第3話 馬車 中編 ガイア1815年10月15日
男性side
嫁のエレノア、娘のエリカと3人で、月に一度の遊牧民たちとの物々交換に行った帰りだった。
何故か貨幣を嫌う彼等は、村で採れた小麦粉や野菜、村の近くに在る領都で買ってくる塩が喜ばれ、逆に領都や行商人に高く売れるハードチーズや毛糸、フェルト、羊皮紙の原料になる羊やヤギの皮を渡してくれる。
荷馬車一杯に積み込んで、俺達の住むフロスウエスト村まで後
『エレノア、ゴブリンだ!ホブゴブリンも居やがる。くそ、シャーマンも居る。馬がやられた』
馬車で全速力で走って逃げようと思ったのに、肝心の馬がやられた。俺は御者席から飛び降りると、両手剣を鞘から引き抜きゴブリンと馬車の間に立った。
『くそ、ゴブリンだけならどれだけ居ようと大した事は無いけど、ホブゴブリンとシャーマンかぁ。しかもシャーマン2匹も居やがる。エレノア、エリカの事、頼むぞ』
『えぇ、任せて!あなたの方こそ頼むわよ。ゴブリン如きにやられたら村長として笑われるわよ』
『お父ちゃん、頑張って!』
『おう!任せとけ』
ゴブリンシャーマンが投げてくるファイアーボールを剣の腹で弾き飛ばし、棍棒で殴りに来るゴブリンを蹴り飛ばす。130㎝ぐらいしか無い身長で、180㎝有る俺に襲い掛かって来るなんて馬鹿じゃないかと思うが、実は低過ぎて切り辛い。
それにしても遠隔攻撃が出来ないのが痛い。俺は両手剣、嫁のエレノアは槍だ。近くのゴブリンは俺達で充分だ。だが今日はシャーマンが居る。ゴブリンの群れの中に突っ込んで切り刻んでやりたいが、そうするとシャーマンに馬車が狙われる。エレノアの腕ではファイアーボールを弾くのは難しい。突き刺すと、熟し過ぎたトマトを投げた時のように火が飛び散って酷い事になる。
中々、数を減らせず焦っていた時にその音がした。
パン
パン
パン
すると、ホブゴブリンとシャーマン2匹が横に弾け飛んだ。音のした方には男が居た。しかも男の足元から白い犬が走って来てエレノアの左前に居たゴブリンに噛み付いた。ゴブリンも俺も何が起きたのか解からず動きが止まっていた。
パン
パン
今度は俺の前に居たゴブリンが2匹横に倒れた。我に返った俺は右前に居るゴブリンに斬りかかる。
目の端に林から男が走って来るのが見えた。不思議な模様の入った見た事のない服装の男だ。
シャーマンが倒れて、もう魔法の心配が無くなった俺は、1匹2匹3匹と切り捨てる。ボスが殺られ、シャーマンも殺られ、仲間がどんどん減っていく状況に恐れをなして、残ったゴブリン達は逃げ出した。
パン
パン
パン
パン
逃げ出したゴブリン全部が倒れた……
駆けて来ていた男が杖をゴブリンに向けていた。
(もしかしてこの男が倒したのか?いや、もしかしてじゃ無い、間違い無くこの男が見た事のない魔法で倒したんだ。もし、この男が俺達にあの杖を向けて来たら俺では勝てない。
でも、俺は必ず家族を、エレノアとエリカを守る)
俺は両手剣を構えたまま、近付いてくる男を睨み叫んだ。
『近付くな!お前は何者だ!』
男は首を傾げている。まるで言葉が分からないかの様に。
そんなはずは無い。大昔、大陸全土を制覇した王国のお陰で言葉も暦も統一されているのだ。
分からない筈が無い。
「あいおううあ?あーうーおえい?」
聞いたことの無い言葉で話して来た。なんだ?何者なんだ?頭が真っ白になる。真っ白になった頭でも分かることが1つだけある。
(家族を守るんだ。)
両手剣を上段に構え直し、すり足でジリジリと間合いを詰める。
後、靴1つ分……後、靴半分……
パコーン
音と共に後頭部に衝撃が走る。
『エリノア、何をする』
『何をするって、あなたこそ助けてくれた恩人に何するつもりなの?』
『こいつからお前達を助ける為に……』
『もう……良いから私に任せて』
エリノアはそう言うと、男の方を向いて話し掛けた。
『「こんにちは hello bonjour olá……」』
「え?、あ、こんにちは」
俺の言葉には返事をしなかった男がエリノアには返事をした。
(やはりこいつはエリノア狙いか!)
腹の底から殺気が湧き出してくる。
『この人、迷い人よ。冒険者ギルドから通達来てたでしょ?今年は迷い人の年だって。見つけたら保護して冒険者ギルドに連絡するようにって』
『来てたけど、こいつが迷い人なのか?違うんじゃないか?』
『迷い人の条件、共通語が分からない人族。そしてさっきのは、迷い人の世界の挨拶の言葉なんだって。それに反応したから間違いないわよ』
『でも、保護するって、言葉も分からない男なんて俺は反対だ』
『彼を冒険者ギルドに引き渡したら、お礼が貰えるのよ。村のみんなも助かるわよ。あなた、村長なんでしょ?』
『これ、美味しいね』
エリノアと話していると、後ろからエリカの声が聞こえた。振り返ると、エリカがいつの間にか馬車から降りていた。その前にあの男がしゃがみ込んで、エリカの頭を撫でている。
俺は急いで駆け寄ると、男を突き飛ばし、エリカを抱き上げ救い出した。
パコーン
また、エリノアに頭を叩かれた。
『痛い!何するんだよ』
『あなたこそ何してるのよ』
『何って、エリカがあの男に襲われそうになってたから、助け出しただけだよ』
『助け出したって……お菓子を貰っていただけじゃない。いい加減にしてよ』
『お菓子を貰っていたって?気付いていたんなら止めろよ』
『なんでよ?これからギルド職員が迎えに来るまで、うちで保護するのよ。仲良くしなきゃ駄目でしょ』
『え?うちで面倒見るの?』
『当たり前でしょ。村長のあなたが見つけたんだから、村長のあなたが面倒を見るの』
『いや……他の家で……』
『他の人に押し付けられるわけ無いでしょう。うちの村には宿屋も無いんだし、代官様の屋敷に勝手に泊めるの?』
『え?それは領主様に怒られる』
呆れたような表情で俺を見た後、エリノアは男と向き合った。話し掛けるが、すぐに手振り身振りでなんとか意思を伝えようと苦心してる。やがてなんとか意味が通じたようだった。
『なんとか伝わった様ね。村に帰りましょうか』
『あぁ、でも馬はもう駄目かな……商品を置いていって後で回収に来るしかないな』
馬車から馬を外し、道から外れた木の横まで怪我をした馬を誘導する。足を1本引き摺っている。やはり駄目なようだ。
『今までありがとうな……』
今までの感謝の気持ちを込めて、馬の首を一撃で切り落とした。恐らく苦しまずに死ねただろう。本当なら埋めるか、解体して食べてやりたかったが、今はそんな時間も運ぶ手段も無い。もう少し、うちの村が裕福ならば……転送魔法陣で村に帰してやりたかった。
馬車から手に持てるだけの荷物を降ろしていると、男が制止してきた。そして待ってろと云うようなジェスチャーをすると林に駆けていった。
『なんだ?あれは!』
見たこともない鉄の塊が、林の中から動いてくる。巨大な馬車にも見えるが馬が居ない。馬が居ないのに動く馬車なんて聞いたことが無い。
『エリノア……あれは馬車か?』
『馬が居ないから馬車じゃ無いわよね?』
『そうだよな……でも、馬車の様に動く魔導具や魔術具なんて、行商人からも代官様からも聞いたことないぞ』
『迷い人の世界の馬車かも知れないわ』
荷馬車を追い越すと、変な音を出しながら下がって来た。押しても居ないのに馬車が下がるなんて……
男が鉄の箱から出てくると、変な扉を開け、中からノコギリやカナヅチ、釘等を出し、変な形をした鉄の塊を2つ出してきた。その内1つは鉄の箱に取り付け、もう1つを
『このお兄ちゃん、馬車を運んでくれるんじゃないの?』
『『え?』』
いや、そんな訳ない。もし、この鉄の箱が魔力で動く魔導具か魔術具だったとしても、こんなに荷物を一杯積んだ重い馬車を動かせる訳がない。どれだけ魔力が必要なんだ?
エリカを諭そうと思ったら、既にあの男に身振り手振りで質問をしていた。男は嬉しそうに首を縦に何度も振っている。
(そうか!お前の狙いはエリカか!?絶対にエリカには近付けさせない!)
エリカの肩を引き寄せ、男から遠ざける。エリノアが面倒臭そうな男を見る目で俺を見てくる。
(家族を守るのが最優先なんだよ!)
エリノアが倒したゴブリンの魔石を取りに行く。本来、1匹銅貨1枚だが、冒険者ギルドが初心者保護の為に、赤字を覚悟で銅貨3枚支払っている。常時募集のゴブリン5匹討伐を達成すると、報酬と魔石の買取で
俺は先程殺した馬の元へ行く。馬車を村まで運べるなら、こいつも村まで連れて帰ろう。後ろ足にロープを掛け、木にぶら下げる。既に首は切り落としているので血が流れ出て行く。血抜きが終わったら皮をはぎ、肉を切り分け、アイスの魔法で凍らせ馬車に積む。途中からエリノアが手伝ってくれたので、あの男をそんなに待たせずに解体は終わったと思う。
作業が終わったので、俺達は男の馬車みたいな鉄の箱に入った。
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日曜と木曜に掲載予定です。
会話の「」内は基本地球の言語を、『』内は異世界での言語という風に表現しています。お互いの言語学習が進むと理解出来る単語が増えて読める様になって行きます。
youtubeで朗読させてみました。
https://youtu.be/Witi_i_ghmk
小説家になろうでも掲載します。
https://ncode.syosetu.com/n3026hz/1/
ニ
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