬金工房に顔を出すとマイケルが近づいてきた。


『ヒロ、クロモリが入荷したぞ。倉庫に有るから行こう』


 地下に有る倉庫に行くと鋼製の鎧一式が置いてあった。


『え?これですか?鎧ですよね?』

『そうじゃ、これがクロモリゴーレムの鎧じゃ。ゴーレムを倒してはぎ取ってきたものなんじゃ。ゴーレムというのは元々土で出来ているんじゃが、石だったり金属じゃったり色んな物を体表に貼り付けて防御力を上げるんじゃ。こいつはクロームモリブデン鋼を身に纏っておったんじゃな。こいつの強さはB2じゃ。ちなみにミスリルゴーレムはA0じゃ。お陰でなかなか手に入らなくての』

『これで鉄砲の製造が出来ます。ありがとうございます』

 

 銃の金属部分の殆どはクロームモリブデン鋼が使われている。このクロームモリブデン鋼は普通の鋼より硬く、靭性に優れ、耐摩耗性も高く、耐熱性も優れている為、自動車のエンジン等動力部分でも多用されている優れた金属だ。


 さらに、このクロームの比率を上げるとステンレスになる。このステンレスは耐食性が高く錆に強い。自衛隊で使われている20式5.56㎜小銃も、海で囲まれている国土を守る為、海岸で使っても錆びない様にステンレスが使われている。俺も最終的にはステンレスで作ろうと思っている。


 分解した銃身バレルをマイケルに見せる。


『まずは、これをコピーしようと思ってます。ここが一番の心臓部なので、これが複製できないと他の部分を作っても意味が有りません』

『そうか。この穴の中の溝が大事なのじゃな。で、どうするつもりじゃ?』

メルティング熔解で溶かした鋼を流し込んで固めた後に取り出そうと思ってます。ただ、そのまま流し込んでも、銃身に張り付く可能性が有るので離型剤を先に塗った方が良いとケンが言ってました』

『離型剤か……では、このクロモリ鋼からモリブデンを分離して、それを油に混ぜて塗ってみるか』


 マイケルに手伝ってもらいながら、銃身をコピーする。クロームモリブデン鋼から分離したモリブデンを、微細粉末にしてヒマシ油に混ぜ、離型剤として銃身の内側に塗る。鋼を流し込み固め、ライフリングの溝に合わせて回転させながら引き抜き、型を取った。

 引き抜いた型に、メルティングで柔らかくしたクロームモリブデン鋼を巻き付け、押し付けてライフリングの溝を写し取る。さらに外側に薄い板にしたクロムモリブデン鋼を巻きつける。これを炭素やクローム、モリブデンの成分比率を変えて十数種類作った。

 

 銃の構造は簡単なものにした。シングルバレル・シングルアクション・中折式だ。銃身と機関部がヒンジで繋がっており、ヒンジで機関部が銃身から離れる。これを中折れ式もしくは元折れ式という。銃弾を直接手で銃身にセットし、機関部を元に戻し、手でハンマー撃鉄を起こし、トリガー引鉄を引く。


 この銃にはグリップ銃把も銃床も何もない。台に直接固定し、アースウォールに隠れて紐でトリガーを引く。火薬の威力に銃身が耐えられるか分からないからだ。銃弾は地球から持ち込んだ.308WINを使う。バレルが壊れるまで続ける。予想通り硬いものから壊れていく。火薬の衝撃を受けきれなかったのだろう。逆に柔らかいものは歪んでいった。これも続けると暴発するだろう。


 持っていた銃弾をすべて使い、地球から持ち込んでいた火薬3㎏のうち1㎏を使った頃にやっと納得のいく銃身が出来た。


 ここからは早かった。爺ちゃんのライフル銃 BEER MK3 HUNTERではなく、一番手になじんでいる20式5.56㎜小銃をモデルに、記憶とPCの中に有った図面を基に三か月掛けて作った。


 この20式小銃はステンレスとアルミニウム、そして樹脂が使われている。石油もアルミニウムも見つかっていないこの世界、プラスチックもアルミも無い。仕方が無いので銃床部分を木材で、他全部クロームモリブデン鋼で作ろうと計画した。

 

***

 

 ずっと銃の制作をしていた訳でなく、マイケルが忙しい時はトーマス達と山に行った。アケビを食べたり、ハゼノキを探して実を採取したり、漆の木の肌に傷をつけて樹液を採取したり、アケビを食べたり、柿を採取して干し柿を作ったり、山芋を掘ったり、アケビを食べたりした。


 え?アケビを食べすぎ?この世界のアケビは地球と少し違っていて、長さが倍以上有って、種が小さく、食べ易く、ついつい見かける度に食べてしまった。


 他にも地球で……というより長野県や岐阜県で見かけたことの無い木が何種類も有ったので、それらの樹液も集めた。ダウンロードして購入していた植物図鑑をタブレットに入れて持ってきていたので、それで調べてみた所、その中にパラゴムノキによく似ている植物が有ったのだ。


 これら採取した樹液や実を錬金工房の木工工房に持ち込み、加工した。


『あれがハゼノキだったのか。あの木はサンタローザ王国全土に自生してるぞ。本当にこの実からロウソクが作れるのなら、農家の冬のいい手仕事になるだろう。どうやって加工するんだ?』

『乾燥したものを石うすですり潰して、茹でたり蒸すなどして熱を加え、圧力を掛けて絞るんだ。そうして出てきた油脂分がロウソクになるんだ。今日は錬金術で作るから、より簡単に出来ると思うよ』


 不純物を錬金術で取り除き、水分を分離し、油脂成分だけにした。これが木蝋だ。これを湯煎して溶かし、植物紙で作ったこよりの周りに纏わせてロウソクを作った。


『少し黄色いが、本当にロウソクが出来るんだな。なあ、ちょっと火を付けてみても良いか?』

『良いよ。色は天日に晒すと白くなるらしいよ』


 次は漆だ。漆の樹液は思ったより採れる量が少なかった。5本の漆の木からポーションの小瓶2本程度しか集まらなかった。不純物を取り除き、へらで攪拌しながら水分を分離すると1/3程度しか残らなかった。松脂から抽出したテレピン油をごく少量入れ、刷毛で塗りやすい硬さにして木片3個に薄く塗った。そして、木箱の中に水を入れた皿とそれに付けて濡らした布を一緒に入れて乾燥させた。

 

 漆の乾燥には湿気が必要で、漆が空気中の水分から酸素を取り込み硬化する。必要な温度は24~28度、湿度は70~85%。この状態で1日置いておくと固まった。


 2回目は一つの木片に漆を塗った後、金粉を散らしてみた。もう一つの木片にはごく少量の酸化鉄を混ぜて練った物を塗った。最後の一つは辰砂硫化水銀を混ぜて塗った。酸化鉄を入れたものは黒く、辰砂を入れたものは朱色に色付いた。再度、乾燥した後、さらに生漆を塗り、1週間乾燥させた。


『おい、ヒロ、あのニスは何なのじゃ?あの透明で黒いニスは?

 顔料を入れた黒とは全く違う深い黒じゃ。あれは何の樹木のコパールを使ったのじゃ?』

『マイケルさん、あれはコパールじゃなくて、樹液をそのまま使ったんですよ。漆という木の樹液です。多分、前に不良品のコパールが混じっているって言ってたじゃないですか、おそらく、それです』

『何?あのなかなか固まらないコパールか?あれをどうしたらこんな風になるんじゃ?』

『漆は固まるのに必要なのは湿気なんです。水分が抜けて固まるのではなく、空気中の水分で変質して固まるんです』

『水分が抜けて固まるのじゃなく、水で固まるのか?なんじゃそりゃ?理解出来んわ』

『まぁ、漆で作ったニスはそういうものと思うしか……』

『理屈はまあ良い。この製法、錬金工房に売ってくれんか?もちろん、契約金も売り上げからのロイヤリティも支払う。どうじゃ?』

『どうじゃっと言われても……一度、ケンやエリザベートと相談してみます』


 ケンたちに相談した結果、契約を結ぶことにした。独占契約金として金貨100枚。地球の価値だと2000万円ぐらいか?さらに販売価格の1割を貰うという契約を工業ギルドで結んだ。この契約の中に製法の秘匿という項目も有り、部外者へ話そうとすると声が出なくなるというペナルティーが課せられる契約らしい。そして、作業に従事する人全員が契約を結んだとか。俺は怖くて被契約者になりたくないと思ったのだが、こちらの人には当たり前らしく、皆、躊躇なく契約したらしい。

 



 そして、俺の中では一番の期待の星、パラゴムノキの加工だ。パラゴムノキの樹液も不純物を取り除き、水分を分離してシート状にした。これが生ゴムだ。この状態ではそれほど弾性は無い。これに数%硫黄を加えると天然ゴムになり、格段に弾性が強くなる。

 

 しかし、水属性のディゾルブ溶解ではうまく混ざらなかった。PCに取り込んでいるwikiを何度も確認しながら、実験をした。だが、なかなかうまく行かなかった。地球では加熱しながら硫黄を加えるらしいので試しにディゾルブで溶かし、硫黄を混ぜた後、火属性のメルティング熔解を掛けながら粘土を捏ねる様にしてみたら上手くいった。


 試しに丸くまとめてボールにして床に落とすと、ほぼ同じ高さまで跳ね返って来た。スーパ〇ボールだ。ジャックが床や壁にぶつけて遊んでいた。やはり彼の精神年齢は、小学生か中学生ぐらいの男子レベルかも知れない……


 このゴムで糸を作り、機織り職人に布を織ってもらったところ、大騒ぎになった。縦糸に普通の糸を使い、横糸にゴムの糸を使った平織のゴム紐なのだが、職人が服飾ギルドに話してしまい、ギルドの人間が押しかけて来たのだ。マイケルを交えて話し合った結果、パラゴムノキはサガタウン辺りが北限らしく、木こりギルドが国境を越えて樹脂を採取。全量、錬金工房で買い取り、加工して糸として服飾ギルドに売却、服飾ギルドが服や下着に使って販売という事でまとまった。


 これも錬金工房より独占契約金として金貨100枚貰い、販売価格の1割を貰うという契約を結んだ。服飾ギルドにばらした職人にも契約させ、秘匿を約束させた。


 服飾ギルドが帰った後、マイケルに防水布や長靴等いろいろと利用法が有ることを教えた。それらは、今後安定してパラゴムノキの樹液が入荷するようになってから開発することになった。

 

 ついでに木蝋も商業ギルドで契約した。ハゼノキはサンタローザ王国全土で自生しているらしく、商業ギルドと契約した農家が冬の手仕事でロウソクを作り、ギルドが全量買い上げ、宗教施設へ販売するらしい。木蝋は効率を考えなければ錬金術が使えなくても作れるからだ。こちらも契約金金貨50枚と販売価格の1割を貰えるらしい。しかし、宗教施設への販売という事で販売価格は安く数で補いたいと言われた。

 

 これにより、冒険者ギルド、商業ギルド、工業ギルド、三大ギルドすべてに加入してしまった。今、俺のギルドカードにはエンブレムが3つ描かれている。後は所属する国家を決めるとその国のエンブレムが描かれるらしい。迷い人の俺は冒険者ギルド預かりとなっていて、好きな時に決められるらしい。


 服飾ギルドと契約して、1週間も経たずに見本の製品が送られてきた。腰の紐の代わりに平織のゴムひもが縫い付けられたドロワーズだ。男女両方送られてきた。屋敷に居るみんなに配って、着用した感想を教えてもらうよう頼んだ。配った時、ナンシーが服の上からドロワーズを当て、ゴムの感触を他のメイドと話していた。それを見たジャックが鼻血を出しそうなぐらい、顔を真っ赤にさせていた。




 銃の製造に樹液の研究となかなか忙しい日々を送っているが、この近辺では欲しい樹液を見つけることが出来なかった。もう少し足を延ばしたいとエリザベートに相談した。フロスウエスト村ならサンタローザ王国の北側だから植生も違うだろうし、GATEで行けるだろうから行ってみれば?と言われ、久しぶりに帰ることにした。一緒に行くと言って聞かないナンシーと、魂胆が分かりやすいジャックの3人で。

 

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毎週日曜に掲載予定です。


会話の「」内は基本地球の言語を、『』内は異世界での言語という風に表現しています。お互いの言語学習が進むと理解出来る単語が増えて読める様になって行きます。


youtubeで朗読させてみました。

https://www.youtube.com/playlist?list=PLosAvCWl3J4R2N6H5S1yxW7R3I4sZ4gy9


小説家になろうでも掲載しています。

https://ncode.syosetu.com/n3026hz/



次の話から、最初考えていたプロットに戻れます……9話、自転車操業は辛かった。でも、この9話で色々と設定が変わってしまったので書き溜めていた話、そのまま投稿できないだろうなぁ

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