第34話 王様の耳は驢馬の耳

 閃光に包まれた怪物バクシーは唸り声を上げて、攻撃の主を睨みつける。

角帽エナンを被った魔道士の一団が怪物の前に立ち塞がっていた。


「我ら角帽の徒は、再び国家に忠誠を誓い、皇帝陛下をお助けする」


鼻の高い女魔道士が杖を掲げた。

角帽教徒達とバクシー達が睨み合う中で、危うく難を逃れた皇帝ヨハネスのもとに侍従のエルフ達がうぞうぞと集う。


「お上、ご無事ですか」


「主上よ、どうかこちらにお下がりください」


皇帝がエルフ達によって少し離れると、魔道士達の背後からその操り手が姿を現した。


「長く地下墓所カタコンベに身を隠していたからかな。日光とはこんなに眩しいものか。さて、このゼノン・ゲオルギアデスが、大義により魔を討ち、混乱を収拾しよう」


ゼノンは冬でもないというのに大きな耳当てをしており、その手には死んだネグローニが残した五指剣を握っていた。

傍に隻眼のカリラオスとカリクレスの兄弟、禿頭で白い魔道衣を着た魔道士を引き連れている。

バクシーは前脚で自身の胸を叩き、吠えた。

すると、近衛の兵士の一隊を構成していたオーク兵たちの目が赤く輝き、人間族の近衛兵を襲い始めた。


「ネグローニも無駄なことに注力したものだ。魔族と融合したものは、上位魔族の統御に逆らえない。オーク兵を使って魔族を討つなど、不可能なのさ」


近衛兵達が崩れ、再び形勢は混沌とする、かに見えた。

だが、ゼノンの表情から余裕は消えない。


「そういう芸当が出来るのは、きみだけではないのだよ」


ゼノンは目を瞑る。


「エルフ達よ、我が意に応じ、朝敵を射て」


ヨハネス帝を囲っていたエルフ達は一斉にゼノンの方を振り向いた。

エルフはローブの下に隠していた半月刀シミターや小弓を取り出し、バクシーの甲羅が破損した部位へ執拗に攻撃を加え始めた。

エルフ達を除くその場にいた誰もが、同じことを考えていた。

エルフ、こんなに強い種族だったのか、と。

膂力こそ人間族やドワーフ族に劣るように見受けられるが、流れるような滑らかな動き、正確な攻撃には目を見張るものがあった。

エルフ達はバクシーの射出する棘をかわしながら、確実に傷を与えていく。

バクシーが弱ってくると、オークたちの動きも鈍り、魔道士達によって次々と排除されていった。

ついに膝をついたバクシーは、息も絶え絶えに言った。


「なぜだ……エルフは皇帝か、自身より高位のエルフの命令しか聴かぬはずだ」


「冥土の土産に見せてやろう」


ゼノンはゆっくりと耳当てを取った。

そこにはエルフのような長い耳があった。

針の後も生々しく、縫い付けられていた。

笑うゼノンだったが、急にこめかみを押さえて苦しみ出し、背後にいた白衣の魔道士に対して恨みがましい声を浴びせた。


「おい、カーダ。この頭痛はどうにかならんのか」


「違う種族の部位をつないだことによる、いわば拒否反応でございましょう。あなたの御祖父様の耳とはいえ、血のつながりはありませんからねぇ」


魔道士たちを率いていた女魔道士も、白衣の魔道士カーダの横に立って笑う。


「我慢していただかないと。それをつけている限りにおいて、あなたは、エルフの偽りの王でいられるのですから」


ゼノンはこめかみを押さえて、女魔道士を睨む。


「偽りの、は余計だぞ。リプル」


ゼノンがカリラオスとカリクレスの兄弟に目配せすると、二人は剣を抜いてバクシーの傷口にそれをねじ込み、怪獣は遂に倒れた。

ゼノンは振り返り、地べたに一人でへたり込むヨハネス帝に微笑んだ。


「陛下の第一の忠臣、ゼノンが参りましたぞ。ご安心召されよ」


不格好に縫い付けられた耳と、心を感じない笑顔。

ヨハネス帝は背に冷たい氷が這うように感じた。

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