第32話 連環の計 其のニ
尊厳公ネグローニと皇帝ヨハネスの御前で、優美に着飾った踊り子たちが輪舞を披露する。
踊り子たちは笛や竪琴の音に乗って、舞い落ちる花弁のように揺れた。
ネグローニは下卑た笑みを浮かべてヨハネス帝を見やる。
「陛下もそろそろ
ヨハネス帝は引き攣ったような声で応じる。
「朕はまだそのようなことには興味がない」
「それは残念。ではこいつらは斬ってしまいますか」
ネグローニは佩用の
踊り子達は悲鳴をあげ、逃げようとする。
「なんでそうなる!やめろ」
帝がネグローニを静止した其の時、頭足類のような仮面をつけた武人の装いの者が現れた。
笛や竪琴を奏していた楽人たちが、その装いを見て、曲を変えた。
「九頭竜王乱序か」
天才的な武勇を誇りながらも叔父であるゴナタス帝に疎まれ、自殺に追い込まれた古のズールー王の半生を舞とした曲である。
仮面の武人は玄妙にして大胆、詩的でありつつも身体性を感じさせる見事な踊りを披露する。
ネグローニは、いつになく澄んだ瞳で呟いた。
「美しい」
舞を終えると仮面の人物は、その面を取り、ネグローニとヨハネス帝の前に跪いた。
ネグローニは身を乗り出した。
「見事な舞であったな。きみはたしか……」
「司法長官オーウェンの息子モルフェウスにございます」
「ああ、そうであったな」
ネグローニはモルフェウスの手を握った。
その手つきはなんだかしっとりとしている。
モルフェウスの博打めいた疑念は確信に代わった。
モルフェウスも一歩身を乗り出して、ネグローニに囁いた。
「閣下。以前から、閣下も私と同じ苦しみを抱えているのではないかと思っていたのです」
「どういうことだ」
「あなたの瞳の中に、女人はいない」
◇
ネグローニは一度モルフェウスを帰らせてから、夜更けに再び彼を召した。
「閣下が美女を集めて荒淫にふけるのは、周囲を欺くためでしょう。強い男だと、男性的な専制者だと、思わせたかった。頂点に立つものとして、そう思われる必要があった」
「なぜ、わかった」
「閣下の、女人に対する突き放したような所作。普通の男は、自分が抱いた女に何がしかの情愛を抱くものです」
モルフェウスはネグローニの帯を解いた。
「私であれば、閣下の孤独を埋めることが出来ます」
二人は闇の中で、その肌を合わせた。
◇
数日後、ジナイーダは何かうきうきとした様子でネグローニの屋敷を訪ねた。
「ネグローニ様。実はあたしからお知らせしたいことがあるのです。実はある男と
ネグローニの背後から、着物のはだけたモルフェウスが現れた。
「あっっっ???」
「こ、こらモルフェウス。出てくるんじゃあない」
モルフェウスは顔を覆い、退がった。
「ん、どうしたジナイーダよ。続きを申してみよ」
ジナイーダは呆然として、頭を下げると回れ右して駆け出した。
◇
「実はジナイーダに何年も前に酒宴の帰りに襲われたことがあるのです。あの怪力で組み敷かれて無理やり……あの女の姿を見るたびにその屈辱が蘇って苦しくなります。どうか、私をこの屋敷に匿ってくださいまし」
モルフェウスはネグローニの胸に顔を埋めて泣く。
ネグローニは柄になく優しい手つきでその肩を抱くのである。
◇
「ジナイーダ、俺はあの変態に汚されてしまった。君と添い遂げることは出来そうにもない」
雨の深夜、ずぶ濡れで現れたモルフェウスをジナイーダはきつく抱きしめた。
「あたしはそんな事、気にしない」
「でも、ここ最近は彼の屋敷にとどめ置かれて、毎日相手をさせられている。地獄だよ。とても、君と暮らすなんて叶わないだろう。ああ、ネグローニが憎い。あいつさえいなくなれば」
ジナイーダはぎょっとした様子だ。
「ちょっと!そんなことを言ってはあんたの身が危うくなるよ」
「君はあいつが憎くないのか。世界の半分をやるなんて言っておきながら都落ち。愛する俺も奪われて。君のような美しい人があの悍ましい男に仕える必要なんてないんだ」
ジナイーダの視線はあちらこちらに揺れる。
「ネグローニはみんなに憎まれている。皇帝陛下も奴を排除したいとお考えになられている。だから、あれを殺せば君は救国の英雄だ」
「でも、今まであたしはあいつの手足となって動いてきたわけだし」
モルフェウスは励ますように返す。
「そんな事は些事に過ぎない。奴を討てば、みんな掌を返して君を讃えるだろう」
「そっかな、そう、だよね」
そんなわけあるか脳筋女、とモルフェウスは思いつつ、優しくジナイーダの唇を口付けで塞ぐのであった。
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