第29話 新たな火種

 ガブリエル・アンゲロプロスはかつて反ネグローニ連合で兵糧方を務めた貴族であり、総大将ミハエル・アンゲロプロスの従弟である。

連合が瓦解したのち、従兄から何の恩賞の沙汰もなかったので、彼の狭小な心は不満で一杯であった。

彼は従兄に手紙を送った。


「先頃の恩賞に、一万ドラクマの銀貨と三百頭の名馬を賜りたい。よこさねば私にも考えがある」


この脅迫めいた手紙を、ミハエルのほうでは破り捨てて無視した。

こんなことがあって従兄弟の間は不和となったが、ガブリエルは経済的にはミハエルに依存するところが大きかったので、たちまち困窮するところとなった。

そこで今度はアンティカシア州のフォルミオンという大貴族に兵糧を無心したが、これもすげなく断られた。

ガブリエルは荒れ狂い、ミハエルとフォルミオンへの報復を企むようになった。

彼はドワーフの将軍、カタンガのアレスへと手紙を送った。


「先の戦で貴公への兵糧へ細工をしたのは、実は我が従兄ミハエルである。私は止めたのだが、力およばず申し訳なく思う。今またミハエルは良からぬ企てを起こし、アンティカシア州のフォルミオンと組んでカタンガ郡へ攻め入ろうとしている。今度こそは従兄の野望を防がねばならぬ。そこで、貴公は先んじてフォルミオンを攻めたまえ。私は兵をもってこれを助けよう。そのかわり私がミハエルと事を構える時は、貴公も加わってほしい。貴公がアンティカシア州を得て、私がキシュリア郡を得れば一気に二つの復讐がなるであろう」


 カタンガ郡は大小の火山群にへばりついたように作られた町が、山の麓を流れる川によって結ばれた奇観の土地である。

河川は全てが海のようなピクノス湖に合流し、湖を臨んで堅牢なカタンガ城が聳え立っていた。

旅先から帰ったドワーフの騎士ティフォンは湖にびっしりと並べられた軍船と、船に積み込まれた檻の中の戦猪ケリュドーンを見て仰天した。

ティフォンは湖を渡し船で進みながら、船頭に尋ねる。


「なんだってあんな戦支度を。おまえ何か聞いておるか」


「はあ、なんでもアンティカシアのほうにけしからんやつがいるので、討伐するのじゃとお殿様がもうしたとかで」


カタンガ城についたティフォンは周囲にことの次第を聞くと、主君であるアレスの部屋へ乗り込んだ。


「アレス様!聞けば、ガブリエルなどの密書を信じて兵を起こされたとか。あまりに軽率ではござらんか」


部屋にはアレスとその長子アリアスがいた。

アレスは咳払いをする。


「信じてなどおらん。ガブリエルはもとより偽り多く、信頼するに足らぬ小人だ」


「ではなぜ……」


アレスは首から提げた鎖の先、支配の指輪を弄ぶ。


「私は自身の国を開くため、この地を縦横に切り取る。折良く侵攻の名分をガブリエルが整えてくれたので乗ったまでのこと。フォルミオンを片付けたら、いずれはガブリエルも始末する」


長子アリアスが剣を抜く。


「そういうことだ。父上に従い、この俺も初陣を果たす。これ以上文句を言うなら、父上に代わって叩っ斬るぞ」


熱を帯びた口調の二人に気押され、ティフォンは内心に不安を抱えつつも頭を下げて退出してしまった。

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