第13話 騎士と家政婦 ガイア1815年11月16日
教会side
磨き上げられた大理石の床を、荒々しく足音を立てながら老人が歩いていく。
修道士が開けたドアを通り抜けると、どこの王族の私室かと見間違えるような豪華な装飾がされた部屋だった。
老人は被っていた
『くそ!なんじゃ、あの亜人は!儂を脅すとはふざけるにも程があるわい。
アベーレ、教会騎士団に盗賊の格好をさせて襲わせろ。ギルドに連絡を入れる隙を与えずに、あの亜人共を殺して迷い人を攫って来るのじゃ。
大賢者の妾風情が、虎の威を借りて威張りよって。ギルドの力が無ければ、ただの亜人の娘じゃ。
そうじゃ、アベーレ、隷属の首輪を付けて好きに弄んでも良いぞ。盗賊の格好をする褒美じゃ。悔やんで死ぬまで遊んでやれ』
『はい、枢機卿猊下。有り難き幸せ。存分に弄んでやります』
アベーレと呼ばれた全身鎧の男は、自分の性癖が満たせることに満面の笑みを押さえることが出来なかった。
……
枢機卿の部屋から退出した男、アベーレは教会騎士団長室に戻った。
がっしりとした執務机の後ろの壁には、聖♀字正教旗と教会騎士団旗が掛かっている。そして、その中央には、枢機卿麾下である証の赤い♀字架が彫刻されたヒーターシールドと♀字型のロングソードが飾られていた。
アベーレが団長の席に座ると、共に冒険者ギルドに向かった男が机の前に立った。副団長のバルナバである。
『猊下の命令であのエルフ共を襲う事になった。迷い人を拐い、エルフ共を弄んだ後に皆殺しにしろと仰せだ。どこか良い場所はあるか?』
『アベーレ団長、総本部はこの王都から南の、ディアボリモンス山脈のマウントテンプルダンジョンに在ると噂されてます。なので恐らくユマララプシ方面へ南西に流れていく川沿いの街道を進み、途中のサガタウン辺りからダンジョンの方に向かうかと思われます』
『サガタウン……昔、大賢者が住んでいたという伝説が残っている町か。では、街道から離れた後、どこかの峠で待ち伏せるか?』
『では、すぐに斥候を出して場所の選定をさせます』
エリザベートside
冒険者ギルドの裏にある隠れ家に移動して、今夜はここに泊まることにした。マリアに紅茶を入れてもらい、トーマスとジャックは夕食の準備をしている。ヒロと2人、ソファーでゆっくりとしているとマリアが窓の方へ歩いて行った。
彼女が窓を開け、左手を外に出すと手首のところに一羽のハトがとまる。影部隊からの連絡だ。マリアは足首に付いている紙を外し、ハトを外に逃がした後、紙に目を通す。
『エリザベート様、影の者よりこちらが』
マリアから手渡されたメモを見ると私は思わず破顔する。
『あら、私、隷属の首輪を付けられて教会騎士に
『まぁ、隷属の首輪を
『ちゃんとお返ししてあげないとね。わざわざ盗賊にコスプレしてまで襲ってくれるらしいから』
『この事はヒロ様には?』
『う〜ん、話しても良いけど、こちらと違って地球は命の価値が重いらしいのよね。大賢者様も、初めて人を殺した時ショックが大きかったと言っていたし、もう少し慣れてからのほうが良いかしら?』
と、車から持って来たタブレットで、以前購入した小説を読んでいるヒロに視線をやった。
「エリザベートさん、あの老人がまた何か言ってきたのですか?」
「あら、何でそう思ったの?」
「大笑いしてるけど、でも、眼は戦いに行く奴の目に成ってますよ」
「うふふ、案外鋭いのね。でも大丈夫よ。相手にもならないわ」
「それでも俺も噛ませてもらいますよ。俺を拐いに来るんでしょ?」
「私を奴隷にして
「俺は平和主義者のつもりだけど、向けられた悪意に対して、両手を上げて許しを請うだけのお人よしでもないですよ。
国民を守るための技術を10年掛けて自衛隊で学んだし、3歳の時から自分の身を守るための術をじいさんから叩き込まれています。
それにおそらくこちらの世界には無い道具もいくつか持ってきています。少しは役に立つと思いますけど?」
「あら、今回はフロスウエスト村の盗賊のように、殺さずに捕まえて奴隷商に売るなんて出来ないわよ。殺した証拠も残さずに消えてもらうのだから」
「あの時は子供を救うのが1番の目的でしたから、ああしただけで、殺さずに捕まえようなんて考えてもいなかったですよ。子供を救った後はレオン達が殺すと思ってました」
「あら、そうなの?命は地球より重いんじゃないの?」
私の言葉に、ヒロは眉を
「なんか思い違いしてるみたいですけど、俺は元兵士です。自分の一瞬の
「わかったわ、今回は襲撃を避けることも出来ないし、逃がすことも出来ない。殲滅した後、きれいに証拠も消して永遠に行方不明になってもらうしかないの」
「なんでそこまで?」
「奴ら、かなりしつこいのよ。殺せば次々と新手を送ってくる。逃げればいつまでも追ってくる。命令を果たさないと元の隊に戻れないから、駄目でしたで済ましてくれない。しかも命令を出した奴が撤回しても、もし死んで居なくなっても命令は消えない。命令された奴にとって、上の人からの命令では無く神様からの命令で、成功すれば神様のもとへ、失敗すれば地獄へ落ちるそうよ」
「よくもまあ、そんな奴らに喧嘩売るなんて……」
心底呆れたような表情で彼は言った。
「売ったんじゃなくて買っただけよ」
「はいはい、襲撃地点とか判ってます?」
「ええ、街道から離れて半日、途中にある少し険しい峠の頂き辺りらしいわ」
「地図とか有りますか?」
私はトーマスとジャックを呼んでもらい、地図をテーブルに広げ全員で見る。以前、大賢者様に見せてもらった地球の物と比べるとかなり大雑把な地図だ。等高線等もない手書きの地図だ。
ヒロside
「ここから峠の頂まで急な山道で真っ直ぐ馬車で登れないから、このつづら折りの道を登っていくの。馬車一台が通れる幅で反対から馬車が来たらところどころにある待機帯ですれ違うのよ。木も少なくて見晴らし良くて待ち伏せには適さないわ」
指でつづら折れの道を差しながらエリザベートが説明する。
「この峠の頂の右側が岩山で3~5mぐらいの崖になってるわ」
右側の一帯を指でぐるっと差す。
「反対の左側は急斜面の山ね。木が多く生えてるけど、今の時期はもう葉っぱは落ちて見通し良過ぎて待ち伏せには向かないわね。そしてこの頂で右の岩山に沿って道は右に曲がり下っていくの。待ち伏せするならこの岩陰かしら。登り道からは見えないしね」
「ならこの岩山の崖の上に、弓部隊とか隠れる場所有りますか?」
「普通に隠れられると思うわ。それにおそらく少し下の方の森の中に伏兵を潜ませて、前後で挟み撃ちしてくるんじゃないかしら」
「でしょうね。ところでこの世界に遠くの人に連絡するような魔法って有ります?」
「荷物や手紙を送る魔法陣があるけど、使うと結構光るから陣幕の内側ならともかく、それも最前線で使うなんて聞いたことないわね。手旗信号とかのろしとか、後はテイマーが鳥の足に手紙を付けて運ぶとか……でもテイマーが居ると言う報告は受けて無いわ。もし居てもそっちはうちの影部隊に始末させるわ」
「影部隊って?」
「居なかったら、襲撃計画なんて情報は流れて来ないわよ」
「確かに……」
「あそこの使用人、修道女・修道士って言ったかしら、みんな
「え?みんな?」
「そうよ、現地採用の下働きだけじゃ無く、本国から連れて来られた修道女・修道士もほぼ全員ね」
「どれだけ食い込んでるんですか」
「そうじゃなきゃ
「家政婦って……では道中の偵察兵はお任せして、現場の偵察兵はそんな遠くにいるわけじゃないだろうし……お互いに視認できる距離で、山裾から登ってくる馬車を監視できる場所となるとこの辺りか?」
と、伏兵が隠れそうだとエリザベートが指し示した地点の少し下の辺りを指さす。
「斥候は、この辺りの木の上にでも登って状況を崖の上の兵に伝え、待ち伏せしてる本隊に伝えてもらうってところか。じゃぁ俺は山の反対側から登って崖と伏兵、それと斥候を攻撃できる場所で戦闘が始まるまで待機します。敵が攻撃を開始する瞬間に崖の上をせん滅。まぁ、後の先って奴です。馬車には攻撃させませんよ。次に伏兵。そして斥候を狙撃します。距離も100~300m、斥候も500m程度でしょうから、まず外すことも無いです。エリザベートさん達に本隊の方を任せても大丈夫ですか?」
「あら、トーマスもマリアもSランク冒険者よ。教会騎士程度なら百人居ても大丈夫よ」
「え?あのふたりってそんなに強いのですか?」
慌ててトーマスとマリアに視線を向けると、言葉は分からないが何を言われているかは理解したようで、にこっと笑みを返された。
「だから護衛もつけずに旅が出来るのよ。それに私もそこそこやれるつもりだしね」
と不敵に笑う。もしかしたらこの人が一番強いのかもしれない。
------
日曜と木曜に掲載予定です。
会話の「」内は基本地球の言語を、『』内は異世界での言語という風に表現しています。お互いの言語学習が進むと理解出来る単語が増えて読める様になって行きます。
youtubeで朗読させてみました。
https://www.youtube.com/playlist?list=PLosAvCWl3J4R2N6H5S1yxW7R3I4sZ4gy9
小説家になろうでも掲載しています。
https://ncode.syosetu.com/n3026hz/
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます