第8話 迷い人 前編 ガイア1815年11月11日

 この世界に来て、初めての二日酔いに顔をしかめながらエリカの家に行くと、まだレオンは帰ってなかった。

 食事を終え、村のみんなと畑に行き仕事をしていると、3と4の鐘のちょうど真ん中あたりで、黒くて何か紋様の描かれた豪華そうな2頭立ての馬車が村にやって来た。


 馬車からレオンが降りてきて、一人の綺麗な女性を案内しながら、こちらにやって来る。


 俺より背の高い、すらっとした細身の女性だ。銀髪にエメラルドの瞳。いや、それよりも耳が細く横に飛び出している。北欧神話で有名なエルフなのだろうか?

 

「こんにちわ hello bonjour olá……」

 

 レオン達と出会った時、投げかけられたのと同じ言葉が飛んできた。


「え?こんにちは」

「あら、あなた日本人なのね。助かるわ。私、大賢者様の弟子で、冒険者ギルド総本部の職員をしているエリザベート・フォン・エアフルトよ。よろしく」

「え?日本語が話せるのですか?それと何が助かるのですか?」

「私の師匠、大賢者様は日本からの迷い人なのよ。だから、地球の言葉では日本語が一番得意なの」

「え?日本人の方が居られるのですか?会えますか?」

「会えるといえば会えるけど、会えないといえば会えないわね」

「どういう事ですか?」

「大賢者様は今から480年程前に転移して来て、400年ほど前に100歳で亡くなったわ」


 エリザベートは困ったような顔をしてそう言った。

 

「ではもう……」


 俺が残念そうな表情を見せると、エリザベートはニヤッとイタズラ小僧の様な表情を見せ

 

「その代わり、ある所に自分の知識と意識を移して、今でも会話する事が出来るし、成長してるわ」

「え?それってAIとかの技術ですか?」

「そんな事言ってたわね。でも私にはよく分からなくて……

 まぁ、こんな所で立ち話も何だし、あまり人に聞かれたくない話もするから、村の屋敷で話さない?代官の屋敷の使用許可も貰ってるし」

 

 エリザベートはリオンになにかを告げると、リオンは先導して村に入っていった。案内されたのはリオンの家の隣、村で一番大きな家だった。

 

「ここが代官の屋敷だったんだ」

「そうよ、そして多分、隣の家が村長の家ね。あなたそこに泊まってるのよね?」

「え?村長?リオンがこの村の村長なんですか?」

「あら、知らなかったの?」

「言葉が通じないから……名前だけは教えてもらいましたけど」

 

 リオンが屋敷の鍵を開けて、リビングへと案内する。ソファーに対面で座ると、エリザべートが連れてきたメイド服姿の女性が、リオンに何か聞きながらお茶の準備をしだす。なにか黒い板の上に、水を入れたヤカンを載せるとすぐにお湯が沸いた。


(え?なんかIH調理器っぽい。でもコンセントとか付いてないし、何なんだろう?)

 

 メイドさんが淹れてくれたのは、この村に来て初めての紅茶だ。日本で飲んでいた時と同じ紅いお茶だ。もしかしたらと思っていたが、やはり、この村の水は軟水だった。

 メイドさんは持ってきていたカゴから小さい壺を出し、エリザベートと俺の前に置いた。中身は砂糖だった。俺はスプーン一杯だけ入れて飲む。ティーパックとは違って、香りがよく美味しい。


「色々と話したいことはあるんだけど、まず初めにあなた、まだこの世界の身分証明書って持ってないわよね?」

「え?そんな物があるのですか?」

「物語とかでギルドカードって聞いたことない?」

「ええ、有ります」

「この世界にも有るのよ。というか大賢者様が作ったの。

 それも冒険者ギルド、商業ギルド、工業ギルド、そして住民カードすべて統括されたカードよ」

「え?ギルドだけでなく住民全員ですか?」

「一部地域を除けば7歳以上全員ね」

「一部地域?」

「ええ、遊牧民や隠れ里等の国に所属してない人達ね。でも、彼らも大抵は何らかのギルドに所属しているから、ほぼ皆持ってるわ。持ってないと村や街に入るのが大変だからね」

「え?でも俺この村に入る時、何も言われなかったんですけど?」


 俺の言葉に、エリザベートはレオンをちらっと見る。

 

「それはこの村で一番信頼されている村長が、連れて来たからよ」

「偶然にも良い人と知り合ったという事なんですね」


 エリザベートはにっこりと笑いながら、紙とペンとインクを差し出してきた。

 

 紙は植物紙とは何か違う……恐らく羊皮紙と云われるものだろう。裏には魔法陣が描かれている。ペンは金属のペン先が付いた木製の万年筆だ。インクカートリッジを使うのではなく、ペン先をインクに浸けて使うタイプだ。


「羽根ペンじゃないんですね。」

「大賢者様が羽根ペンは使いづらいと仰って、これを作られたのよ。炭を木で挟んだ鉛筆というのも有るわよ。擦ると消えるから、契約書等では使えないけどね」

「下書きやメモ書きには便利ですよね」

「そうなのよ。では、この紙に名前と年齢、生年月日……職業はまだ判らないわよね。大まかに言うと盾役のタンク、回復のヒーラー、近接物理攻撃のメロー、遠距離物理攻撃のレンジ、遠距離魔法攻撃のマジックってあって、さらに細かく細分されてるの。分からなければ書かなくて結構よ」

「では俺は遠距離物理攻撃ですね。条件が良ければ500mぐらい離れてても攻撃できます」

「500m!それは凄いわね。魔法も弓矢も届かないところから一方的に攻撃されるのか……怖いわね、あなた」


 ……

 

「準備できたわ。この針を指に刺して、血を一滴ここの窪みに垂らして。そうしたら、この羊皮紙の上に手のひらを乗っけて。光が消えたら完了だから」

 

 テーブルの上に置かれた将棋盤ぐらいの大きさの箱の上に、カードが置かれ、カードの上に羊皮紙が置かれた。そして、羊皮紙の手前に窪みが有る。言われた通り、窪みに血を一滴垂らし羊皮紙の上に手を置く。するとコピー機の様な光が、奥から手前へ走り、羊皮紙が消えた。


「え?紙が消えた?」

「そうよ、裏に魔法陣が描かれていたのは見たわよね。あの魔法陣が発動して、書かれていた情報がギルド総本部にあるマザークリスタルへと転送されたの。情報としてね」

「情報が送られるのは分かりますが、紙が消えるのが不思議です」

「不思議と言われてもね……そういうものだと覚えてもらうしかないわね。ただ、これみたいに一度使うと消えるものも有れば、何度使っても消えないものもあるわ」

「どういう違いが有るのですか?」

「マザークリスタルに情報を送らなければ成立しない契約魔法関連は、一度で消えるわ。売買契約や奴隷契約、今回は加入契約とも言えるわね。消えないのは、マザークリスタルが関与しない、その他の魔法ね。転送魔法陣とかね。魔導具や魔術具で使っている魔法陣もそうね」

「魔導具や魔術具って同じものではないのですか?」

「あら、違うわよ。魔導具は魔石の魔力を使う物。これは魔石さえ補充出来たら、だれでも使えるわ。さっき、マリア……メイドがお湯沸かしていたでしょ?あれが魔導具よ。

 魔術具は自分の魔力を使う物。魔力は有るけど、適性が合わなくて使いづらい魔法が簡単に利用できるわね。」

「なるほど……魔石を使うものと、自分の魔力を使うものですか?魔石というとモンスターからゲットする物で合ってますか?」

「合ってるわよ。さあ、ギルドカードが出来たわよ。質問はまた後で聞くから。カードを持って魔力を流してみて」

「え?魔力を流す?どうやるんですか?」

「あ、そっか。この世界に生きるもの全てに魔力が有るのよ。迷い人も全員。手のひらから何かエネルギーが、カードに流れて行くのをイメージしてみて」

 

 茶色のカードを見ると、馬車に描かれていた紋様が一番上に有り、その下にギルド総本部所属と書かれ、次に名前が漢字で、4行目に25歳 男 人族 レンジと書かれていた。

 

「今、名前年齢性別があなたの国の言葉で書かれていると思うけど、実は見る人によって見える言語が変わるの。私からはこちらの共通語になってるわ」

「え?人によって違うように見えるのですか?」

「そうよ。直接、脳に働きかけてるからね。では、魔力を流してみて」

 

 カードを手に取り、言われたように手のひらからエネルギーを流すイメージをすると、カードが薄く光り出し、4行目以降にもいろいろと文字や数字が出て来た。


「光ったら本人確認完了。魔力の波紋は人それぞれ違ってて、誰一人同じ人は居ないの。一卵性双生児でも違うわ。過去500年近く使ってるけど、まだ一組も同じ人は見つかってないのよ」

「それは凄いですね。それと何か下の方にいろいろな文字や数字が出て来たのですが?」

「それは本人と大賢者様しか見えない情報よ。体力関係のステータスと特殊技能にあたるスキルよ。自分の成長の目安にすると良いわ。他人には話さない事ね」

「そういうものですか……」

「ステータスやスキルを知られるという事は、自分の弱点を知られるって事よ。殺されたくなければ秘密にする事ね」

「うわっ。わかりました。御忠告ありがとうございます」

「これで冒険者ギルドに所属した事になるから、これからは好きな時に好きな場所に行けるし、ギルドで依頼を受けてお金を稼ぐ事もできる。ダンジョンにも行けるわね。商業ギルドや工業ギルドにも登録出来るから、お金を貯めてお店や工房を開くことも出来るわよ」

「なんか、一気に出来る事が増えた気がします。ありがとうございます」

「ただ、その前に一つ問題が有るわね」


 エリザベートはこちらを伺うような目をしながら、唇の端が少し上がった。

 

「え?」

「言葉よ。今、この世界に日本語を理解できる人は私と大賢者様の二人だけ」

「あ……」


------

日曜と木曜に掲載予定です。


会話の「」内は基本地球の言語を、『』内は異世界での言語という風に表現しています。お互いの言語学習が進むと理解出来る単語が増えて読める様になって行きます。


youtubeで朗読させてみました。

https://www.youtube.com/playlist?list=PLosAvCWl3J4R2N6H5S1yxW7R3I4sZ4gy9


小説家になろうでも掲載しています。

https://ncode.syosetu.com/n3026hz/

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る