第30話 アレス死す
フォルミオン配下のコルソン将軍は、アレス率いるドワーフ軍が川を登り攻めてくるとの情報を得て、砦に籠り夜を徹して警戒に当たっていた。
ふと、夜の水面に篝火を灯した船影が現れた。
それも一つや二つではない。
船団といって差し支えない数の影だ。
「敵の夜襲だ!射て射て!一人残らず殺せ」
コルソンが叫ぶと、守備兵達は一斉に矢を放った。
豪雨のように矢が降り注ぎ、やがて手持ちの矢が底をついた。
「やったか?!」
しかし、兵士達が降りていって船を改めるとそれは無人の船であった。
「まさか……」
ばしゃばしゃと音を立てて別の何かが水面を進んでくる。
それは
「さすが父上、矢弾を使い果たさせる計略が見事に当たった。さぁて!アレスの子、アリアス推参!」
ドワーフの若武者がいの一番に上陸を果たし、動揺するコルソンの部下達を蹴散らしていく。
敵も騎士を繰り出して、アリアスを討ち取らんとする。
「やぁやぁ、我こそは……グホッ」
騎士が名乗りを上げる前に、アリアスの
まだ水上にあるアレスは、息子の初陣の活躍を見て満足そうに笑った。
「我が息子ながら頼もしいやつ。しかし、万が一にも討ち取らすなよ。大切な跡取りだからな」
アレスが左右の者に目配せすると、歴戦の武者たちがアリアスの援護に回った。
ドワーフ軍はコルソン軍を一方的に蹂躙した。
コルソンは砦を放棄し、逃走した。
◇
フォルミオンの割拠するアンティカシア州では蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。
コルソン将軍が大敗してのち、城内ではミハエルと同盟を結んで対抗すべきとする謀士カロンと、単独で撃破できると豪語する水軍の将サイボウズとの間で対立が起きた。
結局、サイボウズ将軍が兵を率いたがこれも惨敗。
謀士カロンはサイボウズの処罰を求めたが、フォルミオンはこう言って拒否した。
「いまは一人も欠かすことの出来ない非常時だからのう」
カロンは内心で舌打ちをした。
フォルミオンはサイボウズの妹が美人なので、これを愛人として入れあげており、それがために処罰をためらったのだ。
「ミハエルとの同盟も今となっては間に合わん。残るはこのアンティカシアの
アンティカシア城に攻め入るには平地の道と、ケーン山を越える山道がある。
平地を通れば城壁や堀にぶち当たる。
かといって、険しい山道を通って侵攻してきた例は今までにない。
しかし、戦上手として知られるアレスは敢えてその道を選び、裏をかこうとするかも知れぬ。
カロンは同僚の武将リュコンを呼び出した。
「リュコン殿はケーン山の頂に陣を構えてほしい。万が一、山を越えてくる敵があれば、これを討ってくれ」
「しかし、装備をつけてあの山を登るだけでも尋常の労苦ではありませんぞ。十分な備えができるかどうか」
カロンは笑う。
「山にある石や倒木がそのまま無限の矢弾となろう」
◇
その日、アレスは不快な心持ちでケーン山を登っていた。
「旗が折れたくらいで怖気付くとはなんだ。まったく、天命は我とともにあるというのに」
そう呟いて握る拳の中には支配の指輪が輝いている。
朝、アンティカシア城攻略へ向けて出発しようとした時に火神カタンガの紋章を描いた旗が折れた。
兵士達は不吉だと騒ぎ出し、アレスが演説を振るって説得する事態となった。
今は落ち着いているが、その兵士達の弱気に彼は腹を立てている。
跨る
その時、ぱらばらと小石が落ちてきた。
アレスが上を見上げると、今度は大岩と倒木が次々と降ってきた。
「むぅ!罠かッ!」
前後の者達が大岩に押しつぶされ、あるいはそれを避けようとして崖下に落下していく。
アレスの猪にも岩が当たり、彼はその拍子に背から投げ出されてしまった。
アレスは崖を滑落しかけながらも、片手でなんとか岩肌を掴んで持ち堪える。
「なんてことだ!父上、いまアリアスがお助けします。しばしのご辛抱を」
崖の上から、長子アリアスが腕を伸ばす。
しかし、アレスの視線は息子ではなく、崖に引っかかった支配の指輪に注がれていた。
「父上?」
「待て、もう少しで届く。天命が……」
アレスは右手で岩を掴みながら、左手で岩肌に光る指輪に手を伸ばす。
「父上、諦めてください。そんな指輪なくとも、父上の才覚があれば……」
アリアスの声は、父親に届かなかった。
アレスは左手でなんとか指輪を掴んだ。
「やった。やはり天命は我と共にあるのだ」
ずるっ、という湿った音と共に、アレスの右手が岩から滑り落ちた。
アレスの満足気な表情は、一瞬で驚愕、恐怖、絶望のないまぜになった不気味なものへと変わった。
絶叫が山中にこだました。
アリアスは落下する父を見ているしか出来なかった。
かくして、ドワーフの英雄アレス将軍は、僭国の野望を果たすことなく、命を落とした。
◇
カロンはドワーフ軍が退いたことを見てアレスの死を察し、間髪入れずにリュコンとコルソンに追撃をさせた。
撤退しながらもアリアスは父の仇リュコンを討ち果たした。
「リュコンの死に怖気付いてはなりません。アレスが死んだ今は千載一隅の機会です。このまま全軍を率いてカタンガ郡に攻め入り、滅ぼすべきです。時をおけば、ドワーフ共は力を蓄えて再び侵攻してきますぞ」
そう主張するカロンをフォルミオンはたしなめる。
「まさか、私にそんな野心はない。皆疲れている。退いてくれればそれでよしとしようじゃあないか」
牧歌的な主君を見て、大事は去った、とカロンは嘆くのであった。
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