第18話 授業開始 ガイア1815年11月22日

 朝食の後、応接間で言語学習が始まった。講師はエリザベートだ。まずは今覚えてる単語を伝えた。

 

「100までの数字と、いくつかの野菜に簡単な挨拶ってところね。文字の方はまだよね?」

「そうですね。教えてくれた子はまだ12歳で、文字は知らないようでしたし……」

「そう。まだ、この世界では文字の読み書きが出来る平民は少ないのよ」

「そうなんですね。覚えたらエリカに教えてあげようかな」

「ふふふ、きっと喜ぶわよ。それにしても、あのような小さい子が好みなの?」

「違いますよ。色々と世話になったし、こちらで初めての先生ですから感謝してるんです」

「そういう事にしといてあげるわ。では、これを使って文字を覚えていってね」

 

石板と石筆が渡された。

 

「この世界はまだ紙が貴重なのよ。植物紙も有ることには有るけど、開発した商会が独占してて数は無いし、羊皮紙は手間が掛かって高いし……」

「大丈夫です。ありがとうございます。記録を残すには使えないけど、反復練習には最適です」

 

 この世界のアルファベットと言うべき文字を教わった。全部で24文字、そのうち母音が7文字だとか。さらに二重母音という物も有るらしい。これは想像以上に苦労するなと悪寒が走る……


「エリザベートさんは地球の言葉をいくつも覚えたのですよね?どうやって覚えたのですか?」

「最初は英語を覚えたのだけど、大賢者様も共通語をあまり喋れなくて苦労したわ。一緒に冒険しながら辞書を二人で作って、お互いに教えあったの。文法もどちらかというと似てたから、単語さえ覚えればなんとか成るかもってね」

「え?英語と似てるんですか?」

「英語って、主語・動詞・目的語って並んでるでしょ?日本語は、主語・目的語・動詞よね?共通語って両方有るのよ。どちらかというと英語のように動詞が先に来ることが多いから、私は覚えやすかったわ。動詞の活用形の変化も共通語に比べて少なかったしね。その代わり大賢者様は……

……

……

 ヒロも頑張ってね」

「いや、その間、めちゃ怖いんですが」

「今まで会った迷い人、全員共通語を覚えたから大丈夫よ。早く覚えて、あの女の子に会いに行かなきゃ」

「う……すいませんがケンと作った辞書って貸してもらえませんか?」

「500年前に作ったものだから……残っているかしら?ノートパソコンという魔導具に書き込んでいたけど……」


 2の鐘の授業はひたすら石板に石筆でアルファベットを声を出しながら書いていった。理数系の授業でよく出て来る記号と似ていた為、アルファベットを覚えること自体は楽だった。


 3の鐘で地下2階のトレーニングルームに行き、体を動かす。これはエリザベートの指示の下、トーマスが相手してくれた。

 まずは武器を持たずに体術を寸止めで行うことになった。


 トーマスは、普段盾と片手剣を使う為か、体術でも左手を前に出し防御、右手で攻撃が基本のようだ。防御とはいっても、受け・流し・弾くだけではなく、掴んで引いたり、体当たりをしたり、ストレート・ジャブ・フック・アッパー・裏拳を取り混ぜ、左手の届く範囲に俺の拳が侵入することを許さない。しかも、防御することで俺の体勢を崩しに来る。


(確か、トーマスってSランク冒険者だと言っていたな。峠で戦った時、盾を使っていたからゲームで言うタンクか。さすが、防御が硬いな。久しぶりだ、このレベルの相手と戦えるのは!ギアを上げていくか)


 自衛隊体育学校で行われた上級格闘課程で対戦した教官レベルまでギアを上げる。しかし、トーマスもギアを上げてきたようで、こちらの攻撃がとことん防がれ、更に蹴りまで加わって来た。まだ、一度もトーマスの制空権内に入れていない。入れていないどころか、攻撃を防がれ体勢を崩されたところに、蹴りや右手が襲ってくる。顔の前に伸ばされた左手で作られた死角からも攻撃がやって来る。

 

 俺は爺ちゃん以外で初めてトップギアに入れた。ようやくトーマスの制空権を削り、攻撃がトーマスの身体に届くようになった。

 トーマスの意識が防御に傾いたところで、右ストレートを打つ。トーマスは左手で内から外へ弾きに来た。その左手を手首を引っ掛けるように手前下に引く。ほんの数センチ、トーマスの重心が前に動いただけだ。だが、俺にはそれで十分だった。トーマスの手のひらを握り、内側に曲げ手首をロックし、彼の肩の方へ動かす。肘がロックされ、肩もロックされる。左足を一歩踏み出し、トーマスの重心を彼の左足の後ろに動かし投げを打った。しかし、トーマスは俺の投げに逆らわず、自らバク転をし、その勢いで俺の後頭部へ蹴りを入れて来た。掴んでいた手を放し、のけぞって蹴りを避けると、トーマスは地面に右手を付け、きれいに足から着地し、ファイティングポーズを取る。


「はい、そこまで!」


 エリザベートが体を俺たちの間に滑り込ませ、制止して来た。

 壁際で見ていたナンシーがタオルと水を俺たちに渡してくれた。


『ヒロああ、おうお』

『ありがとう』


 礼を言うと、ナンシーは満面の笑みを返してくれた。


 トーマスと話していたエリザベートが近づいてくる。


「ヒロ、あなた身体強化魔法は使ってないわよね?」

「身体強化魔法?ああ、あの夜目が効くようになるって魔法ですか?ご存知の通り、魔法は何も使えませんが?」

「身体強化魔法は夜目が効くようになるだけじゃないの。身体のスピードを上げたり、パワーを上げたり……教会騎士団に襲われた時、私が崖の上に飛び上がったのも身体強化魔法よ」

「そうなんですか……で、それがなにか?」

「トーマスはSランク冒険者なのよ?そのトーマスが身体強化魔法を使って、やっと相手が出来るってあなた何者?」

「何者って言われても……3歳から爺ちゃんに武道を習って、15歳から自衛隊員として訓練を受けていただけですが?」

「その自衛隊って、あなたみたいなのがごろごろ居るの?」

「俺より強い人なんていくらでも居ますよ。俺から見て、化け物と言いたくなるような人も居ましたし……」

「そうなのね……では次は武器を使ってみましょうか?両手剣と片手剣、どちらが良い?」

「では、両手剣で」

 

 トーマスの動きを真似て素振りを行う。日本刀と比べてかなり幅が広く厚い。巨大な両刃の鉈を振り回している感じだ。刀身の重さを利用して叩き折るように振るう。金属鎧の上から叩きつけて骨折を狙うのだろう。


 30分ほど両手剣を習うと、次は片手剣を習った。

 片手剣は種類が多かった。両手剣と同じような幅広の物から、日本刀のような幅の狭く細長いものまで。幅広の物は両手剣と同じように叩きつけるらしく、幅の狭いものは相手の鎧の隙間を狙って突き刺す武器だそうだ。フィッシングの原型といったものだろう。


 練習が終わって帰ろうとすると、トーマスが肩を叩いて話し掛けてきた。


『ヒロ、おあえ ういあ 良いあ。あいえええ おえあえ うあえうああ、おう スキルあ ギルドカードい ああええう あおあ』


 スキルとギルドカードぐらいしか分からなかったので、エリザベートの方を見ると

 

「ヒロ、あなたは筋が良い。初めてでそれだけ使えるなら、もうスキルがギルドカードに書かれてるかもなって言ってるわ」


 トーマスにそう言われてギルドカードを見てみたら、記載内容が大幅に変わっていた。



 ステータス

体力   5230

魔力   30400

STR    730

DEX   1970

VIT    690

AGI   1100

INT    990

MND   530

魔力制御 4000

スコア  41640

――

 この辺りは身体関係だろう。標準的な数値が分からないので置いておくとして、問題はこの先だ。

――

 スキル

松村日陰流(剣術・居合術・槍術・弓術・棒術・なぎなた術・杖術・短刀術・投擲術・手裏剣術・鎌術・合気術・体術・暗器術)

射撃術 銃剣術 両手剣 片手剣


格闘徽章 射撃徽章特級 スキー徽章 レンジャー徽章 冬季遊撃徽章 空挺徽章

――

 

 ギルドカードを作った時には、射撃術と銃剣、それと各種徽章ぐらいしかなかったのに、トーマスと一回練習しただけでこんな表示に変わった。

 確かに爺ちゃんから色んな武器を教えてもらったが、飽きやすい子供の気を引く為に、剣術を中心に月替わりで武器を変えていたと思っていたのだけど……


 一番の驚きは、爺ちゃんの教えてくれていた古武道が松村日陰流という名前だったという事。他の人に教えている様子は無かったので、もしかしたら一子相伝?

 しかし、流派が云々とか、免許云々という話は聞いた事が無いので、やはり子孫に伝えるのでは無く、引き篭もっていた俺を外に連れ出すためだけに教えてくれたのかも知れない。


 4の鐘で、また、言語学習。エリカに習った言葉のスペルを教えてもらった。

 

 英語等と同じ表音文字で、漢字のような表意文字ではない為取っ付き易かったが、すぐに英語が得意でなかったことを思い出さずにはいられなかった。英語と同じで、同じ発音でも意味が違うとスペルが違う。発音しない文字が混じっていて混乱する。

 

「大賢者様の話だと、もしかしたら共通語って古代のギリシャ語が元になっているんじゃないかって言っていたわ。古代ギリシャ語よりは動詞の活用等が簡単になっているから、ガイア王国の人が広めてから1800年の間に変化したのか、広める時に簡単にしたのか分からないそうだけど」

「俺、外国語苦手なんですよね……」

「私が日本語を覚えられたのだから、ヒロも大丈夫よ。単語を2000個ぐらい覚えれば日常会話は問題無くなるし、後は仕事で使う専門用語を覚えれば生活できるわよ」

 

 後に車の中のノートを細かく切って、セロハンテープで補強して、糸で繋いで……っと暗記カードを作っていたら、ケンがタブレットに暗記カードのアプリと、クリスタルのマザーに集められている情報を利用した辞書アプリを作ってインストールしてくれた。マジ天才!大賢者様!

 

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日曜と木曜に掲載予定です。


会話の「」内は基本地球の言語を、『』内は異世界での言語という風に表現しています。お互いの言語学習が進むと理解出来る単語が増えて読める様になって行きます。


youtubeで朗読させてみました。

https://www.youtube.com/playlist?list=PLosAvCWl3J4R2N6H5S1yxW7R3I4sZ4gy9


小説家になろうでも掲載しています。

https://ncode.syosetu.com/n3026hz/

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