第25話 空中分解

 反ネグローニ連合軍から、そして総大将ミハエルのもとから、次々と人が消えていた。

ゼノンはジナイーダ達に敗れたまま行方をくらましてしまったし、アレスは病と称してカタンガの地に帰ってしまった。

アレスの急な帰国を見て、ミハエルの従兄弟であるガブリエルが反応した。


「病と言いながらやけに整々と帰っていったのはいかにも怪しい。アレスの本拠地カタンガは私の封土と近い。良からぬ真似をされてはたまらないので、私も帰らせてもらうぞ」


主だったものがいなくなると、ゼノンの予言した通りに軍の規律や風紀は乱れ、都アムルタの周辺では連合軍による略奪や強姦が相次いだ。

また、仲の悪かった将軍同士が小競り合いを始め、市街戦が起きて大量の死者を出す始末であった。


 ある夜、クロエは同郷の将軍ホーソンより呼び出された。

闇夜に犬の遠吠えが響く。

ホーソンの天幕に入ると、彼もまたその遠吠えのする方向を見据えて嘆息した。


「人の肉を食って野生に返った犬の声だ。ぞっとする。……よく来てくれた、クロエ。今日はお別れを言おうと思ってね」


「あなたも帰るの?」


ホーソンは再びため息をついた。


「反ネグローニ連合軍はばらばらになってしまった。そして乱れきった連合軍をまとめ直す才覚は、ミハエルにはない。混乱はこの後も増すばかりだと思う」


「そうかも知れない」


「君らも得るものがなくて気の毒だが、ひとまずはどこかに拠って後日の再起を図ることを勧めるね。ともかく、私は陣を引き払って封地に帰ろうと思う。何か困ったことがあれば、いつでも訪ねてくれ。同郷のよしみだ。力になろう。」


「ありがとう。ご縁があれば、お互い助け合いましょう」


二人は握手を交わし、別れた。


 クロエも仕方なく、かつて尉を務めた村を含む地域、ハーゲン郡を目指して連合軍を離脱した。

クロエは深い深いため息をついた。


「こんなグダグダに終わるとか、想像の斜め上を超えていくわね」


蟲人ユスフもまた悔しそうな顔をしていたが、鰐人ゲインだけはバジリスクの背で酒を飲みゲラゲラと笑っていた。


「なぁに、得るものがなかったといっても、何か失ったわけじゃねぇんだ。みんな無事だったわけだしさ。命あっての物だねぇ、って言うだろ」


ユスフはキシュキシュと牙を鳴らして笑う。


「ばか。それを言うなら、命あっての物種、だ」


頭にハテナを浮かべるゲインを見て、クロエもくすりと笑うのだった。

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