第7話 村と盗賊 ガイア1815年11月10日

 畑を手伝い、時々狩りに行く生活を続けていたある日、4の鐘で村に帰って昼飯を食べていると鐘が連打された。


『レオン?』

『あぁ、行こう』


 レオンと目を合わせると、剣をつかんで出て行った。俺はキャンピングカーからライフルと散弾銃を持ちだして、門へと走る。

 今までも何度かあった。ゴブリンの集団や熊が出た時、同じように鐘が打ち鳴らされていた。


 門に着くといつもと様子が違う。村のみんなが門を出たところで固まっているのだ。


 門の外を見てみると、薄汚い革鎧を身に着けた男たちが4人、剣を抜いて立っていた。その後ろには馬に乗った男が2人。馬車にも1人。計7人の男たちが武器を抜いて立っている。


 馬に乗った男のうち1人が、子供の首根っこをつかんで吊り下げていた。

 

 あの子はこの村の子だ!エリカとも仲がいい男の子だ。


 男は抜き身の剣の刃を、子供の首に当てて叫んでる。


『金あえ!食料おあ!』

『ああああえあ止めろ。子供をああいああい。今ああえいえいい言わないああ』

 

 村の老人が止めて子供を開放しろと言い返しているようだが、相手は子供の首に剣を押し付けて嘲笑っている。子供の首に刃が当たっているので村人も力押しは出来ない。

 男たちの下卑げびた顔が醜い。おそらく心の底から悪人なのだろう。


 今すぐライフルで撃って子供を助けたいが、それは無理だ。日本の法律で、狩猟用ライフルは最大で5発までしか銃弾を装填できないのだ。5人撃った後にマガジンを替えて、リロードしている間に子供が犠牲になるだろう。散弾銃ならいっぺんに何人も倒すことも出来るが、子供も銃弾で倒れるだろう。本末転倒だ。


(くそ、使い慣れた20式5.56㎜小銃があれば……横に回り込んで、子供を掴んでいる奴を狙撃した後は連射で掃討してやるのに)

 

『分かった。待ってろ』

 

 レオンが大きな声で話しかけると、そのまま村に入って行った。追いかけてついていくと、村の倉庫から荷馬車に小麦粉や野菜などを積み込んでいる。

 

(あの賊と取引するつもりだ。ならチャンスがあるかも)

 

 急いでキャンピングカーに戻り、狩猟用の工具箱からホルスターを取り出しベルトの右側に取り付ける。そしてホルスターの中にスプレー缶を入れ、リオンの元に戻る。


『リオン、俺行く。大丈夫』


 家からお金の入っているであろう革袋を持ち、荷馬車の馬の手綱を引いて賊のところへ向かおうとするレオンを止め、袋と手綱に手を伸ばす。


『ヒロ、あいおうううおいあ。おんおうい大丈夫あ?』


 俺はニヤっと笑って腰のホルスターを軽く叩く。


『ヒロ、なんだ?それ?』

『俺、任す。大丈夫』


 ジッと俺の顔を見ていたリオンが、フッと肩の力を抜いて手綱と革袋を渡してきたのは、40秒は確実に経っていた。


 受け取って門に向かう。

 その間に歩きながら腹式呼吸をして精神統一をする。そして出来るだけ殺気を消す。殺気を当てると無意識に敵も身構えてしまう。そうすると奇襲が失敗してしまう。


 門を出ると、リオンではなく俺が馬車を曳いていることに村人がびっくりしている。村人に笑顔を見せながら賊に近づく。


 10m……まだ早い。

 

 ……

 

 7m、左右の男たちが剣を構えて近づいてくる。


 両手を上げて武装していないことを示す。左手に革袋、右手に手綱、腰にも背中にも剣は無い。

 

 ……

 

 さらに2m近づいて、荷馬車の上に掛けてあるむしろを剥がす。一人の男が剣で麻袋を切り、中身が小麦粉だという事を確認する。

 


 

 その間に子供を捕まえている男の前に進み、革袋に手を突っ込み金貨を取り出し見せる。


 ニヤっと笑う男に、金貨を革袋に戻し、ゆっくりと山なりに放り投げて渡す。


 うまく右胸の前に飛んで行った革袋を、剣を持ったままの右手で男がキャッチした瞬間、俺は体を前に投げ出すように一歩踏み出す。二歩目を踏み出す時には、腰のホルスターからスプレーを取り出し男の顔へガスを吹き付ける。


 入りの熊よけスプレーだ。

 

 それを3mからの至近距離で、直接顔に受けた男は慌てて両手で顔を隠し、後ろにのけぞり馬から落ちていく。

 手を離され、下に落下していく子供を左手で受け止め反転する。


 反撃しようと、こちらに近寄ってくる手下たちにもガスをぶっかける。多少距離が有っても問題ない。この熊よけスプレーは噴射距離が10mもある一番強力なやつだ。


 カプサイシンの痛みで無力化した賊の間を抜け、門へと走る。子供を助け出したのを確認した村人たちが、短剣を抜き賊へと襲い掛かっていった。

 

 門の中に入ると、塀の裏に隠してあったペットボトル入りのサラダ油を、直接子供の顔に掛け洗ってやる。カプサイシンは脂溶性なので、これで痛みは減るはずだ。直接は掛かって無いとは思うが、ガスを噴霧した場所を駆け抜けてきたのだ。多少の痛みはあると思う。というか俺も目が痛い。自分の顔にも油を掛けて目を洗う。

 

 洗浄が終わって門の外を見ると、賊たちは全員捕まったようだ。殺すと思っていたが、熊よけスプレーで無力化されて反撃が出来なかったために、後ろ手に縛り、猿轡を噛ませ取り押さえたのだろう。村人にも怪我人は居ないようだ。


『ヒロ、ありがとう!』


 盗賊を全員拘束し終わったのだろう、レオンが俺のもとに来て背中を叩く。


(痛い!言葉と行動が違いすぎるだろうが!)

 

 腰にも縄を付けられ、一列に繋がれた賊たちは荷馬車の後ろに繋がれ、レオンと自警団2人によって村の東の方へ連れていかれた。毎朝、野菜を持っていく方なので、きっとあっちに大きな町が有ってそこへ連行されるのだろう。

 まだ、熊よけスプレーのせいで目が赤く、涙を流し、口からはよだれが流れ出していて辛そうだが、自衛団の団員は槍の柄で尻を叩き追いやっていた。


『ヒロさん、ありがとう』

 

 見送った後、村に戻ると捕まっていた子供とその両親なのか若い男女が涙ながらに頭を下げてきた。国民(この場合は村民か?)を守るのが俺の仕事だったのだ。お礼を言われるようなことでもない。片手を上げてにっこりとほほ笑んで通り過ぎようとしたら、子供が抱き着いてきて大声で泣きだした。どうして良いのかわからず困ったが、頭をやさしく撫でながら落ち着くのを待つ。

 

 やがて顔を上げて『ありがとう』と言ってくれたので、頭をポンポンと軽く叩いてお母さんの方へ背中を押してやった。


 すると今度はエリカが俺の右手を引っ張り、どこかに連れて行こうとする。引っ張られるままついていくと、村長の家の前の広場(つまりはリオンの家の前でもあるわけだが)で焚火が何か所も焚かれ鉄板や網が載せられていた。

 

 食堂のおばちゃんが、冷凍されている肉を持ってきては解凍し切り分けていく。村の女性たちは野菜を切ったり、すり潰したり絞ったりして何かの準備をしている。


 村の中で一番大きな家の前に用意された椅子に座らされ、エールを手渡された。


 一番年上とみられる男性が、なにかをしゃべったかと思うと、ジョッキが掲げられて飲み始めた。どうも乾杯の挨拶だったようだ。

 何十人、いや百人超えているかもしれない人たちに、囲まれて酒を飲むなんて初めてだ。囲む方なら何度もあるが……


 多少は言葉が分かるようになったとはいえ、まだ、片言だ。酔った勢いで話されるとほとんど聞き取れない。とりあえずニコニコしながら酒を飲む。

 

 やがて料理が皿に盛られて何種類も持って来られる。


 それにしてもなぜ誕生日席のようなところに座らされ、みんなに囲まれているのか……解せぬ。


 昼過ぎに始まった宴会、日も暮れたのでそろそろ帰って寝たい。

 

 

リオンside

  

 7の鐘も鳴ったであろう日没後に、やっとマイヤー侯爵領都ノードフロスに着いた。普段なら1刻半約3時間ぐらいでたどり着くのに、賊を引き連れていた為、倍以上掛かってしまったのだ。


 門の前に着いたが、当然門は閉まっている。門をノックする。すると頭上から誰何の声がした。

 

『フロスウエスト村の村長レオンです。今日、村に盗賊が現れましたので捕まえて、領軍の皆様に引き渡しに来ました』

『馬車の後ろにいるやつらか?』

『はい、7人でやって来て全員を捕まえました』

『ほう、全員を捕らえたか。少し待て、上に報告する』

 

 待つこと四半刻約30分、門の上に槍や弓を構えた衛兵が10人程出て来た。最後に少し上等な鎧を着た男が出て来る。


『衛兵隊長アラン・フォン・マイヤーである。そなたらが盗賊を捕まえたというのは本当か?』


(うわ、領主様の2番目の息子さんじゃないか!)


 俺達は跪き、頭を垂れながら答える。

 

『フロスウエスト村村長のレオンです。今日の昼に、こちらの者どもが村を襲ってきましたので捕まえました』

『うむ、まずは面を上げよ。捕まえたと言っても、こ奴らの誰も切られたり、刺されたような傷が無いが、どのようにして捕まえたのだ?』

『わが村に逗留中の迷い人が、唐辛子の水を顔に掛けて無力化したのです』

『唐辛子の水?』

『はい』

『確かに唐辛子を触った後に目を擦ったり、トイレに行くと痛い思いをするが……』

『そのあたりは、迷い人の知識ではないでしょうか?』

『迷い人が現れたとは聞いてはいたが、そなたらの村だったのか』

『はい、少し前に私が遊牧民の集落を訪ねた帰りにホブゴブリンの一団に襲われ、彼に助けてもらいました。そのまま村に招いて留まって貰っています』

『そういえば、今日の昼にギルド総本部の職員がこの町にやってきたが、迷い人の保護に来たのか……わかった。賊は引き受けよう。で、こ奴らの処分の希望はあるか?』

『犯罪奴隷として売っていただければ』

『分った。明日取り調べをして、盗賊と判明したら奴隷商を呼んで売り渡そう。代金はその時で良いか?』

『はい、ありがとうございます』

『では門を半分開ける。中に入るがよい。領主様には明日、早朝にお伝えする。その時に職員殿にも、そなたの村に迷い人が居ることを伝えよう。なじみの宿屋は有るか?こんな時間だ。先ぶれを出すぞ』


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日曜と木曜に掲載予定です。


会話の「」内は基本地球の言語を、『』内は異世界での言語という風に表現しています。お互いの言語学習が進むと理解出来る単語が増えて読める様になって行きます。


youtubeで朗読させてみました。

https://www.youtube.com/playlist?list=PLosAvCWl3J4R2N6H5S1yxW7R3I4sZ4gy9


小説家になろうでも掲載しています。

https://ncode.syosetu.com/n3026hz/


四半刻しはんとき    約30分

半刻はんとき     約1時間

一刻いっとき・ひととき  約2時間

一刻半いっときはん   約3時間

ふたとき    約4時間

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