第17話 大賢者 ガイア1815年11月21日

 

 家を出ると、エリザベートはエレベーターの前まで戻った。エレベーターを呼ぶボタンはしかない。ここより下層は無いようだ。彼女は躊躇なくのボタンを押し扉を開けた。

 エレベーターの中に入ると操作盤ではなく、背面の壁に手を翳した。すると魔法陣が現れて光りだす。


「ヒロも、この魔法陣に魔力を流して」

「え?俺もですか?」

「そうよ。ギルドカードに魔力を流した様に、これにも魔力を流して」

 

 俺がギルドカードを作った時の様に、手のひらにエネルギーを集め流すと魔法陣の光が一瞬強くなる。俺の後に、もう一度エリザベートが魔力を流すと、エレベーターは下に降りだした。

 

 感覚で10階分ぐらい降りたのだろうか、やっと止まって扉が開いた。


 エレベーターから降りると、そこは小学校の体育館ぐらいの空間が有った。横幅が25mぐらい、奥行きが35mぐらい有るのだろうか?高さは2階建ての一軒家の屋根と同じぐらい有りそうだ。

 この大きな空間の中、壁一面、さらに天井一面に魔法陣が描かれていた。しかも空中にも数々の魔法陣が浮かび、回転しながら光っている。そして、この空間の中央には高さ4m幅2mの巨大で透明な石が浮かんでいる。少し歪んでるが、ほぼ正六角柱の上下には六角推が付いていて、以前TVで見た水晶の原石に似ている。


「凄いな、あの石」

「あれは大賢者様の知識と世界中のギルドカードから送られてくる情報を記憶している水晶よ。私たちはマザーって呼んでいるわ。大賢者様は後ろにクリスタルって付けたかったみたいだけど……」


(ゲームヲタかよ)


「後はハイデ何とかの声が再現したいとも言ってたけど、私たちには何の事か分からなくて……」

「……そっか、再現できると良いね。で、ギルドカードの情報?」

「えぇ、クエストの受注や、その結果に報酬の情報ね。それにカードには預金システムも有るから、それの入出金情報も。何か犯罪を犯した時の情報も一緒に管理されているから、ここの情報で門番が入門の許可を出してるわ。

 それに税金や家賃等の引き落としもギルドカードで管理してるわね」

「そんなことまで……」

「カードを利用すると、その情報は全てここで一元管理されてるわ。でも、正当な機関からの正当な要求でなければ個人情報は教えないわよ」

「それでも怖いですね」

「まぁ、信用できないうちは怖いでしょうね。でもその怖さより、カードの便利さにあらがえないというのが現状でしょうね」

「悪用しようとする奴が出てこない事を祈ります……」

「あら、出てこなかったと思うの?いっぱい居たわよ。特に国の上層部には」

「……」

「そんな人たちは逆に知られたくない個人情報が何故か政敵のところに流れるのよね。ギルドカードでは知りえない情報と共にね」

 

 ひきつった俺の顔を満足そうに眺めると、エリザベートは歩を進めた。奥の壁の魔法陣を起動して次の部屋に入る。

 

「大賢者様、戻りました。こちらが今世の迷い人ヒロでございます」

 

 台座の上の7色に光る丸い球体に向かって話しかける。すると球体の前に白髪白髭の老人の姿が浮かび上がる。

 

「あぁ、よく来た。わしがケン・フォン・サワダじゃ。日本の名前は沢田健一。まぁあまり変わりないがの」

 

と言って笑う。

 

「松村博です。25歳です。職業猟師をしてます」

「ほう、リョウシとな?魚を釣る方か?それとも鉄砲で獣を獲る方か?」

「鉄砲で獣を獲る方です」

「なるほど、服装を見るとわしと同年代に見えるが、それで猟師とはちと珍しくは無いか?」

「そうですね、祖父たちの時代から比べるとかなり人数も減ったようです」

「で、そちは何年生まれじゃ?」

「西暦2010年生まれです」

「おぉ、なんとそなたの方が10歳も年上か。わしは2020年生まれで、2040年二十歳の時にこちらに飛ばされたのじゃ」

「わたしが居た時は2035年でした。時間軸がなんか変ですね。先に飛ばされた私が、大賢者様より後にこの世界に来るなんて」

「あぁ、ケンと呼び捨ててくれていい。それに同郷の年上の人に敬語を使われるのも、なんか妙じゃ」

 

 そう言われてもっと戸惑っていると、エリザベートが助け舟を出してくれた。

 

「大賢者様、そう言われても大賢者様は90歳過ぎのダンジョンコアの改造を成功したころの姿です。ヒロが年上には見えません」

「おぉ、そうじゃった。ちと待っておれ」

 

 そう言うと姿が揺れいったん消えると再度現れた。チノパンにジャケット、下にボーダーシャツを着た大学生風の若者が。

 

「どう?この世界に転移した時の格好なんだ」

「大賢者様、その様にお姿を変えられることもできるのですね。お懐かしゅうございます。その姿も素敵です」

 

 エリザベートの瞳の中にハートが見える気がする。

 

「この世界では何事もイメージが大事だって言ってるでしょ」

「はい、見事でございます。このエリザベート、改めて感服しました」

「で、ヒロさんどうですか?これなら敬語なんて必要無いでしょ?」

「あぁ、では普通に喋らせてもらうよ。でも、そっちも姿だけじゃなく話し方まで変わったな」

「高専を卒業して、東京帝大工学部に編入したばかりの頃の自分をイメージしたからね。この格好でさっきの喋り方も変でしょ」

「え?東京帝大工学部?頭良いんだな!」

「高専から大学への編入は試験も優遇されてて、高卒が受ける試験よりも簡単なんですよ」

「それでも凄いな。俺は爺ちゃんの跡を継いで猟師になりたくて、地元の中学から自衛隊の高等工科学校に進んで、そのまま長野の松本駐屯地で勤務してたよ」

「え?猟師になるのに自衛隊?」

「日本の法律では本物の銃を撃てるのは、一部の例外を除き二十歳以降で散弾銃だけなんだよね。だから、その一部例外である高等工科学校に行って二年生16歳から射撃の訓練を始めたんだ」

「あぁ、それで自衛隊に」

「そう、それで一昨年爺ちゃんが引退するって言いだしたから、自衛隊辞めて1年間掛けて猟師の技術や知識を教えてもらって専業猟師として跡を継いだんだよ。お陰で通常30歳以上じゃないと下りないライフル銃の所持許可が、特別に25歳の俺に下りてね、さぁ頑張ろうと思ったら転移に……」

「それはタイミングが良いというか悪いというか……」

「再度、転移して元の世界に帰れないって話だし、なんとかこっちで生きていけるように助けてもらえると嬉しいよ」

「自衛隊出身なら人並み以上に体は鍛えているだろうし、体術や刃物の扱いも習ってるだろうから、冒険者や兵士等にも向いてそうだね」

「刃物って言えば日本刀は無いかな?小さいころから爺ちゃんに剣術や古武道を習ってたから多少の心得は有るんだけど」

「僕は学校の授業で、数時間剣道やった程度だったので刀は作ってないんだよね。でも、ギルド配下の鍛冶師に作成依頼を出しておくよ」

「ありがとう。鉄砲は後1~2年で弾が切れるから使えなくなると思うし、多少は慣れた武器が有ると安心できるよ」

「そうか、弾丸も供給できるように出来ないと困るね」

「え?白色火薬も作れるの?」

「いや専門外だから実際に作れるか分からないけど、錬金術もあるから地球のような施設が無くても作れる可能性はあるよ。それにこの世界は魔法が有るから魔法陣を改造して再現できるかもね」

「ドアのカギにも魔法陣を使ってるようだけど、火薬の魔法陣を作った時にセーフティーロックを仕込むこともできるかな?」

「どういう事?」

「日本の戦国時代の様に、銃が一気に広がって戦争の様子が一変するような事態を避けたいんだ」

「獣相手なら発火するけど、人相手は発火しないという感じ?」

「そう」

「それは難しいかな。でも鉄砲自体に使用者制限を加えるのは問題ないね。人が撃たれないように……何か良い方法が無いか考えてみるね」

「頼むよ」

「いや、手伝うけど実際に考えて見つけるのはヒロさんの仕事だよ。僕は鉄砲無くても困りませんから」

「うぐ」

「ひとまずはこちらの言葉を覚えるのが最優先ですね。女の子を口説くのも大変ですからね」

「あのな、急に中年のおっさんみたいなことを言うなよな」

「中身は100歳まで生きた爺じゃからのっほっほっほ」

「ったく……」

 

(こっちに風俗店って有るのかな?今度、エリザベートが居ないときに聞いてみるかな)

 

「まぁ、職員に気に入った子が居たら口利きしてあげるよ。エリザベートなんてどう?きれいだし胸部装甲は薄いけど、なにしろ日本語がしゃべれるから、今日からすぐにピロートークも出来るよ」

「大賢者様!やめてください!そんな同意されても、拒否されても気まずくなるだけじゃないですか!」

「なんだ?エリザベートは彼のことが嫌いなの?」

「あのですね、彼は人族。私はエルフ。もう、二度と好きな人を先に見送るなんて体験はしたくありません」

「すまんな。精神はダンジョンコアに移せたけど肉体は無理じゃった。そうじゃ夜伽の相手なんてどうじゃ?わしが60過ぎてから相手出来て無いしの」

「そのダンジョンコアを叩き潰しても良いですか?きっとすっきりしてヒロのベッドに潜り込めそうです」


「あのな……いい加減にしてもらえないかな?恋人同士のじゃれあいに俺を巻き込まないでくれるかな?」

「「……」」

「もう、気がそがれたので今日は帰るわ。また聞きたいことが出来たら来ても良いかな?」

「あぁ、いつでもいいよ。じゃぁ後はエリザベート頼むね」

「はい、判りました」

 

 ケンの前から退室した俺たちは、エリザベートの家に戻り自室になる客間に案内された。少しして、ナンシーに案内されて食事をいただく。どうも、彼女は部屋の外でずっと待機していたようだ。なんか申し訳ないな……


 夕食時、エリザベートから翌日以降のスケジュールが伝えられる。

 

8:00~ 2の鐘 朝食。その後、言語学習。

10:00~ 3の鐘 休憩。その後、身体鍛錬。

12:00~ 4の鐘 昼食。その後、言語学習。

14:00~ 5の鐘 休憩。その後、魔力制御。

16:00~ 6の鐘 休憩。その後、言語学習。

18:00~ 7の鐘 夕食。

20:00~ 8の鐘 就寝。


 相変わらず就寝時間が早い。1の鐘と2の鐘の間にトレーニングルームで朝のルーチンワークが出来ないか相談してみよう。それにタイミングを見てキャンピングカーでタブレットに充電しないと小説も読めないな。


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日曜と木曜に掲載予定です。


会話の「」内は基本地球の言語を、『』内は異世界での言語という風に表現しています。お互いの言語学習が進むと理解出来る単語が増えて読める様になって行きます。


youtubeで朗読させてみました。

https://www.youtube.com/playlist?list=PLosAvCWl3J4R2N6H5S1yxW7R3I4sZ4gy9


小説家になろうでも掲載しています。

https://ncode.syosetu.com/n3026hz/

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