第31話 連環の計 其の一
エイレーネの宮中で開かれた宴席には、公卿百官が臨席し、豪華な料理や古酒が所狭しと並べられていた。
「逆将アレスの死に!」
「乾杯!」
「乾杯!」
アレスの死を祝うと言う薄暗い目的の宴であったが、貴族達は笑顔を貼り付けている。
尊厳公ネグローニは、貴族達を睨め付けるように眺めながら、笑みを浮かべた。
「国家の敵がまた一人消えたことは真に喜ばしい。私には、好きなことが二つある。一つは、不届者が無惨に死ぬこと。そして、もう一つは」
ネグローニの横でジナイーダが打者よろしく木製の打棒を振るう。
「そう、
百官は皆引き攣った笑い声を立てる。
ネグローニは続ける。
「野球で大切なのは団結力だ。これは国家の運営にも通ずるところがあると思っている。そう思わないかな、みんな」
ジナイーダが打棒を持ったまま貴族達の席の後ろをゆっくりと歩き始めた。
ある貴族の背後で、ジナイーダはぴたりと歩みを止めた。
「団結を乱すやつは、悲しいことだが、排除しなくてはいけない。みんなの勝利のためだ」
ネグローニがそう言うと、ジナイーダは手にした打棒でその貴族の頭をめった打ちにした。
一発打つ度に鮮血が散る。
何発目かで頭蓋の砕ける音がして、脳漿が卓上に飛び散った。
「彼は密かに逆将のひとりガブリエルと通謀していた。この事を諸官は教訓とされたい」
貴族達の何人かが堪らず嘔吐する中で、大貴族オーウェンは頭を抱えていた。
その傍らに座るオーウェンの美貌の息子モルフェウスはじっとネグローニを見据えるのであった。
◇
「父上、ネグローニを滅ぼす一計が私にあります」
息子モルフェウスの突然の談判に、オーウェンは面食らった。
「いまやネグローニの権力は盤石であるし、傍には剛力無双のジナイーダが侍っている。望みなどなかろうよ」
しかしモルフェウスは譲らない。
「それがあるのです。ともかく、まずはジナイーダをこの屋敷にお呼びいただきたい」
息子の気迫に気圧されて、オーウェンはジナイーダを自邸に招くことになった。
ジナイーダを訝りつつも、名族であるオーウェンの誘いを断らず、その屋敷にやってきた。
「オーウェン殿があたしを呼ぶなんて、どういう風の吹き回しかしら。いつも、あたしやネグローニ様のことを苦々しく思っているのではなくて?」
「とんでもない。尊厳公ネグローニ様は旧弊を打破せんとする改革者であると、心から尊敬しております。そしてジナイーダ将軍は、その尊厳公の矛となり、盾となりて、身体をはって国に尽くしていらっしゃる。どちらも欠くべからざる国士と存じます」
ジナイーダはおだてられるとパッと顔を明るくして酒盃を干した。
「息子も、尊敬するジナイーダ将軍にお会いしたいと申しております」
「えっ」
ジナイーダは虚をつかれたように、上擦った声を上げた。
扉を開けてモルフェウスが入ってきた。
「お久しゅうございます。ジナイーダ様」
モルフェウスと入れ替わるように、オーウェンはそそくさと退出した。
◇
「いつぶりかしら。あたしが西方に行った時に別れたのだから」
ジナイーダのかすれた声に、モルフェウスが楽器のような澄んだ声で返す。
「七年ぶりだ」
重い沈黙が続いた。
「もう、あたしのことなど忘れていたでしょう。今更なによ」
モルフェウスはジナイーダにゆっくりと近づいた。
「忘れるものか。君が旅立ってから、一日たりとも、君のことを思い出さない日はなかった」
「嘘よ」
「嘘じゃない」
モルフェウスのか細い手が、ジナイーダのごつごつした手を握る。
「そんなに未練があったなら、なんであの時、あたしを捨てたのよ!」
手を振り解くジナイーダを、モルフェウスは抱きしめる。
「西方に行く君の重荷になりたくなかったんだ。愛していたから」
ジナイーダは目に涙を浮かべる。
「だったとしても、もう遅すぎるわ」
「何事も遅すぎるなんてことはない。やり直そう、ジナイーダ」
ジナイーダの肩から力が抜けていった。
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