第28話 発掘

 ネグローニが強引に遷都した古都エイレーネは急激な人口の増加により喧騒に包まれていた。

エイレーネ宮殿の露台に皇帝を伴ったネグローニは、主君を振り向いて言った。


「陛下、この活況をご覧ください。陛下がこの地エイレーネに戻られたことを、高祖アルカディウス1世は天上からお喜びになっておられるでしょう」


「……アムルタに都を遷した世祖レオン帝は涙を流して悲しんでいるかもしれぬぞ」


まだ少年のヨハネス帝が反駮したことに、ネグローニは笑みを浮かべて、ほう、と言っただけだった。

がちゃがちゃと音を立てて、ジナイーダが露台に入ってきた。


「ミハエルとホーソンが仲間割れをして泥沼の戦闘をしているそうですよ。あたしが行って、両方片付けて来ましょうか」


ネグローニは振り返る。


「いや、いい。陛下の勅命で仲裁をし、こちらに手を出しにくくする。そんなことより、墓所の発掘はどうした。“天使アンゲロス”は見つかったのか」


「進めていますが、まだ発見には至っていません」


「そちらが最優先だ。戻れ」


ジナイーダは渋面をつくって踵を返し、何歩か歩くと聞こえよがしに呟いた。


「墓荒らしをするために、あんたに仕えてるわけじゃない」


ネグローニはおもむろに懐から短剣を取り出し、ジナイーダに投げつけた。

ジナイーダの鎧骨格がいこっかくは金属のような音を立てて、短剣を弾いた。

振り返ったジナイーダは舌打ちをして、ネグローニを睨みつけると退出していった。


 ホーソンとミハエルの小競り合いに、急に終止符が打たれた。

都エイレーネから派遣された勅使により停戦を促すみことのりがもたらされ、双方がそれに乗ったからである。

停戦が決まると助太刀たるクロエ達の居場所もなくなる。

ホーソンはクロエへの感謝を示すために、クロエをハーゲン郡の郡守に推す上表を送ってくれた。

返答は間も無く届き、クロエはハーゲン郡の郡守となった。

赴任するにあたって盛大な離別の宴が催されたが、その中で終始浮かない顔をしている者があった。

玩人シリルである。


「シリル殿、陣中でせっかく良い友を見つけたのに、もうお別れですね」


クロエがそう声をかけると、シリルは無言でクロエの袖を引っ張り天幕の外に連れ出した。

闇夜には朧月がはかなげに輝いている。


「私は貴女と離れがたく思っている。私も一緒にハーゲン郡へ連れて行ってはくださらぬか」


しばしの沈黙があった。

シリルが続ける。


「私ははじめミハエル将軍に仕えていましたが、彼に不徳な行いが多かったため、ついに見限って出奔しました。そこで拾ってくれたホーソン将軍も、ネグローニなんぞの仲裁に飛びついてホッとしているような御仁であった。彼も救国の英雄たる器とは思われない。ミハエルと丁度お似合いの相手です」


シリルはクロエの手を握った。


「貴女こそが、救国の英雄ではないかと私は思っている。どうか私を家臣として連れて行ってほしいのです」


クロエはゆっくり首を横に振った。


「気持ちは嬉しいが、それはお互いのためにならない。こうも短い間に仕える主君をころころ変えてしまっては、貴方の騎士としての評判は毀損されるでしょう。また、友人のホーソンから有望な部下を引き抜いたとあっては、私もよくは思われないし、ホーソンとの友情にもひびが入る。まずは、我が友ホーソンを支えてください。もし、私たち二人の間に縁があるならば、再び会えるでしょう。その時は必ずお迎えします」


シリルは目を伏せて頷いた。


「では、時が至るのを待ちましょう」


こうしてシリルとの再会を約束したクロエはハーゲン郡へと旅立つのであった。

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