第9話 迷い人 中編 ガイア1815年11月11日
「言葉よ。今、この世界に日本語を理解できる人は私と大賢者様の二人だけ」
「あ……」
俺の反応を見定めるように、エリザベートの目が俺を見つめている。
「この村の人のように、お互いに言葉が分からない状態でこちらの言葉を覚えていくより、日本語がわかる私にこちらの言葉を教わった方が早いと思わない?」
口角が更に上がりこちらを見つめてくる。
「それは大変有り難いのですが、エリザベートさんのメリットはなにか有るのですか?」
質問に質問で返した俺へ、エリザベートはにっこりと微笑んで答えた。
「1つ目は大賢者様の意志だからよ。
彼はこちらの世界に来た時に、誰も教えてくれる人が居ない中、苦労をして言葉を覚えたそうよ。だから、自分の後に来る人には、そんな苦労をさせたくないと冒険者ギルドに迷い人を探させているの。
2つ目はあなた達の知識よ。
あなたの前に来た人は、イタリアから来てチーズを発展させてくれたわ。
その前の人は遊牧民ね。牧畜と毛糸・フェルトを広めてくれた。
その前の人はアメリカ人で、小麦とライ麦、それにいろんな野菜の種を持ってきてくれたわね。
その前は大賢者様、魔法を発展させ、魔法陣を開発して魔導具や魔術具を生み出してくれたの」
「そんな事を期待されても、俺は元自衛隊……元軍人でただの猟師です。そんな、役に立てるような知識なんて有りませんよ」
俺の言葉にエリザベートは意外そうな顔をした。
「あら、先程500m離れていても攻撃出来ると言っていたわよね?その技術が広まれば、より安全に狩りができるわ」
エリザベートの言葉に、俺の顔は強張る。
「それは駄目です。この村で感じた技術水準ではおそらく実現不可能です。もし可能でも拡げる訳にはいきません。軍事バランスが崩れて大きな戦争が起こってしまうでしょう。
この技術を知れば、すぐにより強力な武器が開発されて、5㎞も6㎞も先から攻撃出来るようになります。今までは目の前の敵と戦っていたのに、目の前に居ない、どこに居るかも分からない敵から、一方的に攻撃されるようになります。
強すぎる武器を持つと、人はそれを使いたい欲望に負けてしまいます。それは地球の歴史が証明しています」
そう、1543年ごろ種子島に伝来した火縄銃は、わずか1~2年でコピーされ、国内各地で製造されるようになる。すると、各地の大名はこぞって火縄銃を購入し、
さらに1614年の大阪冬の陣では、射程距離6.3㎞を誇るカルバリン砲で大阪城本丸が攻撃され、豊臣方は降伏している。
原爆を作ったアメリカもそう、人間は強い力を持つと使いたいという欲求にあらがえないのだ。
「狩りにしか使用できない銃を作ることが出来るのなら、いくらでも教えます。でも、今は人に向けて撃つことが出来ます。
俺の持ってる銃では出来ませんが、銃の種類によっては一分間に千発、物によっては1万発、弾を発射して人の命を奪います。人が密集している所なら、右から左へと手を動かすだけで、何十何百という人が一瞬で死んでしまいます。
それも、ろくに訓練も受けていない一般人でも出来ちゃうんです。そんな物をエリザベートさんは向けられたいと思いますか?」
俺の言葉に、エリザベートの顔が強張っていく。
「その銃というのが、あなたの持っている不思議な杖の事かしら?」
「そうです。地球ではこの銃が広まった為に、自分が殺される前に敵を殺し尽くせば良いと、新たな武器が開発され続けたんです。
今ではたった一発で数十万数百万の人が殺せる武器が開発され拡まってます」
あまりの数字の大きさに、エリザベートは目を見開き、驚いている。
「首都クラスの都市が一発の武器で?神級の広域魔法並みね」
「一つの国が独占したら、きっとこの世界はその国に統一されるでしょう。世界各国に拡がれば、終わることの無い、戦いの日々になるかも知れません。
今、俺の居た地球はそんな状況です」
俺の言葉に、エリザベートは不思議そうな顔をした。
「え?大賢者様から聞いた日本って、もっと安全な国だって聞いてたわ」
「日本だけを見れば安全な国ですよ。でも、地球全体を見れば、内戦を含めると戦争の起こっていない時はありません。日本も約百年前に太平洋戦争という戦いを周辺各国と、しかも同時に起こしています。そんな無謀な戦いを起こして負けた為、今度は専守防衛が出来る最低限の武装をして、経済力で身を守り、他国と共存する戦いに方向を変えたんです」
「そうなのね……」
「ですから、一方的な暴力から身を守る為の戦いぐらいしか、協力するつもりは有りません」
「分かったわ。総本部に戻ったら大賢者様の意見も聞いて、なんとか狩りだけに使用出来るようにならないか相談してみるわ」
エリザベートは疲れた顔をして、紅茶に手を伸ばした。口をつけたエリザベートは、そっとカップをテーブルに置くとメイドに視線を送る。俺も紅茶に手を伸ばすと、すでに冷めきっていた。
(まぁ、軽い気持ちで言った事に、こんなに反論されるとは思って無かったんだろうなぁ。昨日の盗賊みたいな奴等相手なら、遠慮なく撃てるんだけど)
そう考えながら、
「ところでさっき、アメリカから来た人が居たと言ってましたが、その人達は銃を持ってなかったのですか?日本よりずっと多くの人が銃を持っている国なのですが……」
「彼等を保護出来たのは、転移してから1年以上経ってからなの。会った時は、木こり用の斧と牧草用のピッチフォークで戦ってたわ」
(もしかしたら、その1年の間に弾薬が切れたのかも……)
両手でライフルを構える格好をして
「こんな風に構えて使う、細長い鉄と木で出来た武器を持ってませんでしたか?」
「そういえば大賢者様も聞いていたけど、途中で使えなくなって、鈍器として使っていたら壊れてしまったとか言ってたわ」
「それでこちらの世界に、銃が伝わって無いのですね」
「あら、彼等もその銃という奴を持っていたの?」
「性能はかなり違いますが、同じ原理です」
「そうなのね。でもそれが無くても国を興せたんだから、この世界には不必要な物だったのかもね」
「そうかも知れません。ところで先程から何度も出てくる迷い人って何なのですか?」
エリザベートは、メイドが淹れ直してくれた紅茶に手を伸ばしながら「あら、まだ話してなかったかしら?」と、説明してくれた。
「あなたや大賢者様の様に地球から来た人のことよ。120年に1度、この世界に来る人たちの事を迷い人って呼んでるの。みんな霧に包まれて、晴れたらこの世界に居たって言ってるわ」
「え、120年に1度ですか?そんな稀な事に巻き込まれたのですか……で、地球へ帰る方法って有るんですか?まさか魔王を倒せとか?」
俺の言葉に眼を見開いて驚いている。
「え?魔王なんて居ないわよ」
「あ、そうなんですか?日本の物語だと、異世界に転移する目的が魔王を倒す事ってのが定番なんですよ」
俺の言葉に可笑しそうに笑う。
「うふふ、そうなのね。でも残念ね、魔王なんて居ないわ。それに申し訳無いのだけど、実は地球へ帰る方法って見つかってないのよ」
笑顔から、すぐに申し訳無さそうな顔に変わった。
「う……そうなんですか?では、今まで転移してきた人は?」
「私が知っている限り、全員こっちで寿命を全うして亡くなってるわ」
「そうなんですか……」
エリザベートの言葉を聞いて、俺は肩を落とす。
「でも悪い事ばかりじゃないわよ。この国の初代王様は、さっき話したアメリカからの迷い人家族の息子よ。他にも迷い人が興した国もあるわ。ヒロも王様に成れるかもよ?」
「遠慮します。良い暮らしはしたいとは思いますが、王様や貴族とかには成りたいと考えた事もありません」
「あら、この国の初代国王も王様に成ろうと考えて無かったわよ。共和制にして、大統領っていうのを皆んなで選ぼうって言ってたわ」
そう言うと懐かしそうな顔をした。
「なんか見てきたように話しますね」
「えぇ、実際に見てたわよ。彼等も、あなたと一緒で言葉が解からず苦労してたの。だから、私がこっちの言葉を教えて生活出来るように手助けしたわ。そして330年前に建国したわね」
「え?エリザベートさんっていくつなんですか?」
「あら、女性に年齢を聞くの?」
悪い顔で茶化してきた。
「あ、すいません」
「良いわよ。別に隠してる訳じゃないしね。丁度500歳よ」
「500……」
「私の種族は長命なのよ。中には1000歳を越える人もいるわよ」
「1000歳……それは凄いですね。人間の10倍かぁ」
俺が驚いていると、エリザベートはため息をついた。
「種族によって寿命が違うから恋愛も大変なのよ。獣人は50歳ぐらい、人族は80歳ぐらい、ドワーフは200歳ぐらい、で、私達エルフが1000歳弱。違う種族だと、パートナーを嫌でも見送る事になるわ」
「それは悲しいですね」
「まぁ、気にせずに何度も恋愛する人も居るけど、私は一度だけで充分」
「エリザベートさんも異種族の方と?」
「ふふ、ナイショ」
そう言うエリザベートの頬は、薄く朱が刺していた。
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日曜と木曜に掲載予定です。
会話の「」内は基本地球の言語を、『』内は異世界での言語という風に表現しています。お互いの言語学習が進むと理解出来る単語が増えて読める様になって行きます。
youtubeで朗読させてみました。
https://www.youtube.com/playlist?list=PLosAvCWl3J4R2N6H5S1yxW7R3I4sZ4gy9
小説家になろうでも掲載しています。
https://ncode.syosetu.com/n3026hz/
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