第27話 助太刀

 陣を立て直したホーソンは再びキシュリア郡に兵を進めた。

国境のバンガ河の対岸からホーソンの陣を眺めたミハエル将軍は、感嘆の声を漏らした。


「やあ、あれがホーソンご自慢の白馬義従レフコーアルコリポテスか。敵ながら壮観であるな」


ホーソンは白馬ばかりを揃えた騎兵隊をもって天魔道ラザロを討ったことで名を上げた人物である。

ついに出し惜しみしていた自慢の精鋭部隊を繰り出してきた。

ミハエルは配下を振り返って言う。


「カストル、ポルックス。汝らは両翼の備えとなれ。キクギリス、お前は弩弓手を率いて伏せておけ」


両軍は河を挟んで睨み合ったまま五時間ほども時を過ごしたが、やがて痺れを切らしたホーソンは配下のゲンクルスに命じて渡河を始めた。

さっ、とミハエルが剣を掲げるとキクギリス率いる弩弓隊が一斉に矢を放った。

自慢の白馬達が次々と倒れると、間髪入れずにカストルとポルックスが両翼から攻め立てる。

カストルの棍棒がホーソン配下のゲンクルスの頭を叩き潰すと、形勢は一気にミハエル有利になった。


「ははは、名馬を揃えたところで凡将は凡将だ。このまま一気にホーソンも討ち取ってしまえ」


キクギリスはその声に応えてホーソン目掛けて突き進んでいく。

ホーソンは悔しさに歯噛みしながら再び逃走したが、混乱する味方に阻まれて上手く後退できない。

その時、ホーソンの背後にいた小部隊が静かに動き出し、突出したキクギリスを取り囲んだ。

白馬に跨った小さな戦士が、強烈な一撃をキクギリスに叩き込む。

喉元を騎馬槍ランスで貫かれたキクギリスは、血の泡を吐きながら地に落ちた。

騎馬槍を血振りするのは、玩人の戦士シリルであった。

シリルはホーソンを一瞥すると自身に任された小部隊を率いて、逆にミハエルの陣に深く侵入していった。


 「ホーソンも大したことなかったなぁ」


すっかり勝った気になって笑っていたミハエルの周囲に、しかし、突然矢が集まってきた。

常ならざる勢いで迫ってくる小部隊とそれを率いる小さな戦士を見て、ミハエルの謀士の一人であるデンプルスが慌てる。


「ミハエル様、お退きください。ここにいては万が一のことがありまする。あれなる崖の下にひとまず隠れて……」


しかし、ミハエルはいつになく豪胆に笑った。


「私は天下にこの家あり、四世三公と謳われたアンゲロプロス家のミハエルだぞ。この程度のことで逃げ隠れしては、家門の恥だ」


そう言ってミハエルは鎧を脱ぎ捨てて、剣を振り回しながら叫ぶ。


「者ども、死を恐れるな!」


この空元気が功を奏し、ミハエルの陣は再び盛り返してシリル隊を押し留めた。

そこにカストルとポルックスが舞い戻ってきて兵を合わせたので、今度はミハエル軍が優勢となって怒涛の如く攻め寄せる。

しかし、その時、一本の鏑矢が戦場に鳴り響いた。

ミハエルが見上げると丘の上に、見覚えのある姫騎士が弓を構えている。


「クロエ・アルカディウスと九頭竜騎士団、義に拠ってホーソン殿に助太刀いたす」


「なにおぅ、小娘ッ!」


ミハエルは憤然として剣でクロエを指し示す。

ミハエル配下の兵卒は丘に向かって殺到する。

しかし、数秒の後、兵士達の固まりは爆発でもしたかのように上空や左右に吹き飛ばされた。

その中には嵐のように武器を振るって立ち回る蟲人ユスフと鰐人ゲインの姿があった。

その鬼神のごとき戦いぶりに、ミハエルも青ざめて馬をめぐらし退き始めた。


 クロエたち九頭竜騎士団の加勢により、ホーソンとミハエルの戦いはひとまず引き分けのような形で終わった。

ホーソンはクロエ達を天幕に呼び寄せる。


「まったく、今日の命を長らえたのは君たちのおかげだよ」


ホーソンはそういって深く頭を下げると、傍に玩人の戦士を呼び寄せた。


「実は、昨日も同様に私の命を助けてくれた者があってね。それが彼、玩人ながら凄腕の戦士であり、優れた将軍でもあるシリル君だ。義を重んじる者同士、気があうだろう」


シリルは頭を下げる。


「ジョルザンヌ郡の生まれ、玩人族のシリルです。太守より過分な紹介にあずかりましたが、私など一介の流浪の戦士に過ぎません。どうか、買い被らないでいただきたい」


クロエは赤面するシリルを見て、その素朴な人柄を好ましく感じた。

ホーソンはまたクロエを紹介する。


「シリル、彼女は私の学友クロエだ。九頭竜騎士団という名うての傭兵団を率いて縦横に活躍している」


シリルはハッとした顔を見せる。


「すると、傍らのお二人が蟲人の勇者ユスフ殿と、鰐人の豪傑ゲイン殿ですか。二人の英雄を引き連れる帝室の血をひいた姫騎士クロエ殿のお噂は、私も聞いたことがあります」


シリルとクロエ達の会話は盛り上がった。

話している間にも、クロエはシリルの人となりをそれとなく見る。


ーー見た目の愛くるしさに似合わず、尋常ならざる武人らしい。慎ましい性格も申し分ない。しかし、白猫っぽくてかわいいなぁ。モフモフだモフモフーー


シリルもまたクロエを見据える。


ーーまだ若者ながら意思の強さを感じる。噂以上の人物と見える。しかし、なんか触ってきそうな距離感の近さがあるのは気にはなるがーー


そのとき、シリルの背後で馬のいななきが聞こえた。


「シリル、此度の働きに感謝して、とっておきの馬を用意した。是非乗ってくれ」


振り返れば、銀毛雪白の見事な馬が御者にひかれてやってきていた。

シリルはさっそく馬に跨って天幕の周りを一走りしてみせた。

クロエは馬を見て感嘆の声を上げる。


「綺麗な馬ね。まるで雪花石膏アラバスターみたい」


「アラバスター……ちょうどいい。この馬の名前はそれにいたしましょう」


シリルの胸中には馬をくれたホーソンへの感謝の気持ちもあったが、それ以上にクロエとの邂逅が深く刻み込まれたのであった。

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