第12話 枢機卿 ガイア1815年11月16日
エリザベートside
『これはエリザベート殿、お久しぶりでございます』
『枢機卿猊下、お久しぶりでございます。猊下ほどの方が冒険者ギルドの様な、下賤な所へ御自ら来られるとは如何したのでしょうか?』
嫌味を言われていることを理解したのだろう。片眉が上がり、頬がぴくぴくと動く。
『如何したとは……我らが教祖様と同じ地球から来られた、迷い人殿を迎えに来たのですよ』
『いえいえ、彼には総本部にて、こちらの常識と言葉を教えた後に、好きな場所で過ごしてもらう予定になっていますし、彼も同意してますよ』
すると彼は片目を細め、穢らわしいものを見る目で吐き捨てる。
『薄汚れた亜人共の間違った常識を教えられても、迷い人殿もさぞや困ったことになるでしょうな。人族には人族の正しい知識を学んでもらわなければ』
『ほう、薄汚れたと』
「Carissime Earthling, visne mecum venire ad Ecclesiam orthodoxam S. Femina Nota?」
枢機卿は私を無視してヒロに向かって話しかけたが、ヒロは困惑していた。
「ヒロ?」
「いや、こっちの言葉では無いとは判るけど、なんと言ってるか分からなくて……」
「地球のラテ語よ。こちらでは聖♀字正教国の公用語だわ」
「は?ラテ語なんて、俺の住んでいた時代では使われなくなって久しい言語ですよ。俺は日本語と英語が少ししか分からないのに、なんで、俺にラテ語で話し掛けて来てるんです?」
『何を彼と話してる?私は直接彼と話し、我が国へと誘っているのだ。邪魔立ては無用じゃ』
『邪魔立てとは……彼はラテ語は分からないと言ってますよ』
私の言葉に彼は激高した。
『分からないとは嘘を申すな!地球から来た人族でラテ語が通じない訳があるものか!』
『以前、大賢者様からお聞きしましたが、地球では6900もの言語が有るそうですよ。共通語で統一されているガイアとは違うのです。国毎、地域毎に言葉が違うそうですよ。』
『なら何故、貴殿は彼と話が出来るのじゃ?』
杖を床にガシガシと叩きつけながら、私に問うてきた。
『大賢者様が生きておられた時に、主要な地球の言葉を数種類教えていただきましたので。彼はその中の1つの言葉を喋ってます。それでも240年前に現れた迷い人は、言葉が一切通用せず大変な思いをしましたが』
『ちっ、では彼に聞いてくれ。この世界で唯一、神の教えに導かれ、シエス・カリストの子として暮らしている我が国に来ないかと』
『へぇ、薄汚い亜人に頼むのですか?まぁ良いでしょう』
「ヒロ、この世界唯一のカリスト教国で暮らさないかと誘われてるわよ」
「カリスト教?俺の住んでいた頃のカリスト教なら良いけど、中世の血に狂ったカリスト教ならお断りかな」
「中世?」
「ああ、カリスト教以外の宗教を悪魔の教えだと戦争を仕掛け、改宗すれば奴隷、拒否するなら皆殺し。同じカリスト教でも、自分達と派閥が違えば邪教として殲滅。♀字軍という名前の軍隊で色んな国に攻め入っていた時代の事です」
「あ……確か聖♀字正教国の始まりは♀字軍と言っていたはず……」
「なら、お断り」
ヒロはきっぱりとした顔でそう答えた。
『ヒロは、行かないと言っています』
『貴殿、なにか奴に吹き込んだな?』
『この世界唯一のカリスト教国で暮らさないかと誘われてるわよ、としか言ってませんよ』
『では何故?』
「ヒロ、あなたはカリスト教徒では無いの?」
「違いますよ。俺の国では、ほとんどの国民は無宗教。神様なんて信じている人なんて、ほとんど居ませんよ。人が死んだ時に、成仏出来るように祈るだけです」
『彼はカリスト教徒では無いそうです。神様とか信じていないそうですよ』
『くっ、もう良い。アベーレ!バルナバ!奴を拘束しろ。このまま教国に連れて行く』
『いい加減にしろ、この糞ガキが!』
思わず怒鳴りつけると、糞ガキと言われた事に驚いたのだろう、驚愕の表情を浮かべ、徐々に顔が強張り、こめかみに血管が浮き上がって来た。
『このわしに向かって糞ガキと申すか!』
『60年か?70年か?わずか、それだけしか生きてないのに、偉そうにしてんじゃねえよ。こちとら500年生きてんだよ』
更に頭に血が上ったのであろう、体をわなわなと震わせながら怒鳴り返す。
『亜人風情が偉そうに、教国に逆らって生きていけると思っているのか?』
『へぇ、枢機卿程度が、ギルド総本部事務総長の私相手に喧嘩出来ると思ってるの?
わかったわ。ギルドマスター、私の名前で全てのギルドと全ての政府機関に通達。ギルド総本部は聖♀字正教国からの宣戦布告を受領。これにより全てのギルドは聖♀字正教国より撤退。聖♀字正教国内及び聖♀字正教国政府関係者、全てのギルドカード停止と資産凍結』
『はっ、分かりました。すぐに通達します、エリザベート様』
サンタローザ王国冒険者ギルド本部ギルドマスターのテディ・ベアードが45度の角度に腰を折り拝命する。先程までの温和な顔が一転、緊張で強張ってる。
(ごめんね。いきなり宣戦布告とか、戦争の始まる瞬間を見せつけられたら、そうもなるわよね)
しかし、枢機卿の方は、まだ見下した態度だ。
『はっ笑止。冒険者ギルドなぞ下賤な輩が撤退しようが、何の問題ないわ。逆にせいせいするわ』
『頭だけじゃ無く、耳までおかしくなったのかしら?全てのギルドを撤退させるって言ってんのよ。商業も工業も全てね』
『ふん、冒険者ギルドの事務総長だったか?その程度の立場で、他のギルドを撤退なぞ出来ると自惚れてるのか』
『あら、ギルドカードをどこが開発して、どこが管理してるのか忘れたのかしら?随分と歳の割に老け込んでるけど、脳味噌も老化しちゃったの?坊や。
ギルドカードだけで無く、住民カードも、教国が税金集めたり職員の給料を支払う為に使ってる政府カードも、全て冒険者ギルドが管理してるのよね。それら全部停めて、政府カードに入っている国庫のお金も、各教会の資産も全部凍結するって言ってるのよ。
もちろん、教皇聖下の個人資産も、あなたの個人資産も全部ね』
やっと言われている事を理解したのか、怒りで赤くなっていた顔が青くなって行く。
『待て、そんな事をされたら教皇聖下がどれだけお怒りになるか。我が国を滅ぼすつもりか!』
『それがどうかしたの?宣戦布告という事は、相手を滅ぼすか滅ぼされるかの戦いを起こすということでしょう?
知ってる?冒険者が
『いや、待て!待ってくれ。そもそも私は宣戦布告なぞしてない。私は迷い人を保護しようとしているだけだ』
『ギルド総本部がすでに保護している迷い人を、本人の意思も無視して力ずくで奪おうとしている事自体、ギルド総本部に喧嘩を売っているという事をまだ理解して無いのかしら?このおぼっちゃまは?』
『け、喧嘩だ。僅かな意見の相違による喧嘩だ。戦争など起こすつもりは無い』
『あら、国の力を使って行う喧嘩が戦争でしょ?何か違うかしら?』
するとヒロが銃という杖を持って私と枢機卿の間に入って来た。杖からはガチャっという音が聞こえた。
「なぁ、俺がこいつ等をやろうか?村で見た盗賊と同じ
そう言いながら、ヒロの体から殺気が溢れてきた。今まで出会ったAランクの
『彼が相手するって言ってるけど、どうするの?』
『くそ、今日のところは一旦引かせてもらう。しかし、必ず彼の意志で我が国に来てもらう。帰るぞ』
自分が不利だと悟ったのか、苦虫を噛み潰したような顔でそう言うと、
『ええ、彼の意志でそちらの国に行くのなら止めはしませんわ』
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日曜と木曜に掲載予定です。
会話の「」内は基本地球の言語を、『』内は異世界での言語という風に表現しています。お互いの言語学習が進むと理解出来る単語が増えて読める様になって行きます。
youtubeで朗読させてみました。
https://www.youtube.com/playlist?list=PLosAvCWl3J4R2N6H5S1yxW7R3I4sZ4gy9
小説家になろうでも掲載しています。
https://ncode.syosetu.com/n3026hz/
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