第24話 支配の指輪
ゼノン率いる追討部隊は、エイレーネへと向かうその道中でセヴァン渓谷に差し掛かった。
セヴァン渓谷の入り口には小城があり、わずかな守備兵が残っていたが、ゼノンはこれを速やかに蹴散らした。
一行は意気高く渓谷へと進んでいく。
セヴァン渓谷を越えるには、渓谷を登る険しい山道を通るか、谷底を通る二つの道がある。
水の枯れた渓谷の底には、即席の
「皆の者、もう少しで逆臣ネグローニに追いつくぞ。奴を討てば、我が勲功は余人の及ばぬものとなり、諸君らも高位高官に栄達することは間違いない。今しばらくの辛抱だ」
そのように、部下達を励ましつつ谷底を進むゼノンであったが、しばらくすると遥か谷の上からしゃがれた高笑いが聞こえた。
谷の上にはジナイーダが二人の戦士と多数の雑兵を引き連れて腕組みをしていた。
二人の戦士のうち、頭を剃り上げたいかついのはコイノスという人間族の戦士でジナイーダの子飼いの部下だ。
こちらはゼノンも見かけたことがあったが、もう一人の円筒型の兜を被ってマントを羽織った戦士は見たことがない。
「ネグローニの読み通りだねぇ。
コイノスは眼前の岩を投げ落とし、兵士達がそれに続いて、岩石を次々と投げ落とした。
渓谷に風が吹き、ハルケと呼ばれた男のマントがはだけた。
ハルケの腕は、腕ではなく、大きな翼になっていた。
ゼノンは思い出した。
ハルケ、翼を持つ
しかし、そんなことをほとんど考える間も無く逃げ惑うしかない。
ハルケは上空に舞い脚の爪で器用に弓を構えると、ゼノンに狙いを定めた。
「若!危ない」
配下カリラオスが馬を寄せ、ゼノンを突き飛ばした。
放たれた矢はカリラオスの左目に突き立った。
「カリラオス!」
「あの女を、仕損じた失態は取り返せましたかな。」
ズールー王家の生き残りだというクロエに、ゼノンは本能的な脅威を感じていた。
腹心であるカリラオスはゼノンの命に従ってクロエの暗殺を図ったが、ダモクレスの妨害にあって失敗してしまったのだ。
「そんなことはいい、それよりもお前、目が」
「こんなもの、どうということはありません」
カリラオスは矢ごと左目を引き抜くと、それを口に運び飲み込んでしまった。
「ははは、親から貰ったものを無駄にしたくないので。さ、ここは逃げましょう」
◇
ゼノンが危機に陥っているその頃、アムルタの宮殿の中庭ではドワーフの将軍アレスが光った井戸の底を配下のドワーフ達にさらわせていた。
井戸の底から現れたのは一体の屍である。
それは、エルフの死体であった。
男性とも女性ともつかない中性的な白面はエルフ共通の特徴だが、帝室の紋章の入った仕立ての良いローブは、このエルフが皇帝直属の侍従であることを示していた。
エルフは、大事そうに発光する何かを握りしめたまま事切れている。
「これが、光の源か」
アレスがその手を開かせると、一つの指輪が転がり出た。
その指輪には、湾曲した線で描かれた五芒星と、その中心に目のような模様が彫られていた。
「これは伝国の
湾曲した五芒星は広くアザト神を示すものだが、これに目が加わるとアルカディウス帝室の印となる。
アルカディウス王朝では公文書には蝋で封をして、その上からそれぞれの所管の長が印綬の指輪ーーいわゆるシグネットリングーーを押し付けて印となす。
皇帝の印である
支配の指輪には、逆臣マカリアスが強奪を図った時についたという傷があるはずだが……果たして欠けた部分を金で埋めた形跡がある。
間違いなく本物の支配の指輪である。
当然、筋から言えば総大将であるミハエルにひとまず献上すべきものであろう。
しかし、アレスの手は震えていた。
その意を汲んで、腹心ガイウスは耳打ちした。
「これはアルカディウス王朝はじまって以来の至宝。これが、アレス様の手に入ったのはとても偶然とは思われません」
「私もそう思うが……」
ガイウスは言葉を次いだ。
「これは、天が授けたのです。
アレスの目に妖しい炎が灯った。
「そうだな。これは天命だ」
アレスは配下達を
「みな、今宵のことは誰にも他言するなよ。秘密を漏らした者は斬る」
◇
ゼノンは文字通りのずたぼろになりながらもジナイーダの追撃を脱し、背後を振り返った。
雑兵はみな逃げ散り、片目を失ったカリラオスやその弟のカリクレスといった挙兵以来のわずかな郎党しかいない。
その郎党も逃走の中でかなりの数が討たれていた。
空白の目立つ馬群を眺め、頭を垂れてため息を漏らす。
「あいつも死んだ。やつも死んだ」
ーーそうだ。お前のせいで死んだーー
ゼノンが顔を上げると、騎馬隊の中には首のない者、全身に矢を受けている者などが混じって、空白を埋めていた。
亡者達の中には、誤解から殺してしまった恩人のランブロスの姿もあった。
ーーお前もこっちに来いーー
ゼノンは馬の手綱を握る手を思わず離してしまった。
若、と呼びかけるカリラオスの声がやけに遠く聞こえた。
その刹那、ゼノンは笑った。
高笑い、哄笑と言ってもよかった。
「生憎、まだ死ぬつもりはないんでね。いつかの教父に言われた通り、英雄と言わずとも奸雄になったならば、その時は俺の首をくれてやる。お楽しみは最後まで取っておけ」
ゼノンが瞬きする間に、騎馬の中から亡者達は消え失せていた。
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