第10話 迷い人 後編 ガイア1815年11月11日


「で、この後のことなんだけど、ヒロはどうするの?」

「出来れば、こちらの言葉を教えて欲しいと思ってます」


 俺の言葉に、エリザベートは嬉しそうに頷いた。

 

「じゃぁ、このまま出発しましょう。荷物は馬車に積んで、挨拶が終わったら出発するわよ」

「いえ、荷物は自分の車があるので大丈夫です」

「あら、もう自分の馬車を持ってるの?」


 エリザベートは片眉を上げ、意外そうな顔で俺を見て来た。

 

「いえ、馬車じゃないです。さっき、レオンの家の横に置いてあるの見ませんでしたか?」

「え?あの鉄の塊みたいなのが貴方の車なの?どうやって馬で引くの?というか馬で動かせるの?」

「馬は必要ありません。あの車、単体で動きます」


 俺の言葉に、なにかを思い出したように前のめりになりながら聞いてきた。

 

「もしかして、大賢者様が造ろうとして断念した、自動車って物なの?」

「多分、そうですよ。やっぱりこの世界には自動車は有りませんか?」

「ええ、まだ無いわ。貴族や王族に見られたら取り上げられるかも知れないわね」

「いや、それは困ります」

「まぁ、ヒロが名前を上げて、総本部が後ろに居るって知れ渡れば、よっぽど大丈夫よ。それまでは使用禁止ね」

「そんなぁ……」


 俺の困った顔を見て、面白そうに笑いながら立ち上がる。

 

「取り敢えず、その車の所に行きましょう。大丈夫、ちゃんと隠して運べるから」


 そう言うと、エリザベートは代官屋敷から外に出た。そしてレオンの家の前まで行くと、キャンピングカーをジロジロと見る。


「デカイわね。背も高いし、長さも長い。20人か30人ぐらい乗れるの?」

「いえ、乗車6人、就寝6人ですよ」

「こんなに大きいのに、6人しか乗れないの?それに就寝って、中で寝られるの?」

「ええ、移動して行った先で、ご飯作って泊まれる車です。トイレも有りますよ」

「ちょっと中を見せてもらっても良い?」

「どうぞ」


 そこからキャンピングカー内覧会が始まった。エリザベートだけで無く、御者の男性もメイドの女性も興奮して中々終わらなかった。終わったのは、5の鐘でリオンが声を掛けてきたからだった。


「あら、ごめんなさい。今日中にノードフロスに行って、マイヤー侯爵に挨拶しないといけないの。ヒロ、ディメンションホールを開けるから、そこにこの車を入れて」

「ディメンションホール?」

「見てればすぐに分かるわよ」


 そう言うと車から降りて、車の前で呪文を唱えた。するとそこには黒い壁の様なものが広がった。


「この中は亜空間と繋がっていて、その車でも入れるわ」


 恐る恐る手で触れてみると、何の抵抗も無く手が吸い込まれた。手を引っ張り出すとちゃんと手はある。今度は頭を入れてみると、そこには家が有り、馬房には馬が4頭居る。馬車も2台ある。


「何ですか?これ」

「ディメンションホールよ。亜空間を固定して利用する魔法よ」

「アイテムボックスですか?」

「アイテムボックスの上位魔法ね。あれは、時間の経過は無いし、生き物は入れれないわ。これは時間が進むから、生き物も入れれるの」

「だから、中に馬が居るんですね」

「時間が進むから、ちゃんと水やったり餌を用意したりしないといけないけどね。じゃあヒロ、中にその車入れて」


 御者の男性の誘導で、中に入れて駐車する。キャンピングカーを仕舞えば、俺の準備は終わりだ。


 エリザベートがレオン達に俺を連れて出て行く事を伝えたのだろう。エリカが泣きながら俺にしがみついた。


『ヒロ、駄目!いああいえヒロ!』


 説得しようとしたのだろうか、レオンが話しかけるとエリカはレオンを睨み、俺の後ろに隠れ、大声で泣き叫んでいた。


「エリザベートさん、通訳してもらえませんか?


 エリカちゃん、この世界の言葉を覚えたら、必ずこの村に帰ってくるから待っててくれないかな?」


 エリザベートが訳してくれたが、エリカは『やだ!私あ教えるお』と言ってさらに強く抱きつく。俺は体をひねってエリカの頭を撫でる。しばらく無言で撫でていると、小さな声で問い掛けて来た。エリザベートの方を見ると訳してくれた。


「絶対に帰ってくる?約束してくれる?って言ってるわ」

『エリカ、俺、約束』


 そう言ってエリカの小指と俺の小指を絡ませた。


「これは俺の国で、約束を絶対に守るという誓いのまじない。必ず戻ってくるから」


 エリザベートが訳すと、エリカは抱き着いた腕の力を緩め、俺の顔を見上げながら

 

『絶対、約束あお』

 

 と言ってくれた。俺はまたエリカの頭を撫でるとレオンの方に背を押した。エリカはレオンに抱き付き、それでもまだ泣きながら見送ってくれた。


 村を出た馬車は、まず一番近くの街へと向かった。7の鐘ぎりぎりに到着した。フロスウエスト村を含むこの辺り一帯を治める侯爵が住む街で、領都ノードフロスらしい。


 領都に着き、門を入る時に初めてギルドカードを使った。魔力を流して淡く光らせた後、手渡すと、門兵は白いタブレットのような物の上にカードを載せる。すると、すぐに緑色の丸が浮かび検問は終わった。呆気ないものだった。後は軽く馬車の中や荷台をチェックして終了。

 (ディメンションホールの中の物は大丈夫か?)と心配したが、彼らが何も言わないのでそのまま通り抜けた。

 

 門を抜けた後、侯爵の住むお城へと向かった。元々、ここは小さな王国の首都だったらしい。サンタローザ王国が建国される時、国ごと傘下に加わり、その報奨として領土安堵と侯爵の地位を与えられたとか。その為、館ではなく城がこの街にはあるのだそうだ。

 

 今回、城に向かうのは村の代官屋敷を借りたり、色々と便宜を図ってもらったお礼だとか。

 

 応接間で侯爵と会うのかと思っていたら晩餐会だった。

 確かに街中を移動中に、7の鐘が鳴ったので夕食の時間だが、何故こんなにもタイミング良くパーティが開かれているのだろう?

 エリザベートにこっそり聞いてみた所、「昨日突然、前触れも無く、エリザベートが侯爵を訪ねてきたので、なにも歓迎が出来なかった。だから侯爵は、今日、急遽晩餐会を開いた」らしい。

 

「歓迎なんて必要なかったから、前触れを出さなかったのに」

 

 っと呟いていたが、それって貴族社会じゃ相当失礼な行動なのでは?

 まぁ、実際の貴族社会なんて知らないけど。小説の中で、本屋になりたい貴族の養女様が言っていたから、きっと失礼なのだろう。日本でも飛び込み営業しか手段の無い、恥も外聞も無い零細企業以外は、アポを取ってから訪問するものだし……。断ったが押し切られて申し訳無いと謝られた。

 

 まぁ、ろくに喋れない俺をエリザベートが盾役になって庇ってくれたので、俺は出された料理を美味しそうに食べて、時折料理を絶賛し、ニコニコと楽しそうに微笑んでいるうちに終わった。

 豪華な鎧を着た青年が、やたら昨日の盗賊退治の事を聞いてきてたが、エリザベートがうまく対応してくれた。


 晩餐会は8の鐘で終わった。客間に案内され、部屋に備え付けのお風呂に入った。そういえば、この世界に来て初めて風呂に入った。いつもはエリカ達が用意してくれるお湯にタオルを浸して体を拭いたり、キャンピングカーのシャワーを使っていた。湯船に浸かるのは久し振りで心地良かった。


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日曜と木曜に掲載予定です。


会話の「」内は基本地球の言語を、『』内は異世界での言語という風に表現しています。お互いの言語学習が進むと理解出来る単語が増えて読める様になって行きます。


youtubeで朗読させてみました。

https://www.youtube.com/playlist?list=PLosAvCWl3J4R2N6H5S1yxW7R3I4sZ4gy9


小説家になろうでも掲載しています。

https://ncode.syosetu.com/n3026hz/

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