第23話 追撃

 ティンダロス関の敵がにわかにいなくなったので、反ネグローニ連合軍は首都アムルタへ向け進軍した。

夜更けに都に辿り着いた彼らが目にしたのは、凄惨な光景だった。


「都が、燃えている!」


「アムルタが火の海だ」


天をも焦がさんほどの火柱が、都を覆い尽くしていた。

文明の華と謳われたアムルタはいま巨大な瓦礫へと変貌しつつあった。

そこにドワーフの将軍アレスが進み出た。


「何を狼狽えている。速く火を消して、逃げ遅れた者を探すんだ!」


アレスの一喝に将兵は目を覚ましたかのように消化活動と救助活動に取りかかった。

クロエは救助に加わりながら、陣頭指揮をとるアレスの姿を見る。

あれは一角の人物だ、とクロエは思う。

この混乱の中で、あのような人が頭角を表し、高位に登っていくのだろう。

それに引き換え私はなんだ。


「いけない。ともかく目の前の人を助けなくては」


クロエは義姉弟のユスフとゲインを連れて、火に向かっていった。


 「民衆の財物に手をつけるな!老幼は保護してやれ」


救助活動を指揮しながらアレスは宮殿に辿り着いた。

彼は殿上から見える皇室の墓陵を見て愕然とした。

墓陵には大きな穴がいくつも穿たれ、財物を持ち出した形跡があった。


「ネグローニめ。仮にも王師の軍を自称する者が、皇室の墓を暴いたのか」


アレスは怒りとともに、この王朝の命脈というものに対して気持ちがじわじわと萎えていくのを感じた。

古き盟約に拠りて後アルカディアの臣下として馳せ参じたが、自分は手遅れの重病人のためにやってきた医者みたいなものではないか。

墓陵の穴から目をそらし、宮殿の中庭に目を転じる。

そこの井戸から、なにやら光が発されているのをアレスは見つけた。


 幸いにも火は鎮火に向かっていき、取り残されていた人々の多くは救助された。

救助された人々から事実がようやく掴めてきた。

ネグローニが遷都を強行したこと。

そして、その際に墓陵を暴き、街には火を放ったこと。

既に遷都の一行が出て行ってから三日が経つこと。

宮殿に入った反ネグローニ連合軍の総大将ミハエルは、それらの事実を聞きながらも、なんの動きも見せなかった。

ゼノン将軍は早速、ミハエルに忠告した。


「何もお下知がないようですが、この好機を逃さず落ち延びていったネグローニへ追い討ちをかけるべきではないでしょうか?何故、この焼け野原に悠々と陣取っておられるか」


「ははは、そう急くなゼノン。将兵は連日の戦闘で疲れている。せっかく都を手に入れたのだから、二、三日は休息をとってもよかろう」


「都?ここにはもう何もない。こんな焦土を手に入れて威張っている間にも、兵士は倦んで、気力は損なわれていく。これは、友人としての忠告だ。疾く追撃すべきだ」


ミハエルは眉をしかめる。


「君は私を総大将と奉じた者であろうが。追撃をかけるときは、軍令で示す。いたずらに友人関係を持ち出すのはよしてもらいたいな」


ゼノンは引き攣った笑いを浮かべたあと、吐き捨てるように言った。


豎子じゅしめ、共に語るに足らん」


ゼノンは踵を返して自陣に戻ると、自身の郎党を率いて追撃に繰り出した。

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