第37話 救出

 「うぃー、今日も今日とて」


鰐人ゲインは覇王樹サボテンの酒の壺を片手に、ハーゲンの市場を酔っ払いながらフラフラと歩いていた。

見知った兵士達が市場でなにやら光るものを手に談笑しているのを見て、ゲインは声をかけた。


「おぅ、お前らご機嫌じゃあねぇか」


若い兵士の手には金の首飾りが握られていた。


「はい、行商人が来ていて、なかなか細工のいい物を安値で売っているので彼女への贈り物に買ったところです」


「やるねぇ、この色男」


ゲインは城に帰るとこの話を義兄の蟲人ユスフにした。


「いいものを安値で、ねぇ」


「え、兄貴、今の話で引っかかるところあるの?」


ユスフは四本の腕を器用に腕組みするとしばらく思案して、言った。


「その行商人を検分しよう」


そこまで聴いていたクロエも椅子から立ち上がる。


「いったい何の容疑で?いたずらに兵が出張っては、民が不安になるのでは」


「では市が終わる夕方を待って、少人数で参りましょう」


譲らないユスフを見てクロエは返す。


「何か勘が働くのね。いいわ、ただ私も行く」


 「おや、お武家さんたちがお揃いで、なんの御用です?わたくしどもは、もう店じまいをして帰るところですが」


行商人は訝しがってクロエ達を見やる。

ユスフは複眼に青い光をたたえて、優しげな声を行商人にかける。


「なに、こういう検査は抜き打ちでいつもやっているんだ。たまたま今回は君らに当たっただけさ。構えることはない」


商品はこの辺りでは見られない上等の物が多かった。

しかし、それだけでは疑うに足りない。


「これで検査は終了だ。夜道を進むなら、くれぐれも気をつけてな」


一行は行商人達がハーゲン市外に出るのを見送る。

ユスフは静かに言った。


「さ、追いましょう」


 行商人達は門をくぐって街の外に出ると、森の中に入って行った。

森の中には複数の馬車が繋いであった。


「いやぁ、売れた売れた」


「官憲が来たときは焦ったが」


行商人の一人が、馬車の幌をちらりと捲る。


「チャギスの親分、さらってきた女達はどうしますか。弱ってきましたが」


「次の街まで愉しんだら、舌を抜いて喋らないようにしてから奴隷に売ってしまおう」


チャギスと呼ばれた男は下卑た笑いを浮かべた。

しかし、その笑顔は一瞬のうちに恐怖に引き攣った顔へと変わった。

追いかけてきたクロエ一行が、ユスフを先頭に躍り出てきたのだ。

ユスフの目が赤く警告色に瞬いた。


「やはり賊であったか!神妙に縛につけぃ!」


チャギス達も慌てながらも、馬車に隠していた武器を手に取った。


「野郎!こうなったらやぶれかぶれだ。ぶっころしたらぁぁぁ!」


チャギスの槍は空を切っただけだった。

その機を逃さず、ユスフの四本腕に握られた獲物がチャギスの両腕を粉砕し、右上腕のハルバードがその首を跳ね飛ばした。

ゲインは尾で敵を薙ぎ倒しながら、なおも肉薄する敵をパルチザンで切り伏せる。

クロエもまた双剣を振るって何人かを倒し、馬車に手をかけた。

その中には縛られて憔悴しきった女性たちが転がっていた。

こうして、クロエ達は、ゼノンの父ゼノビオスが奪い去られた妾達を偶然にも救出したのである。

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