第5話 村とゴブリン ガイア1815年10月16日
寝ていると、お腹に衝撃を受けて目を覚ました。お腹を見るとエリカがベッドに飛び込んで来ていて、楽しそうに布団ごと俺に抱き着いている。
『おあおう!ヒロ』
「おはようエリカ」
車の中にあるシンクで顔を洗うと、エリカがびっくりした顔をしていた。水が出るのが不思議なのだろう。蛇口を開けたり閉めたりすると、手を伸ばしてきて自分でも操作し、満面の笑みを俺に向けてきた。頭をなでて車から出ると、外はまだ薄暗かった。
(夜明け前じゃん……いくらなんでも朝早すぎでしょう?エリカちゃん)
手を引かれて家の中に入ると、そこには朝食を食べているレオンが居た。俺が席に座るとすぐに朝食が出てきた。黒パンとサラダ、そして野菜がごろごろと入ったスープだった。パンとサラダは昨夜と同じものだったが、スープには人参にジャガイモ、大根にネギ、それに馬肉の薄いスライスが入っていた。味は塩味で、おそらく出汁も取っていないと思うが野菜自体の味が濃く、そこに馬肉の旨味が加わって美味しい。パンをスープに浸しながら食べた。
(日本でも、素材の味を大切に云々と言ってるお店で何度も食事したことが有るけど、素材の味自体が違いすぎるわ。この野菜を食べさせたら泣いて悔しがるだろうな……)
食事中、鐘の音がひとつ聞こえた。
(あ、外も明るくなったし夜明けだな。鐘は夜明けの合図かな?
日本でも江戸時代とかは鐘の音で時刻を知らせていたって聞いたことあるしな。ここでも同じなのかも)
食事が終わると、エリカに手を引かれて村の中を案内された。農具を持って村の外に出かけていく人々に、エリカは元気よく挨拶をしている。
(エリカの話している途中に「ヒロ」って聞こえるけど、もしかして俺のことを村人皆に紹介してくれてるのかな?なら、おれもあいさつした方が良いけど、みんなが最初に言ってる単語が挨拶なのかな?)
『おはよう』
途端、周りのみんなが固まる。ん?間違ったか?と顔が引きつるが皆の顔に笑顔が広がり、それぞれ『おはよう』と返してくれた。
(合ってたか。良かった)
エリカの笑顔が凄いことになっている。
皆んなと別れた後、エリカと一緒に村を一周する。南門から真っ直ぐ北に大通り。
門を入ってすぐ東側、塀に沿って建っているのが自警団の詰め所。ここには農具や釘、塩や酒等の雑貨が売っている。自警団員の給料の足しにでもするのだろうか?
反対側の西側には、塀沿いに6mほどの高さの
昨日、俺が来た時に鐘を連打していたのも彼だろうか?
門と民家の間には5mほどの道がある。塀に沿ってぐるっと村を囲っているようだ。
櫓の目の前にある建物が食堂兼飲み屋かな?ジョッキとナイフとフォークの看板が掲げられている。そういえばまだこの世界に来て文字を見たことが無い。識字率が低いのかも知れない。
そのまま北に行くと途中に十字路。東西に少し狭い通りがある。更にまっすぐ行くと村の中心の少し北に広場がある。
広場の北側ど真ん中に、村で一番大きな家。家というより屋敷か?その西側にレオンの家が東を向いて建っている。反対側の東側には、昨日荷物を運び入れた大き目の倉庫が西向きに。屋敷とレオンの家と倉庫で広場を取り囲んでいる。
屋敷と倉庫の間を進むと屋敷の裏に井戸と馬房があり、荷馬車が2台置いてある。若い男性が2人、馬と荷馬車を繋いでいた。その北側はまた塀沿いの道があり、塀で行き止まりになる。
塀沿いに西へ行くとレオンの家の裏に出る。ここにも井戸があり、エリノアが洗濯をしていた。レオンの家は裏では無く、家の南側に倉庫があり、倉庫の東側が荷馬車置き場。その置き場の南側に小さな馬房がある。
村の区画は広場から北のブロックが1つ。広場から南側が、途中の十字路で区分けされた4つのブロックに分けられ、ブロック毎に7〜8軒の民家が有り、ブロックの中央が共用の中庭のようになっていて、井戸が設置されていた。
この村には合計30軒ぐらいの家が建っていた。3世代同居が多い感じだったので150人ほどの村人が居るのかも知れない。
村を一周すると、今度は村の外へ連れて行かれた。
南門から村を出ると、一面耕された畑に種を蒔いていた。これだけ広い畑を人の力だけで耕すのは大変だろう。馬や牛を使って耕してるのかな?とも思ったが村の中で見かけた馬は3頭。昨日死んだレオンの馬を入れても4頭しかいない。それにまだ牛は見ていない。やはり人力で耕しているのだろうか?蒔いている種を見せてもらったら小麦だった。
細かく区分けせずに種を巻いているということは村全体の共同事業なのか?
(言葉がわからないから質問出来なくてモヤモヤするなぁ……)
塀沿いに村の西側に行くと野菜畑が有り、先程馬が繋がれていた荷馬車が2台、採れたての野菜が積み込まれていた。野菜の種類も多い。
作業を横目で見ながらエリカに手を引かれ、塀沿いに進み、北側へ行くとまた広い畑に出た。南側より狭いが何かの芽が生えていた。
(こっちも南側と一緒で小麦かな?でも昨日も今日も出てきたのは黒パンだったし、こちら側は自分達用のライ麦かも知れないな)
東に向かうと街道の向こう、川沿いに水車が見えた。中年の男性と若い男性2人が働いていた。そして村と街道との間は細かいスペースに区分けされている。
(1坪農園みたいだな。個人のスペースはここだけかな?もしかしてこの村は村全体で農業をしていて、売り上げを皆で分けているのかな?
それともあの屋敷の人が地主で村民全員が小作?今の日本じゃ考え辛いな)
南門まで戻ると、野菜を山盛りに積んだ荷馬車が2台、東に向かい、街道へ出ると川沿いに北東の方へ進んで行った。
(あちらに大きな街でも有るのかな?疑問だらけだけど、まずは言葉を覚えないと……しかし、この世界に日本語とこちらの言葉と両方使えて教えてくれる先生なんているかな?)
村の周りを一周回った後、エリカは野菜畑に戻って野菜の名前を教えてくれた。これは助かる。地球と似たような野菜が多く覚えやすい。
(おぉ人参、大根、白菜、キャベツ、お!ジャガイモもある。結構似た野菜が多いな。こりゃ村を離れる時は売ってもらわないとな。いやその前にお世話になってるお返しでカレーでも作ろうかな?米も食べたいしな。でも、エリカは辛いのはダメだろうな……辛口のカレールーしか買ってないよ)
野菜の名前を教えてもらっているうちに3回鐘が鳴る。一部の若い男性が村に帰り、残った人たちが集まりお湯を沸かしだした。子供たちが畑周辺の草むらから採ってきた雑草を、お湯を沸かしている女性に渡した。女性はお湯を沸かしている鍋を横にどけて、雑草を火であぶりだした。緑色だった葉っぱが黄色くなって先端に火が付く。すぐに女性は草の火を消すと葉っぱだけを
(うわこれ、クマザサ茶とハーブティーの合いの子みたいな味だ。ハーブティーは苦手だったけど香ばしさもあってこれは旨い)
お茶を淹れてくれた恰幅のいい女性に笑顔を向けると、俺の肩をバシバシと叩きながら嬉しそうに笑った。そういえば祖父の家のご近所さんにも、同じようなリアクションをするおばあさんが居た。世界が変わっても同じなのかも知れない……
ティータイムが終わるころ、先ほど村に帰って行った若者たちが、槍や弓等武装して荷馬車に乗って、北西へと向かっていった。あれは飯屋の裏に置いてあった荷馬車だろうか?
(あの格好は狩りにでも行くのかな?良いな、俺も狩りに行きたいな。もう少し仲良くなって言葉を覚えたら頼んでみよう)
太陽が真上に上がった時、鐘が4回鳴った。朝の作業は終わりらしい。
みんな家に帰っていく。俺もエリカと一緒にレオンの家に帰り、簡単な昼ご飯をごちそうになる。食事が終わるとすぐに畑に戻る。どうも昼休みという習慣は無いのかも知れない。食事を終えた者は三々五々畑に戻ってきた。
こちらのお金も持ってないし、稼ぎ方も分からない俺に、食事を用意してくれるエリカ家族へ恩返しするため、午後からは畑仕事を手伝う。鐘が5回鳴ってまたお茶休憩。
6回鐘が鳴ってそろそろ帰ろうかというタイミングで、畑の外にある柵の外から奇声を上げながら走ってくる緑色の人が3人。
『ゴブリン!』
エリカが叫んだ。俺は驚いた。
(あれがゴブリンだったのか?小説やアニメで有名だけどこっちの世界では実在するのか?)
そんな風に考えて固まっていた。
しかし、村人たちは違った。エリカの声に周りにいた大人たちが腰に下げていた短剣を抜いてゴブリンに向かっていく。
(え?みなさん、ただの農民じゃなくて戦闘民族なの?
それにあの男の人、手のひらに火の玉を出してそれを投げつけていたよね?)
あっという間にゴブリン3体を倒した村人たちは、胸から石を取り出し戻ってきた。
先ほど火の玉を投げた人に話しかける。言葉が分からないので当然ボディーランゲージだ。右手のひらを上に向けて差し出し、左手でその上に円を描く。そしてそれを投げる真似をした。
その人は意味が分からないという顔をしたが、エリカが話しかけると、ああっと得心した顔をし右手を前に出してきた。
何と言っているか分からないが、なにか呪文のような言葉を唱えると火の玉が出てきた。
(魔法か?魔法だよな?)
子供の頃、アニメや特撮を見て魔法を夢見ていた頃を思い出し狂喜乱舞した。エリカは火の玉を指さしながら『ファイア ボール』と教えてくれた。驚き喜ぶ俺に気を良くしたのか、次々と魔法を披露してくれた。
『ウォータボール』
『アースボール』
『ウインドウボール』
喜んでいるとエリカが袖を引っ張り、自分の方へと向かせる。
指を一本建てて呪文を唱え
『ファイア』
彼女の指先に蝋燭のような小さな火がともる。
『ウォータ』
指先からちょろちょろと水が流れ出す。
『ウインドウ』
ドライヤーの弱ぐらいの風が出てきた。
膝をついてちょっと下から顔を見上げ、エリカの右手を両手で包み上下に振りながら
「すごい!すごい!」
そう言うと、自慢気にまだ薄い胸を張りどや顔をしてきた。その顔に周りの大人たちが爆笑する。ムッとしながら周りを見渡すと、俺の首に抱き着いて父親のレオンに対し、あっかんベーをするエリカ。それを見てうろうろするレオン。
ひとしきり、みんなが笑い疲れて静かになっても、首に抱き着いたまま離れないエリカを、そのまま抱き上げ、家まで連れて帰った。レオンが右に左にとまとわりついてくるが、その度に左に右にと顔を背け無視をするエリカに、また周りから笑いが起き、落ち込む親バカレオン。
(俺をにらんだって知らんわ。お前が悪い)
食事を終えて車に戻ると、ベッドの中で今日知ったことを思い返す。どうもこの世界は夜明けから働き、日没で食事して寝るようだ。
日の出で
太陽が
太陽が
太陽が南に来たら
太陽が
太陽が
日没で
日没から2時間経ったら
どうも8の鐘で消灯らしい。たしかに電気のないこの世界、松明や蝋燭を付けてもそんなに明るくならないし、贅沢品なのだろう。LEDの昼間と同じぐらい明るいこの車の中は異常なのだろうな。
また明日、夜明け前にエリカに起こされることを覚悟して目をつむった。
レオンside
『なぁエリカ、そろそろ機嫌治してくれよ』
『やだ』
『エリカがかわいくて、にっこりとほほ笑んだだけじゃないか』
『ほほ笑んでなんかじゃないもん。大きな口開けで馬鹿笑いしてたもん』
『そそそんなことないよ。そういえば今日ヒロとずっと一緒に居たんだよな?どうだったヒロは?』
『あのねあのね、ヒロ凄いの!朝いつものように村のみんなとあいさつしてたら、教えてないのにヒロ、みんなにおはようってあいさつしたんだよ。それにね、畑のお野菜の名前を教えたら、ほとんど1回で覚えたの!それから赤ピーマンと青ピーマンと黄色ピーマンを教えたら、私の服を指刺して赤って言ったの。そして上を指さして空を青って言ったの。ヒロってすごいでしょ』
『へぇ、ヒロって頭が良いんだな』
『うん、お父ちゃんより頭良いと思うよ』
『いや、父ちゃんの方が頭良いよ。なんせこの村で文字が書けるのは俺だけだしな』
『ヒロも黒い板に文字書いてたよ。この国の文字とは違ってたけど』
『そ……そうなのか?』
ま、まずい。かっこいい父ちゃんの座が……ヒロ、エリカに手を出したらぶち殺すからな。
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日曜と木曜に掲載予定です。
会話の「」内は基本地球の言語を、『』内は異世界での言語という風に表現しています。お互いの言語学習が進むと理解出来る単語が増えて読める様になって行きます。
youtubeで朗読させてみました。
https://www.youtube.com/playlist?list=PLosAvCWl3J4R2N6H5S1yxW7R3I4sZ4gy9
小説家になろうでも掲載しています。
https://ncode.syosetu.com/n3026hz/
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