第39話 猛女の復活

 クロエ率いる九頭竜騎士団の到来により、ジョシュア城の守兵の士気は再び蘇った。

太守トゥーギンのみならず領民も皆、思いがけない救援に歓喜の声を挙げた。


「あの声をお聞きくだされ」


太守トゥーギンはクロエをじっと見つめ、太守の佩印を解いた。


「今日からは、この老いぼれに替わって、貴女がジョシュア州の太守となってください」


クロエは驚いて印綬を押し返した。


「そんな、とんでもないことです。ご冗談はおよしになってください」


しかし、トゥーギンは至極真面目な顔で続ける。


「冗談ではありません。聞けば、貴女はアルカディア帝室に連なるお方だと言うではありませんか。貴女にはきっと、天下の騒乱を沈め、社稷を助け、万民に平和をもたらす資質が備わっておるのです。わしのごとき老耄が地位に恋々として新時代の幕開けを阻害してはいけない。どうか、お受けいただきたい」


クロエはトゥーギンの言葉に真実のこもっていることを感じたが、あくまで固辞の姿勢を貫いた。


「私はあくまでこの州を救援に参ったものです。それに、私には若い力はあってもトゥーギン殿のような徳がない。徳の薄い者に統治されるのは民にとって不幸です。どうか、お考え直しください」


二人の押し問答を見ながら背後に侍立していた鰐人ゲインがため息と共に義兄に話しかけた。


「ちぇっ、姐御はどうも律儀に過ぎるきらいがあるぜ。こんなもん、お受けしますってハッキリ言っちまえばいいのに」


義兄の蟲人ユスフは顎を鳴らして笑った。


「そういう律儀な人だからこそ、信用されるのさ」


ともあれ、いつまでも押し問答を続けるわけにもいかない。

蟲人ユスフはクロエとトゥーギンとの会話に割って入った。


「この問題は取り敢えず置いておいて、城下の敵に対処するのが先決ではござらんか」


二人はそれもそうだと考え直し、クロエの九頭竜騎士団を加えて防備を再編成するとともに、再び外交手段にも訴えてみようということで、停戦勧告をしたためた。


都エイレーネのゼノンの方では、クロエからの書簡を見ると不快感を露わにした。


「私ごとの復讐はさておいて、国難をまず扶けよ、だと?あの女に説教などされる筋合いはない。ちょこまかと動いていると思ったら、ジョシュア州を狙っておったか。トゥーギンともども葬ってくれるわ」


そのとき、隻眼のカリラオスとカリクレスの二将が進み出た。


「ゼノン様、我らが故地ハスティアが強襲され、失陥しました」


「なんだと?何者の仕業だ」


「大将軍ジナイーダです!」


 ハスティアの州都ロイガを陥落させた大将軍ジナイーダはロイガ城の露台に立って眼下に広がる街を見下ろすと笑みを浮かべた。

彼女は兜がわりに被った魔物の頭骨ーーそれは上級魔族ルコックとジナイーダの戦いの勝者がどちらであったかを物語っていたーーをついと押し上げた。


「ははは、絶景、絶景。テオドロスよ、お前の言った通り手薄だった。本当にあっさり落とせたな。褒めてやろう」


「はっ、ありがたき幸せ。しかし、これも閣下の武あってのこと。拙者の謀士としての能力によるものではありません」


テオドロスはそう言いながらも内心では、歓喜に満たされていた。

背中の傷が、ゼノンに背後から刺された時の傷が疼いていた。

一矢報いてやったぞ。

背後に控える鳥人族の傭兵ハルケ、禿頭の将軍コイノスも得意げな顔をしている。

コイノスがテオドロスを見て口を開いた。


「そもそも、俺たちが魔物と一緒に墜落したジナイーダ様に追いついたとき、お前が介抱してくれていなかったら危なかった。改めて礼を言う」


テオドロスがジナイーダに出会った時、彼女は魔物ルコックと共に地面に叩きつけられて意識を失っていた。

側には上空を追っていたハルケらよりも先に到着していた駿馬エリュトロンがおり、ジナイーダの顔を舐めて起こそうとしていた。

テオドロスはこの空から降ってきた猛女が何者かわからぬまま介抱し、信任を得た。

テオドロスは首を振った。


「こちらこそ、大将軍に巡り会えたおかげでゼノンに復讐する機会が出来ました。御礼を申したいのは私のほうです」


ジナイーダはテオドロスの頭に手をのばした。


「あたしもあの男がどうにも気に入らん。気が合うじゃあねえか、軍師さまよう」


ジナイーダはテオドロスの髪をわしゃわしゃとかき混ぜて笑うのであった。

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