第14話 待ち伏せ ガイア1815年11月17日〜21日
教会騎士団扮する盗賊の移動速度に合わせて、高速移動ではなく通常の馬車の速度で移動する事にした。彼らが待ち伏せする前に通り過ぎてしまうのを防ぐためだ。こちらの手のひらの中にいる間に捻り潰せば、後顧の憂いを断つことが出来る。
襲撃予定の峠に4日と半日でたどり着けるよう、2の鐘と3の鐘の真ん中あたりで王都を出発した。
一日目、二日目と、途中の町で宿を取った。三日目も途中の町で宿を取ったように見せかけ、俺はエリザベートのディメンションホールに入れてもらい、エリザベートに単騎で峠の有る山の麓まで送ってもらった。
出発する時に、
「エリザベートさん、夜道は危険だからこれ使うと良いですよ。暗視ゴーグルと言って暗い所が明るく見えます」
「ちょっと貸して。へえ、面白いわね。でも、目に身体強化魔法を使った方がきれいに見えるわ」
「え?そんな魔法が有るのですか?」
「有るわよ。暗い所が明るく見えるようにも出来るし、動体視力を上げる事も出来るわ。あと、遠くの物を拡大して見たりも出来るわね」
「魔法って凄いですね」
「イメージさえ出来れば、大抵の事は出来るわよ。あとは魔力が足りるかどうかだけど。総本部に着いたらゆっくりと教えるわね」
山の麓に深夜1時頃に到着した。エリザベート本人は俺を下すと、すぐさま夜明けまでに宿へと戻り、馬車の旅を再開の予定だ。彼女には強行軍で申し訳ないと謝ったら、「馬車に乗ったら、すぐにディメンションホールの家で寝るから問題無いわ」と言われた。
エリザベートと別れた後、教会騎士団に見つからない様、暗視ゴーグルを付け、シロと一緒に山を登り始める。
総本部はこの山を越えた所にあるらしい。四方を300m~500mの山に囲まれた盆地だとか。山々は連なっており、一番低い稜線が今回通る峠らしく、標高230mらしい。もしかしたら大昔に火山が噴火して、山頂が吹き飛ばされて出来たカルデラなのかも知れない。
山裾から最短距離で峠を越えようとすると平均勾配30%、場所によっては勾配が100%を超えるらしい。当然、馬車で登ることが出来ないので、山肌を削り石垣を組み平均勾配5.8%、つづら折れの馬車道を長い時間を掛けて作ったらしい。
夜明け前に山頂に着いた俺は、ドローンをすぐに飛べるように置いて峠に向かって山を下る。襲撃現場を見渡せる狙撃ポイントを見つけたのは午前9時前だった。自衛隊時代から使っている腕時計で時間を確認すると、すぐに準備を始める。木の枝や枯草を使ってバリケードを築き、さらに枯草や木の枝を自分の服に差し、ギリースーツ状にする。背嚢から市販の戦闘糧食とドックフードを取り出し、シロと二人で食べる。実際に自衛隊に納品されている物が非常食として市販されているものだが、民間人向けに量が少なくなっていて、俺としては物足りなかった。
ここから明日の昼までずっと待機だ。幸いにも襲ってくる獣も魔獣も居なかった。時々、行商人や村人らしき荷馬車や幌馬車が峠を通り過ぎていくが、盗賊風の男たちはまだ来ない。日が落ちると、また暗視ゴーグルを付けて監視する。2日3日程度の完徹なら問題無い。自衛隊時代のろくに水も食料も持たされず、3日3晩、山中や雪山を歩き続け、気を抜くと教官達に襲われ、それでも課題をこなしていった教育に比べると非常に楽だ。夜が明けてくるとゴーグルを外して食事をする。シロもドックフードを美味しそうに食べていた。
午前8時頃、山裾に騎馬が8騎と荷馬車が一台やってきた。途中で着替えたのか、宿で着替えたのか分からないが全員盗賊風の格好をしている。
(いくらなんでも似合い過ぎだろう?あんな品性の無い下劣な顔した軍隊って、どんな教育してんだ?騎士って自衛隊でいう幹部自衛官だろ?あいつ等を見てると、聖♀字正教国っていう国がどんなろくでもない国か分かる気がするわ)
彼等は峠の頂まで登ると、馬を仲間に預けて男たち4人が道を下りだした。斥候らしき男が3人を林に案内すると、塹壕を掘り、枝や枯草でバリケードを築き、斥候が道から見えないか何度も何度もチェックしていた。残念ながら、後方の山の上から見てる俺には丸見えだった。
伏兵の居る場所から100m程下り、更に道沿いに200m移動した斥候は、周りの枝をフード付きのマントに縛り付けて木を登りだした。15mほど登ったところでロープを上の枝に掛け、道の反対側にロープに腰掛ける形で隠れた。岩の上にも3人が腹ばいになって、下から見えないように隠れている。本隊の場所は見えなかったが、山頂に置いてきたドローンを飛ばし、500mの高度から偵察すると岩山の陰で荷馬車を横倒しにして道を塞ぎ、その先に乗ってきた馬を木に括り付けているのが分かった。
無線機のボタンを押し小声で話す。
「敵部隊の配置完了。いつでも開始できます。送れ」
この無線機は、見通しが良ければ10㎞先と通話ができるものだ。その代わり、ちゃんと届け出が必要だが、こちらの世界では必要ない。もちろん地球では届け出を出している。主な使用目的は獲物を追っているシロに無線で指示を出し、俺の撃ち安いところへ誘導してもらうためだ。俺とシロ用の2台に、そして予備で2台持ってきている。予備を持っているのは猟友会で他の人と狩りに行く時に貸すためだ。その1台をエリザベートに貸し、使い方を教えた。エリザベートは駄菓子屋の前で動かなくなる幼稚園児のように、物欲しそうな顔をしてきたが、きっちりと断わった。
「このようなアイデアをこちらの技術で再現して広めるのは構いませんが、これを譲る気はありません。それとも、今お貸しするのもやめた方が良いですか?」
エリザベートは残念そうな表情を浮かべたが、しつこく要求はして来なかった。
……
無線機で相手の陣容を伝える。
「崖の上に弓1杖1剣1。本隊に剣3、伏兵も剣3、斥候は短剣持ち1。剣は全員同じ♀字型のロングソード。送れ」
「あら、せっかく盗賊のコスプレしてるのに、武器で教会騎士だと丸判りじゃないの。もうすぐ山裾に到着するわ。そのまま峠を登るわね。どうぞ」
「了解。おそらく崖の上の剣持ちが指揮官かな?あの老人と一緒に居たやつですね。奴の合図で攻撃開始します。終わり」
(それにしてもこの世界でも♀字教のシンボルって丸に十字……「♀」このマークなんだな。磔の時、丸の部分でカリストの頭を支えてたとか……)
連絡の通り、5分もしないうちに馬車が見えて来た。すると斥候がギルドカードと同じぐらいの金属片を取り出した。中央に穴が開いているようで、そこを覗き込みながら崖の上の剣士に、太陽光を反射させ合図を送った。
(おや、思ったより現代的な道具も使ってるな。あれってエマージェンシーカードとか、レスキューカードとか呼ばれているものと同じだよな。自衛隊時代、生存自活セットに俺も入れてたよ)
山や海で遭難した時、ヘリ等に連絡する為に重宝するアイテムで、1㎞近く先まで信号を送れるという。馬車を発見した時、山を登りだした時、馬車が反対を向いた時と信号を送っていた。
230mの高低差を、4㎞掛けてつづら折れの道を馬車が登って来る。途中に水場が有ったのだろう、馬車を止め、馬に水を与え1時間掛けて登って来た。
馬車が中腹まで登った時に最後の合図を斥候が送った。伏兵が潜んでるところからは、まだ馬車が見えない場所だが、斥候の合図で抜剣し身構える騎士……いや盗賊たち。崖の上の弓兵も、矢を番え準備に入る。
山頂に戻していたドローンを、再度本隊が見える場所に飛ばし、上空から監視する。少しすると馬車が伏兵の横を通り過ぎる。御者のトーマスは素知らぬ顔で通り過ぎるが、助手で息子のジャックが横目で睨んでる。すかさずトーマスが彼の脇腹を突っついて注意していた。
馬車が峠の頂上に着き、崖沿いに右へ曲がろうとした時、崖の上の剣士が片手を顔の横に上げようと動いた。その瞬間にライフルのトリガーを引く。銃口が火を噴き、弓兵の体が後方に吹き飛ぶ。
隣の杖持ちは、右手に発動させていたファイアボールを驚きすぎたのか霧散させていた。すかさず彼の胸を狙い撃つ。すぐ隣で一緒に隠れていた男二人が、山に響く音と共に血を噴き出して倒れたのを見て、唖然としている指揮官らしき剣士は右肩を撃つ。
「シロ、Bite!」
右肩を撃たれて倒れた剣士を指差し、噛み付いて制圧するように指示をすると、シロは山肌を吹き抜ける疾風のような勢いで山を駆け下りて行く。
銃口を右下にずらすと、恐らく崖上の弓や魔法の攻撃を合図に飛び出そうとしていたのだろう伏兵達が、バリケードの中で唖然とこちらを見ていた。突撃するタイミングを失い、銃声に驚き固まっている伏兵に2発。すぐにマガジンを入れ替えリロード。急に倒れた仲間二人を見て逃げ出した残りの一人も撃ち、すぐにスコープを事前に測定していた400m狙撃用の値に合わせ斥候を撃つ。彼は銃声に驚き、慌てて木から降りようとしてるときに撃たれ、そのまま木から落下していった。
馬車の様子をドローンの映像で確認するとジャックが馬の手綱を抑え、トーマスが盾とショートソードで二人と、マリアはどこに隠していたのかダガーの二刀流で一人と戦っていた。エリザベートは馬車から降りて二人の様子を眺めながら崖の上を警戒していた。
シロが崖を駆け上がり、上の剣士の左腕に噛み付き曳きずり倒している。俺も急な山肌を、生えている木を使って適度に勢いを殺しながら降りて行った。
着くと既に本隊の3人は倒されており、身元を証明するものがないか持ち物を漁っていた。エリザベートに上の指揮官らしき男は殺さずにいる事を伝え、崖を登る。するとエリザベートは足を光らせると、一回のジャンプで崖を登った。
(え?5m近くを助走無しで飛び上がったぞ?なんだあの光は?これも魔法なのか?)
崖を登るとシロが制圧している剣士の所へ行き、右腕を捻り後ろ手に拘束し、ロングソードと腰に付けていたナイフを取り上げ武装解除する。シロが噛み付いていた左腕は広範囲が皮膚だけでなく筋肉まで酷いダメージを受けていた。
唯一の生き残りである男に対して、エリザベートが尋問を始めるが横を向き口を開かない。彼女も元から期待していた訳では無さそうで、すぐに何やらニヤニヤと話かけた。すると男は怒りに満ちた顔でエリザベートを睨み、大声で怒鳴り始めた。途端に口から大量の血を吐き動かなくなった。脈を診ると既に死んでいた。
「残酷な事をするわね。聖♀字正教国の事を話そうとすると死ぬように契約魔法を掛けるなんて……」
エリザベートは死体の上に布を掛ける。布には何やら魔法陣らしき模様が書かれている。エリザベートがその模様の上に手をかざすと模様が光り、布の下に有った死体が消えた。
「え?どこに消えたのですか?」
「転送魔法よ。生きている物は駄目だけど、死んでるものや無機質な物は送れるの。ギルドの秘密の倉庫に送ったわ。証拠隠滅と調査の為にね」
そう言うと弓兵と杖持ちの死体も転送した。さらに血を吸った土や血に濡れた草や枝も全て転送していた。崖の下を見るとトーマスやマリアも同様に転送している。3人を伏兵や斥候の所に案内してきれいに後始末を行う。倒されていた馬車もそのまま転送し、繋がれていた馬は全てエリザベートのディメンションホールの中に入れられた。
終わる頃に小鳥が又マリアの元に飛んできた。マリアから報告を受けると頷き、こちらを向く。
「後片付けは全部終わったわ。総本部に戻りましょうか」
そういうと自分達の馬車もディメンションホールに仕舞い、4人全員が冒険者風の服に着替える。そして極普通の幌馬車を出し、それに乗り込む。
俺はシロにディメンションホールに隠れてもらい、幌馬車に乗り込むのだった。
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日曜と木曜に掲載予定です。
会話の「」内は基本地球の言語を、『』内は異世界での言語という風に表現しています。お互いの言語学習が進むと理解出来る単語が増えて読める様になって行きます。
youtubeで朗読させてみました。
https://www.youtube.com/playlist?list=PLosAvCWl3J4R2N6H5S1yxW7R3I4sZ4gy9
小説家になろうでも掲載しています。
https://ncode.syosetu.com/n3026hz/
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