第26話 玩人シリル
焦土となった都アムルタに取り残された総大将ミハエルは、なす術もなく、自分も本拠地であるカダイリア郡に帰ってしまった。
しかし、反ネグローニ連合軍の総大将という立場は彼の手勢を無駄に膨らませ、たちまち軍の維持に窮乏する結果となった。
「キシュリアの太守カンプルスに兵糧を無心しようと思うが、どうかな」
そう諸将に問うミハエルに、部将ボルキスが答える。
「キシュリアは確かに豊穣の土地でありますし、殿の求めとあらばホルキスも応じましょう。しかし、殿がカンプルスごときの下風に立つ必要がありますかな。
名門中の名門の子息であるミハエルは、その言葉に自尊心を大いにくすぐられた。
「それはその通りだな。しかし、策はあるのか」
「ございますとも。まず、ノースヘイ郡の太守ホーソンに、ともにキシュリアを攻め取って分け合おうと持ちかけます」
「なるほどなるほど」
「次にキシュリアの太守カンプルスに、ホーソンがお前の領土を狙っているぞと伝えます。調べると実際にホーソンは戦支度をしているので、カンプルスは慌てます」
「すると?」
「するとカンプルスはミハエル様に救援を求めます。我が軍は援軍のふりをしてキシュリアに侵入し、乗っ取るのです」
「完璧だ!お前は天才だよボルキス!」
ミハエルはボルキスの肩をばんばん叩き、キラリと歯を光らせて笑う。
はしゃぐミハエルの事を、冷たい目で見据える男がいた。
男は槍を担ぐと、一瞥もせずに城を出て行った。
◇
ことはミハエルの目論見通りに進んだ。
キシュリアに何なく侵入したミハエルはカンプルスを幽閉し、キシュリアは自身の領土になったと宣言した。
あっさりとキシュリア全土を乗っ取ったミハエルであったが、その地はホーソンと二分する約束であった土地である。
ホーソンが弟を使者として抗議をすると、ミハエルは不快に思い、これを部下に命じて射殺させてしまった。
ホーソンは激怒し、直ちに兵を集めてキシュリアに侵入を図り、国境の橋まで押し寄せた。
「悪漢ミハエル、このホーソン・レフコンスが成敗してくれる!」
ミハエルもまた橋に馬を進めて、答える。
「ふん、カンプルスは身の不才を恥じて私に郡を譲ったのだよ。悪漢とは、平和なこの郡に狂兵を引き連れて襲い掛からんとする貴様のことだ。疾く去らねば、痛い目を見るぞ」
「お前のような卑劣な男を一度でも盟主と仰いだ自分が恥ずかしい。お前は家柄や風体が立派なだけで、中身は畜生以下だ。絹の靴下に入った糞のような男だ」
ミハエルは指をぱちりと鳴らす。
「カストル、ポルックス。あいつを生け捕って、舌を引き抜いてしまえ」
ミハエルの背後から出てきたのは、丈十尺はあろうかという二人の巨人戦士であった。
打ち棒のような長い棍棒を持った黒い毛皮を着た巨人、先にごつごつした柄頭をつけた棍棒の茶色い毛皮を着た巨人。
ホーソンは息を飲む。
「
巨人のうち、黒い毛皮の方が棍棒をぐるりと回してミハエルに言う。
「殿、俺一人で十分だぁ」
「よし、ポルックス。汝が行け」
ポルックスは馬にも乗らず、駆け出した。
巨人戦士ポルックスは巨体に似合わぬ俊敏な動きでホーソンに打ちかかる。
ホーソンも数号は持ち堪えたが結局は敵わず、慌てて踵を返して逃げ出した。
ポルックスが徒歩でそれを追いかける。
ホーソンの手勢もポルックスに挑み掛かるが、棍棒が舞うたびに兵士達の骨は砕け、脳漿が飛び散り、橋の上は阿鼻叫喚の地獄絵図となった。
◇
味方ともはぐれ、必死で森の中を逃走するホーソンであったが、遂に馬の脚が木の根につまづいた拍子に折れ、泥の上に投げ出されてしまった。
背後からは
ポルックスはもがくホーソンの前で棍棒を構える。
「殿はなんつってたかなぁ、忘れちまったぁ。まあいいや、殺そう」
棍棒が振り下ろされんとしたその時、樹上から小さな影が飛び出してきた。
「ヤーッ!」
その小さな影はポルックスの胸を
ポルックスの胸が傷つき、血が吹き出した。
「いでっ、なんだテメェは」
それは
マスコット族の戦士は目にも止まらぬ動きでポルックスを翻弄する。
あちこちから出血したポルックスは悲鳴を上げて、遂に逃走してしまった。
マスコット族の戦士はポルックスを追うことはせず、再び森の中を歩き出した。
「待て、待ってくれ。命の恩人の名を聞きたい。礼をさせてほしい」
マスコット族の戦士は兜を脱いだ。
白猫かなにかのような容姿をしていた。
「それがしはジョルザンヌ郡の生まれ、名をシリルと申す。
主君だったミハエル公が仕えるに足らぬ人であると判断し、故郷に帰るところだ。一方的な殺しを見かねて助けに入ったが、そろそろお暇させていただく」
「まずは命の礼を言う。ありがとう。しかし、貴殿ほどの勇者が故郷に帰って、名をなさずに一生を終えるのはいかにももったいない。私とて智仁兼備の人ではないが、きっとミハエルよりはましなはずだ。客将としてお迎えするから、貴殿にその気があれば、どうだ」
シリルは少し逡巡した様子だったが、やがて頷くとホーソンを助け起こした。
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