第35話 長耳公
遠くクロエの元にも都エイレーネでの動乱とその終活の噂は聞こえてきた。
「ヨハネス帝を奉じたゼノンは新たに宰相の地位につき、しきりに賢者を招き、勇士を募っているとか。馳せ参じた者の中で有能な者には高待遇を与える一方で、口先だけの無能な者には過酷な罰を与えている、とのことです。都ではゼノンは
蟲人ユスフの報告を聞いてクロエは思案する。
「信賞必罰が行き届いているならば、善政と言える、かな。ところで、なんで長耳公ってあだ名になったの?そんな特徴的な耳してたっけ、あの人」
その疑問には、会話に割って入った鰐人ゲインが答える。
「なんか、エルフみたいに急に耳が長くなったんだってよ!それが理由かわかんないけど、エルフ族はゼノンの言いなりになってるらしいぜ」
エルフがゼノンの配下になった一方で、ドワーフも新たな指導者アリアスの元で軍備を増強しているという。
アルカディア国内は半ば分裂し、群雄割拠の有り様を呈してきた。
◇
長耳公ことゼノンは、頭痛に苦しみながらも着々と地盤を固めつつあった。
宮殿の大庭園に聳える神樹ハオマにはエルフ達の多数の繭がぶら下がり、羽化の時を待っている。
「お前たちが、皇帝陛下の命令よりも私の命令を優先するのはなんでだろうな、ジュリアス」
ジュリアスと呼ばれたエルフは、新たに生成されたエルフの中でも知力に秀で、ゼノンの信任を得ていた。
「我々エルフは基本的に皇帝陛下に忠誠を誓うよう設計されている一方で、幼帝などの政務を執れない皇帝のもとでも機能を発揮できるよう、耳を介した心話により高位のエルフの命令を聴くことができます。私の耳はゼノン様の言葉を最高位のエルフの命令と認識します」
このエルフは自分を紛い物だと理解しているが、本能により逆らえないということか、とゼノンは考える。
「しかし、それでは私が皇帝の意にそぐわないような判断をしたときはどうなるのだ」
ジュリアスの耳がぴくぴくと動く。
「本来であれば、支配の指輪の力で、皇帝陛下のお言葉が最優先されるはずなのです」
支配の指輪か、とゼノンはつぶやく。
林立する神樹ハオマの先には、巨大な異形の天使クトゥルフが物言わず鎮座している。
新参の将軍ブルスがゼノンの視線の先を見て、豪快な笑い声を上げた。
「ぐわっはっはっは!支配の指輪がないことで助かることもありますが、あれは逆ですな。指輪がなければ起こすことも出来ない、ただのカカシです」
ゼノンも苦笑する。
「カカシでもあれだけ背が高ければ、群雄どもへの脅しにもなろう。ま、あんなカカシがなくとも、カプリコーンが居れば我が身は安全だがな」
「ははっ、ありがたきお言葉!」
カプリコーンというのは、逆臣マカリアスの護衛を務めた剛力無双の戦士で、ブルス将軍のあだ名となっている。
巨大な両手剣を引っ提げ、剛力ぶりを売り込んで士官してきたこのブルスをはじめゼノンは信用しなかった。
しかし、その折に強風が吹き荒れ、門に設置された軍旗が飛ばされそうになった。
多くの兵たちが軍旗を押さえられずに引き摺られていく中、ブルスは一喝して兵達を退かせると、片手でその旗をひょいと押さえてしまった。
風が止むまで片手で通したブルスを見て、ゼノンは感嘆して言った。
「これは私のカプリコーンである」
以来、ブルスは護衛として付き従っている。
何もかもが順調に進んでいる、とゼノンは思う。
「そういえば、父上にも久しく会っていないな。よし、落ち着いてきたことだし、我が父をこの宮殿にお迎えしよう」
ゼノンは戦乱を避けて隠居した父親への書状をしたためると、迎えの使者を遣った。
しかし、彼の柄にもない親孝行は、新たな戦乱を巻き起こすこととなるのであった。
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