第41話 謀士テオドロス

 大将軍メガス・ストラテゴスのジナイーダはゼノンを破り、その配下の士気もたかまっていた。

謀士のテオドロスが進み出て言った。


「ディオンという人物を知っていますか」


ジナイーダもテオドロスを重んじるようになっていたので、耳を傾ける。


「ディオン?ああ、この辺りでは有名な、あの金持ちか。召使いも百人はいるという、あいつがどうかした?」


「呼び出しましょう」


「軍用金でも用立てさせるの?」


テオドロスは指をちっちっと振る。


「領地の富豪から金を搾り取るなど、自分で自分の尾を噛む魔物のウロボロスのようなものです。大事をなせば、財宝などは向こうから献上してきますよ」


「じゃあ、なんで呼びつけるのよ」


「ゼノンの首をあげるためです」


テオドロスは更に近づいてジナイーダの耳元で策を話しはじめた。


 数日後、ゼノンの陣前に木の竿の先にラタンの籠を吊るした農夫が現れた。

さては敵の密使か、と直ぐに捕らえられたが農夫は言った。


「確かに密使ですが、おいらはディオン様から送られたあんたがたの味方さぁ」


籐の籠の中には鶏の蒸した料理と密書が入っていた。

ゼノンは鶏の脚ーー太古の昔は鶏の脚は四本ではなく二本だったと言うが、そんなに食べるところの少ない生き物をよく育てていたものだーーを食べながら密書に目を通す。

中にはジナイーダの暴虐への恨みつらみが綴られており、こんな領主が居座るようではハスティアはおしまいだ、協力するので何とかジナイーダを排除してほしい、と書かれている。


“わたくしディオンは、ゼノン閣下の兵が迫ったならば、城の一角にディカイオシュネーの頭文字であるΔ《デルタ》の文字を旗に掲げ、城門を内側から開きます。それを合図に一気に飛び込んでください”


ゼノンはにやりと笑った。


「遂にジナイーダを滅ぼす好機がきたぞ」


しかし、エルフのジュリアスは耳をぴくぴく動かして険しい表情を浮かべる。


「閣下、確かに真実であれば好機ですが、罠やもしれません。念のために部隊を三隊にわけるがよろしいかと」


ゼノンはその進言を容れて、部隊を三つに分けるとロイガ城へ迫った。


 果たして城門へ近づくと、城の一角にΔの描かれた白旗が上がった。

続いて城門が本当に開いたのを見て、ゼノンは喜色を浮かべた。


「我が事成れり、だ」


エルフの将軍リュサンドロスが制止する。


「その判断は尚早です。念のためわたくしが先行して様子を見て参りましょう」


しかし、ゼノンは制止を振り切って自ら一隊を率いて城門を通過した。

その時、背後で門が勢いよく降りた。


「ゼノンが罠にかかったぞ!殺せっ!」


無数の矢と火がゼノンたちに向けて降り注いだ。


外では磨羯カプリコーンことブルス将軍が異変に気づいた。


「ご主君が危ない!我に続け」


ブルスは唸り声を上げて城門に体当たりを繰り返し、血まみれになりながら遂に門を打ち壊した。

破壊された一角からゼノンの兵が雪崩れ込み、市街戦となった。

街に火がつき、大混乱となった。

エルフの将軍リュサンドロスは黒煙の中でゼノンを探し回った。


「閣下!閣下、ご無事ですか」


「その声はリュサンドロスか?」


リュサンドロスが振り向くとブルス将軍が立っていた。

二人は声を合わせて大声で叫んだ。


「城門は開きました!お戻りください、ゼノン閣下!」


ゼノンは煙に巻かれながらその声を頼りに進んだが、めきめきと音を立てて家の梁が彼めがけて焼け落ちてきた。

咄嗟に受け止めたが、右手と顔の半分に衝撃が走った。

そして、何か湿ったものを焼くような音がその長い耳に響いた。

梁を何とか投げ捨てて進むと、前方に長身の騎馬武者が見えた。

ゼノンはその長い耳を咄嗟に兜の中にしまい込む。


「おい、ゼノンを見つけたか」


竜骨の兜、水着のような独特の鎧。

銀色に輝くハルバードと、燃えるように赤い馬エリュトロン。

その掠れた声は、ジナイーダのものだった。


「いえっ、未だ捜索中であります!あちらの方角に黄色い馬に乗って進むのを見た、との情報がありました」


ゼノンは作り声をしながら出鱈目な方角を指さすと、城門の方角へ駆けていった。

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