第11話 王都ギルド本部 1815年11月12日〜16日
侯爵の城の客間に泊まらせてもらった。天蓋付きのベッドなんて初めてでびっくりした。まぁ、お付きの人が居るわけでもないので、普通に消灯して天蓋を開けたまま眠った。
この約ひと月の習慣で、夜明け前に起きたのだが誰も朝食に呼びに来ない。
知らない人の家を勝手に動き回るのはまずいだろうと、部屋の中で自衛隊体操をし、座禅を組んで気功法を行った。
これは3歳の時、両親が亡くなって祖父に引き取られたのだが、環境の変化についていけず、俺はずっとふさぎ込んでいたそうだ。そんな俺を部屋から出そうと、祖父は古武術を教えてくれた。
そして気功法は、一番最初に教わったものだ。とにかく毎日やれと言われたので、今でも朝のルーチンワークに組み込んである。自衛隊時代は起床ラッパより早く起きるなと言われたので、布団の中で寝たまま行った。
気功法が終わった後は腕立てや腹筋等も行ったが、終わっても誰も呼びに来ないのでタブレットの中の小説を読んで時間を潰した。メイドが呼びに来たのは、2の鐘が鳴ってからだった。
食事が終わると、侯爵へ出立の挨拶をし、領都を離れた。
出発してすぐ、馬車の中でエリザベートに聞いてみた。
「エリザベートさん、フロスウエスト村では朝食は1の鐘の直前だったのですが、なぜ、今朝は2の鐘からだったのですか?」
「ああ、それはね、使用人のみんなが仕事を始めるのが1の鐘からなのよ。食事を作るのもね。
1の鐘から玄関や応接間等の表向きの部屋の掃除を始めて、手の空いた者から交代しながら朝食を摂るの。そして、2の鐘で
掃除をしている所をゲストが見ちゃうと、メイドたちに迷惑が掛かるから、早く起きても部屋から出ちゃだめよ。」
「そうなんですね。確かに焼き立ての白パンが出てましたが、あれを1の鐘で出そうと思うと、コックさんは夜中から働くことになりますね。」
……
エリザベートの馬車は、アニメ等の異世界物でよくネタにされるような、お尻が壊れるような事もなく、柔らかい上質のソファーの様なシートに、
最初、ゆらゆらと揺れる感覚に船酔いしてしまったが、慣れれば快適だった。馬車なのに船酔い……そうとしか言いようの無いフワフワした揺れだったのだ。
「ねえ、エリザベートさん。この世界の馬車って、皆んな、こんな風に乗り心地が良いのですか?」
「違うわよ。この馬車は大賢者様が自分の為に造った、世界で1台だけの馬車よ。他の冒険者ギルドの馬車は、全部板バネよ。それでも、王族や貴族が乗ってる馬車より乗り心地が良いわね」
「ええ?王族が寄越せっとか言って来ないんですか?」
「欲しければ勝手に真似しなさいって言い返してるわよ。まあ、まだどこも真似られて無いわね」
移動している間に、この世界のことを色々と聞いた。
まず、今俺たちが居る国はサンタローザ王国。330年前に出来た1番若い国家だそうだ。
そして、この世界もこの大陸も全てガイアと呼ばれている。元号もガイアだ。
これは1800年程前に大陸を統一したガイア王国が決めたそうだ。天と地の女神ガイアにあやかっている。言語もこの王国が統一したので、
長い年月の間にガイア王国の力が落ち、いつの間にか消滅した後、大陸全土が都市単位の小国ばかりになったらしい。そして、今いるこのサンタローザ王国の南西に、1000年程前、出来たのがユマララプシ王国。ここも最初は都市国家で、領土を大きくするつもりは無かったそうだが、600年前に転移してきた迷い人が、人族至上主義の国家をこのサンタローザ王国の南側に建国した。
人族至上主義国家が建国した地域は元々人族が多かった所で、彼らは獣人やエルフ・ドワーフ等、亜人を全て奴隷にするという非人道的な政策を推し進めた。その政策から亜人は周辺の国々へ逃げ出したのだが、逃げた亜人を追って、その国家は侵略戦争を始めた。
亜人が多く住んでいたユマララプシ王国は、周辺諸国からの救援要請に応じて、その国と長年戦争をしたらしい。戦端の長期化から、周辺諸国はユマララプシ王国の傘下に入り、領土と国民を守る代わりに1つの大国に。
一方、このサンタローザ王国周辺は、変わらず小国単位で防戦していたが、大軍で来て略奪と亜人誘拐を繰り返す人族至上主義国家に悩まされていた。そんな中、アメリカから来た迷い人の家族が、自分の農園を守る為、周辺の部族や都市国家と協力して戦った。その結果、南の山脈まで人族至上主義国家を押し返すことが出来たそうだ。
先陣を切って戦った迷い人の息子が、救国の英雄として祭られ、サンタローザ王国を建国することになった。一緒に戦った周辺の部族や都市国家も王国に加わった。それ以来、小競り合いは有るものの比較的安定しているらしい。
侯爵の城を出てからは、2時間おきにディメンションホールの中に居る馬と繋ぎ変えた。二頭立ての馬車なので3組6頭の馬が、2時間走って4時間休むというローテーションだ。ディメンションホールの中では、助手が水をやったり、身体の汗を拭いてやったりしていた。
途中の村や街に寄ることもなく、夜になればディメンションホールの中にみんなで入る。中の家で食事をし、風呂に入って寝る というのを繰り返した。
王都まで馬車で8日掛かると聞いていたのに、僅か5日で到着してしまったのだ。
ちなみに馬車の運転をしてる御者の男性と、馬車の中で色々お世話をしてくれるメイドさんは夫婦らしく、御者の手伝いをしてる少年は息子らしい。3人とも金髪碧眼で、ザ・アングロサクソンという顔をしてるが、迷い人でもその子孫でも無いらしい。そして家族揃ってギルドの職員ではなく、エリザベートの個人的な使用人だとか。
名前にフォンと有ったから、やっぱりエリザベートは貴族なのだろうか?
それにしてもこの御者をしている男性、夕方になると助手の息子に手綱を預けて食事を作ってくれるのだが、これが美味い。旅の途中だから当然品数も少なく、凝った料理も出てこない。なのに先日の侯爵家で食べた料理より美味しい。
エリザベートに彼は料理人か?と尋ねたら「執事よ」と帰ってきた。
(来た〜〜〜セバスチャン!)
と内心喜んだが、トーマスという名前らしい。トムソーヤかい……心の中で突っ込んだが、名前だけで名字は特に教えてくれなかった。もしかして名字が有るのは貴族だけかも知れない。そしてメイドがマリア、助手がジャックという名前だった。
馬車が王都に着くと、王城では無く王都冒険者ギルド本部へと向かった。
王都に来る度、王様に挨拶に行くと頻度が多過ぎてお互いに仕事に支障が出るらしい。
エリザベートは王様では無く、王都ギルドマスターに用事が有るという。その用事が終わるまでの間、入って右手にある食堂で、軽い食事か飲み物でも飲んで待ってて欲しいと言われた。
メイドのマリアが、紅茶を購入して席まで持って来てくれた。壁を背に席に座ると、マリアは持っている籠から小さな壺とクッキーを出し、カップの横に添えてくれた。村でも出してくれた砂糖だ。個人で用意するという事は、やはり砂糖は高級品なのだろう。スプーン1杯の砂糖を入れると、マリアに砂糖を返す。
エリザベート達が2階に上がっていくのを見送りながら、ゆっくりと紅茶を楽しむ。
夕方だからなのか、冒険終わりの人たちがカウンターの前に行列を作っている。そして、持ってきた品物を受付カウンターでお金と交換している。中には大人が二人ぐらい入れそうな大きさの背嚢を背負っている人も居る。肉の塊だったり、毛皮だったり……鉱石を出している人も居る。そして、エリノアが渡してきた石、あれと同じような物を、ほとんどの冒険者が買い取ってもらっている。
(ああ、出会った時、エリノアが渡してきた石は、ここで買い取って貰えるのか。だから、渡してきたんだな。じゃあ、キャンピングカーでひき殺したゴブリンも、腹を裂いて石を取り出していたらお金になったのか。ちょっともったいないな)
そんな風に、ギルドの中の様子を見ながら紅茶を楽しんでいると、10代後半ぐらいの男が近寄って来た。知らない男と話す趣味は無いし、まだ片言でしか話せない。
無視して紅茶を飲んでると話し掛けて来た。早口で何を言っているのか分からないが、イヤに威圧的な態度だ。こんな奴に俺は用は無い。
ため息をつきながら無視をする。
話し掛けてくる。
無視をする。
話し掛けてくる。
無視をする。
だんだん男の声が大きくなってくる。
突然、俺の持っているティーカップに向けて、右手が左へと振払われて来た。手の大きさの分だけ、カップとクッキーの入った皿を上に上げて空振りさせる。
顔を真っ赤にさせて、今度は左手でカップを叩きに来た。カップとクッキーの入った皿を右に避け、隣の椅子の上に置く。
また、空振って激しくテーブルを叩いた男は、腰に
その隙に男の後ろへと回る。男の腰を両手でホールドすると、そのままのけぞり、ジャーマンスープレックスホールドを決めた。後頭部と首を床に打ち付け、白目を剝いて気絶した。
投げられたままの姿で床に倒れている男を無視して、テーブルを元に戻す。隣の椅子に置いたカップを見ると横に倒れており、紅茶が全部こぼれていた。
もったいないと落ち込みながら元の椅子に座ると、騒動を聞き付けたのか、エリザベートが二階から降りてきた。後ろから頭の薄い男も付いてきて顔をしかめている。
(嫌そうな顔をされても、こちらは被害者だ。文句は絡んだ方に言ってくれ。)
はげたおっさんは、後頭部を床に付け、お尻が天井を向き、両膝が顔の横に有る、「つ」の字状態の男を見ながら職員と少し話した後、なにか指示した。
襲ってきた男は職員数人に手足を持たれ、粗大ごみの様に雑に1階事務所裏に連れて行かれた。
俺は、これ以上問題を起こされてはかなわないという表情のエリザベートに、2階の部屋へと連行された。
2階の部屋に入ると、はげたおっさんを紹介してくれた。熊獣人のテディ・ベアード、彼がこのサンタローザ王国冒険者ギルド本部のギルドマスターだった。
彼に事の顛末を説明する。
「いきなり剣で切りかかってきたので、鎮圧しただけです」
ギルドマスターとエリザベートは頭を抱えていたが、ため息をつくとギルドマスターは
「奴は登録して、わずか3年ちょっとでCランクに駆け上がった期待のルーキーなんだが、早い昇進に図に乗っていたようだ。
年上で下のランクの者を馬鹿にして、よくトラブルを起こしてた。
そろそろ処分をしようと検討してたんだが、まぁ良い機会だ。ギルド内で剣を抜いた罰として1年間ランクの2段階降下(C→E)、罰金金貨3枚でどうだろう?(エリザベート訳)」
金貨とか意味が分からないが、エリザベートが頷いたので俺も頷く。
そのまま二人は先程までの話を始めたようだが、特に通訳されることも無かったので、マリアが淹れてくれた紅茶を飲みクッキーを摘んだ。握手をする二人を見て、話し合いの終わりを悟る。
するとドアがノックされ、外から職員が何かを告げた。
「ヒロ、客が来たようだから私達は帰りましょう」
席を立ち、挨拶をしてドアに向かうと、突然ドアが開き、純白に金の模様が付いた金属鎧の男が入って来た。続いて、樽のような体形をした老人も入って来る。赤い生地に金の刺繍が所狭しと施された
『おえあエリザベートおお、おいあいういえおあいあう』
老人がエリザベートに話し掛けて来た。
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日曜と木曜に掲載予定です。
会話の「」内は基本地球の言語を、『』内は異世界での言語という風に表現しています。お互いの言語学習が進むと理解出来る単語が増えて読める様になって行きます。
youtubeで朗読させてみました。
https://www.youtube.com/playlist?list=PLosAvCWl3J4R2N6H5S1yxW7R3I4sZ4gy9
小説家になろうでも掲載しています。
https://ncode.syosetu.com/n3026hz/
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