第31話 連環の計 其の一

 エイレーネの宮中で開かれた宴席には、公卿百官が臨席し、豪華な料理や古酒が所狭しと並べられていた。


「逆将アレスの死に!」


「乾杯!」


「乾杯!」


アレスの死を祝うと言う薄暗い目的の宴であったが、貴族達は笑顔を貼り付けている。

尊厳公ネグローニは、貴族達を睨め付けるように眺めながら、笑みを浮かべた。


「国家の敵がまた一人消えたことは真に喜ばしい。私には、好きなことが二つある。一つは、不届者が無惨に死ぬこと。そして、もう一つは」


ネグローニの横でジナイーダが打者よろしく木製の打棒を振るう。


「そう、野球ベイズボルだ」


百官は皆引き攣った笑い声を立てる。

ネグローニは続ける。


「野球で大切なのは団結力だ。これは国家の運営にも通ずるところがあると思っている。そう思わないかな、みんな」


ジナイーダが打棒を持ったまま貴族達の席の後ろをゆっくりと歩き始めた。

ある貴族の背後で、ジナイーダはぴたりと歩みを止めた。


「団結を乱すやつは、悲しいことだが、排除しなくてはいけない。みんなの勝利のためだ」


ネグローニがそう言うと、ジナイーダは手にした打棒でその貴族の頭をめった打ちにした。

一発打つ度に鮮血が散る。

何発目かで頭蓋の砕ける音がして、脳漿が卓上に飛び散った。


「彼は密かに逆将のひとりガブリエルと通謀していた。この事を諸官は教訓とされたい」


貴族達の何人かが堪らず嘔吐する中で、大貴族オーウェンは頭を抱えていた。

その傍らに座るオーウェンの美貌の息子モルフェウスはじっとネグローニを見据えるのであった。


 「父上、ネグローニを滅ぼす一計が私にあります」


息子モルフェウスの突然の談判に、オーウェンは面食らった。


「いまやネグローニの権力は盤石であるし、傍には剛力無双のジナイーダが侍っている。望みなどなかろうよ」


しかしモルフェウスは譲らない。


「それがあるのです。ともかく、まずはジナイーダをこの屋敷にお呼びいただきたい」


息子の気迫に気圧されて、オーウェンはジナイーダを自邸に招くことになった。

ジナイーダを訝りつつも、名族であるオーウェンの誘いを断らず、その屋敷にやってきた。


「オーウェン殿があたしを呼ぶなんて、どういう風の吹き回しかしら。いつも、あたしやネグローニ様のことを苦々しく思っているのではなくて?」


「とんでもない。尊厳公ネグローニ様は旧弊を打破せんとする改革者であると、心から尊敬しております。そしてジナイーダ将軍は、その尊厳公の矛となり、盾となりて、身体をはって国に尽くしていらっしゃる。どちらも欠くべからざる国士と存じます」


ジナイーダはおだてられるとパッと顔を明るくして酒盃を干した。


「息子も、尊敬するジナイーダ将軍にお会いしたいと申しております」


「えっ」


ジナイーダは虚をつかれたように、上擦った声を上げた。

扉を開けてモルフェウスが入ってきた。


「お久しゅうございます。ジナイーダ様」


モルフェウスと入れ替わるように、オーウェンはそそくさと退出した。


 「いつぶりかしら。あたしが西方に行った時に別れたのだから」


ジナイーダのかすれた声に、モルフェウスが楽器のような澄んだ声で返す。


「七年ぶりだ」


重い沈黙が続いた。


「もう、あたしのことなど忘れていたでしょう。今更なによ」


モルフェウスはジナイーダにゆっくりと近づいた。


「忘れるものか。君が旅立ってから、一日たりとも、君のことを思い出さない日はなかった」


「嘘よ」


「嘘じゃない」


モルフェウスのか細い手が、ジナイーダのごつごつした手を握る。


「そんなに未練があったなら、なんであの時、あたしを捨てたのよ!」


手を振り解くジナイーダを、モルフェウスは抱きしめる。


「西方に行く君の重荷になりたくなかったんだ。愛していたから」


ジナイーダは目に涙を浮かべる。


「だったとしても、もう遅すぎるわ」


「何事も遅すぎるなんてことはない。やり直そう、ジナイーダ」


ジナイーダの肩から力が抜けていった。

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